第10話 ロビン、感動する

 楽しかった夏休みも、過ぎてみればあっという間でした。

みんなで行った海水浴。庭で食べたバーベキュー。初めてのお祭りも楽しかったです。さくらさんに衣装を着せてもらって、町内の皆さんたちといっしょに、お神輿を担ぎました。

お揃いの半被を着て、さくらさんといっしょに、女神輿を担ぎました。

わっしょい、わっしょいと、声を合わせて、みんなで汗だくになりながら、お神輿を担いだのは私にとって、最高の一日になりました。

 みずほちゃんとつばさくんも、お揃いの半被を着て、子供神輿を担いでいる姿は、

可愛すぎて良心回路が止まりそうになりました。

 こだまくんは、大人に混じって、大きなお神輿を必死に担いでいる姿は、カッコよすぎて感情回路がヒートしてしまいました。

 最後は、みんな揃って、神社に集まりました。

「それでは、今年も無事に、夏祭りも開催できました。来年も、よろしくお願いします。では、皆様、お手を拝借」

 町会長さんの声に合わせて、みんなで三本締めをしました。

私は、初めてのことで、さくらさんや周りの人たちを見ながら、手を叩きました。

「本日は、ありがとうございました」

 会長さんが言うと、一斉に声が上がり、感動して知らないうちに泣いていました。

こんなに素敵な一日を過ごせたことが、うれしくてたまりませんでした。

人間という生物の素晴らしさを改めて感じました。

「あら、ロビンさん、もしかして、泣いてる?」

 さくらさんに泣き顔を見られてしまって、慌てて涙をぬぐいます。

「ち、違います。汗ですよ」

「フゥ~ン、ロビンさんも、人間になったのね」

 さくらさんがからかうように言うので、恥ずかしくなりました。

「おい、ロビン、風呂に行くぞ」

 後ろからこだまくんに大きな声で話しかけられると同時に、汗だくの肩をいきなり抱かれました。

「こ、こだまくん・・・」

「汗びっしょりだろ。このままじゃ、気持ち悪いから、銭湯に行くぞ」

「ハ、ハイ・・・」

 私は、勢いに押されて、返事をしてしまいました。でも、銭湯というのがわかりません。

「銭湯というのは、お風呂よお風呂。大きな、お風呂よ」

 そばからみずほちゃんに説明されて、やっとわかりました。

「ハイ、これ。みんなの着替えよ。いちいち、取りに行くの面倒だから、持ってきたのよ。もちろん、ロビンさんの分もあるからね。みずほ、つばさ、体が冷えないうちに行くわよ」

 さくらさんを先頭に、私たちは、銭湯という大きなお風呂に行きました。

大きなお屋敷のようなお店で、入り口には『男湯』と『女湯』と別れていました。

「それじゃ、後でね」

「出るときに、声をかけるから」

 私は、さくらさんとみずほちゃんといっしょに、女湯の方に入りました。

暖簾を潜って驚きました。そこは、裸の女性がたくさんいて、大きなお風呂にみんなで入っているのです。

「さくらさん、みずほちゃん、私、感動してます」

「どうしたの、ロビン?」

「だって、こうして、みんなで裸のお付き合いをしながら、ゆっくりお風呂に入るなんて、人間て、すごいですね。私、感動しました」

 さくらさんとみずほちゃんは、半分呆れている様子で、他の人たちもビックリしていました。

「とにかく、入りましょう」

 私は、誰よりも早く服を脱いで、大きな扉を開けて、中に入りました。

お風呂の入り方をさくらさんに教わりながら、大きな湯舟に入りました。

「さくらさん、みずほちゃん、ここは、とても気持ちがいいですね」

「でしょ」

「たまに、みずほと来るのよ」

 さくらさんは、頭にタオルを乗せて言いました。

「ロビンお姉ちゃ~ン、聞こえるぅ?」

 その声は、つばさくんです。どこから聞こえるのだろう? 私が、声がする方を見ているとさくらさんが教えてくれました。

「そこの壁の向こうが男湯で、こだまとつばさが入ってるのよ」

「そうなんですか。ハァ~イ、つばさくん、聞こえますよ」

「気持ちいいでしょ」

「ハ~イ、気持ちいいですぅ」

 私は、壁の向こうに声を張り上げました。

「ちょっと、ロビン。恥ずかしいから、そんなに声を出さないでよね」

「すみません。みずほちゃん」

 そう言って、素直に謝ると、みずほちゃんは、クスクス笑いました。

「あたしも、前は同じことしたから、ロビンの気持ちは、わかるから許してあげる」

「ハイ、ありがとうございます」

 そして、三人で体を洗いっこしたり、大きな浴槽の中で、お祭りのことを話しました。

「おぉ~い、もう、出るぞ」

 今度は、こだまくんの声がしました。

「ハ~イ、わかりました」

 私は、こだまくんの声に、返事をしました。

なんだか、みんないっしょに、お風呂に入っているような気がして、楽しくてたまりませんでした。

 脱衣所でみずほちゃんの髪を拭いていると、さくらさんが私に言いました。

「みずほ、こっち向いて、じっとしてるのよ」

 そう言うと、さくらさんは、浴衣をみずほちゃんに着せました。

大きな鏡の前で、可愛い浴衣を着ているみずほちゃんは、可愛くてたまりません。

髪を結ってもらって、ピンクの帯を締めて、金魚柄の涼しそうな浴衣がとても似合っていました。

「それじゃ、ロビンさんもこっち向いて。浴衣を着るのは、初めてでしょ」

「私もですか?」

「そうよ。お祭りの夜は、浴衣を着るのが、お約束だからね。こだまをビックリさせてやりなよ」

 そう言うと、さくらさんは、私に浴衣を着つけてくれました。

鏡の前で見る見るうちに変わって行く自分を見て、信じられませんでした。

「サイズもピッタリだわ」

 私は、鏡に映る自分を見て、自分ではないように見えました。

白い浴衣に、水色の風鈴の画があって、とても風流です。真っ赤な帯を背中で可愛く締めてもらいました。

 そして、さくらさんは、花柄の可愛い浴衣に着替えます。

私たちは、三人揃って鏡の前に立つと、自分ではないように見えました。

さくらさんもみずほちゃんも可愛くて、とても美人に見えます。

「さぁ、こだまとつばさが待ってるから、行くわよ」

 さくらさんと銭湯の暖簾を潜って外に出ました。

「遅いよ、姉ちゃん」

「ごめん、ごめん。みずほとロビンさんを着つけていたから、遅くなったのよ」

 さくらさんが言うのに、こだまくんとつばさくんがこっちを見ます。

「えっ!」

「うわぁぁぁぁ! ロビンお姉ちゃん、きれいぃ~」

 二人が同時に声を上げました。

「ありがとう、つばさくん」

 私は、少し恥ずかしかったけど、つばさくんにきれいと言ってもらえて、素直にうれしくなりました。

「こだまくん、どうですか?」

 私は、少しモジモジしながら聞いてみました。すると、こだまくんは、顔を真っ赤にして言いました。

「す、すげぇ、似合うよ」

「ありがとうございます。でも、こだまくんの浴衣姿も、素敵ですよ」

「バ、バカ、なにを言ってんだ」

「あはは・・・ こだまちゃん、照れてる」

「うるさい。ほら、行くぞ」

 みずほちゃんに言われて、こだまくんは、下駄を鳴らして神社の方に歩いて行きました。私たちは、急いで後を追います。

「ロビンさんは、下駄なんて履いたことないから、ゆっくりでいいのよ」

 カランコロンと歩くと音が出る楽しい履物。靴でもサンダルでもない、下駄という履物が、楽しくて仕方がありませんでした。

私は、みずほちゃんとつばさくんに手を繋いで神社に向かいます。

 神社に行くと、とても賑やかで、たくさんの人で活気がありました。

「これが、お祭りよ」

 みずほちゃんが私を見上げて言いました。

私は、胸がわくわくして、良心回路がパンクしそうなくらい興奮していました。

「おい、ロビン。大丈夫か?」

「ハ、ハイ、なんだか、すごくドキドキします」

「ちょっと、深呼吸して、落ち着け」

「ハイ」

 気を使ってくれたのか、こだまくんが私を見て、落ち着かせてくれました。

「お前は、初めてだから、興奮するのはわかるけど、ちょっと落ち着け」

「ハイ、すみませんでした」

「んじゃ、行くぞ」

 私は、初めてお祭りをやっている神社に足を踏み入れました。

とても賑やかで、子供や家族連れ、若い男女が浴衣を着て、楽しそうにしてます。

周りには、たくさんのお店が出ていて、おいしそうなニオイが漂っています。

他にも、ヨーヨーや金魚すくいとか、射的や輪投げなど、おもしろそうなお店がありました。

「こだまちゃん、がんばってね」

「お兄ちゃん、ロビンお姉ちゃんにちゃんと、好きですって言うんだよ」

 二人がこだまくんに言うと、私の手を離して、さくらさんと人ごみの中に消えて行きました。

私は、二人の一言など、まったく聞いていませんでした。

それよりも、舞台の上で歌っているおばさんや太鼓や笛の音を聞いているのに夢中だったのです。

「おい、ロビン」

「ハ、ハイ」

 呼ばれた私は、思わず声が裏返ってしまいました。

「しっかりしろよ。子供じゃないんだから。初めてだから、楽しいのはわかるけど、はしゃぎ過ぎだぞ」

「す、すみません」

「いいんだよ。俺だって、一年に一度だから、楽しいのは同じだから。よし、金魚すくいでもやってみるか」

「ハイ」

 それからというもの、私は、お祭りを思う存分楽しみました。

こだまくんといっしょに、縁日を回りました。 

 金魚すくいは、おもしろくて楽しくて、可愛い金魚たちがたくさん泳いでいるのを、白い輪っかのようなもので掬うわけですが、これが、失敗ばかりで全然掬えません。

「お前、下手だな」

「でも、すごく楽しいですわ」

「それじゃ、お前でもできそうなのやるか」

「ハイ、お願いします」

 次にこだまくんと向かったのは、ヨーヨー釣りでした。

「やっぱり、ダメですわ」

「お前、意外に不器用なんだな」

 そう言って、こだまくんに笑われてしまいました。なんだか悔しいけど、こだまくんの笑った顔が見られて私は、楽しくなりました。

 その後も、射的や輪投げなどをやりましたが、全部失敗ばかりでした。

「すみません、私は、ホントにダメなロボットです」

「なにを言ってんだよ。そんなことでガッカリするんじゃない。俺だって、失敗するんだから」

「でも・・・」

「それと、お前、自分のこと、ロボットっていうのは、やめろって言ったの忘れたのか」

 こだまくんは、私の方を振り向くと、人差し指を私のおでこに当てて言いました。

私は、急に恥ずかしくなって、黙って頷きました。

「ロビンて、ホントにおもしろいな」

「おもしろい? 私がですか?」

「そうだよ。お前を見てると、毎日、おもしろいことばかりだもんな。俺、お前のこと、好きだよ」

 その一言を聞いた瞬間、私の感情回路がオーバーヒートしました。

耳から煙が出てきて、目のピントがグルグル回り出しました。

「お、おい、大丈夫か!」

 こだまくんは、私の様子に驚いて、おろおろします。

こだまくんは、私の肩を持って、近くの石段に座らせてくれました。

「いいか、そこで、じっとしてろよ。動くなよ」

 そう言うと、こだまくんは、雑踏の中に紛れていきました。

この時、私は、足が動きません。それどころか、声すら出ませんでした。

 いったい、どうしたのでしょう? 今までこんなことは一度もありません。

急に体が異常に熱くなって、声も体も動かないなんて、こんなことはあり得ません。

私は、壊れてしまったのでしょうか?

 そこに、こだまくんが冷たい飲み物を持って戻ってきました。

「ほら、これを飲め。体を冷やすんだ」

 こだまくんは、私の手を持って、ラムネという冷たくておいしい飲み物を握らせました。私は、それを握って口に持って行きました。

そして、一口飲むと、体の熱があっという間に冷めてきました。

「あ、ありがとうございます」

「もう、ビックリさせるなよ。どうしたかと思ったじゃないか」

 こだまくんは、ホッとした顔をして、私の隣に腰を下ろしました。

「いいから、もっと飲みな」

 言われた私は、ラムネを飲みます。

でも、この飲み物は、とても難しい飲み物でした。瓶の中に、ガラスのような球が入っていて、なかなか全部飲めないのです。

「これは、とてもおいしいですね。だけど、なかなか飲めないです」

「それは、ラムネって言うんだ。シュワシュワしてうまいだろ。中に、ビー玉が入っているから、飲むのにはコツがいるんだ」

 こだまくんは、飲み方まで教えてくれました。やっと、体の熱が冷めてきて、動けるようになりました。

「心配かけて、すみませんでした」

「もう、大丈夫か?」

「ハイ、もう、大丈夫です」

 だけど、急に体が熱くなった理由が、私には、わかりませんでした。

その後も、私は、こだまくんの案内で神社を見て歩きます。

途中で、こだまくんは、さくらさんたちを探しに行くと言って、私は、社の前で待つことにしました。

「あっ、いたいた。ロビン、どにに行ってたの。探したのよ」

「すみません。ちょっと、その・・・」

「ロビンさん、何かあったの?」

 さくらさんが心配するので、私は、正直に訳を話しました。

「フゥ~ン、そういうこと」

「だけどさ、よかったね。ロビンお姉ちゃん。お兄ちゃんに、好きって言ってもらえて」

 つばさくんに言われて、また、感情回路が熱くなってきました。

「ロビンさん、こだまのこと、頼むって言ったけど、ロビンさんも、実は、恋愛に関しては、こだまとレベルが同じみたいね」

 さくらさんは、私を見ながら意味深の笑みを浮かべています。

「ちょっと、ロビン。好きって言われたくらいで、いちいち煙を出してたら、この先、大変よ」

 私なんかより、みずほちゃんのが、ずっと恋愛には詳しいみたいです。

「あっ、姉ちゃんたち、来てたの」

「来てたのじゃないでしょ。ロビンさんを放ったらかしにして、アンタこそ、どこに行ってたのよ」

「姉ちゃんたちを探してたんだよ」

「とにかく、みんな迷子にならずに済んだみたいだし、お腹も空いたから、なんか食べようか」

 さくらさんが言うので、私たちは、それぞれ好きなものを屋台で食べることにしました。

みずほちゃんとつばさくんは、焼きとうもろこしを夢中で食べています。

さくらさんは、たこ焼を食べながら、舞台のお芝居を見ています。

私とこだまくんは、お好み焼きをいっしょに食べました。

初めて食べたもので、とてもおいしかったけど、それ以上に、私は、こだまくんがそばにいることで胸が一杯になっていました。私は、機械なのに、おかしい。ロボットが、人間に好意を持つなんて間違っています。人間は人間。ロボットはロボット同士なのが一番なのです。

それなのに、人間のこだまくんは、私のことを好きなんて・・・

しかも、その一言で、感情回路がオーバーヒートするなんて、もしかして、それは、恋をするということなのでしょうか?

「どうした、ロビン? まだ、体がどうかしてるか」

「違うんです。私、とてもうれしくて、楽しくて、こだまくんに、好きって言われて、だけど私は、どうしていいのかわからなくて・・・ こだまくん、ごめんなさい」

 私は、そう言って、頭を下げると、こだまくんは、笑って言いました。

「バカだな、お前。俺だって、お前にあんなこと言うのって、すっごく勇気がいったんだぜ。もし、お前に嫌われたらとか、振られたらとか思うと、ドキドキして、緊張してたんだぞ。だから、お前は、謝ることはないんだ。だって、初めてなんだもんな。俺だって、人を好きになるのって初めてだから、どうしていいかわからなくて・・・ だから、お互い様だよ」

 そう言って、私の肩を優しくポンポンと叩きました。私は、その手の感触を忘れないことにしました。

「ロビン、今度は、りんご飴を食べたい」

 みずほちゃんに浴衣の袖を引かれて我に返りました。

「ハイ、行きましょうね」

 私は、みずほちゃんの手を取って、りんご飴を買いに行きました。

つばさくんは、あんず飴を舐めながら、さくらさんに手を引かれていました。

こだまくんは、そんな私たちを笑ってみているのが、とても印象的でした。

 今日は、一日、楽しく過ごすことができて、私にとっては、大事な記念日となりました。

お神輿を担いで、お祭りに来て、こだまくんに好きと言われて、私は、幸せなロボットであることを作ってくれた博士に心から感謝した一日でした。


 楽しかったお祭りも終わり、二学期も始まって、みんなは学校に行くようになりました。

私も平常通り、みんなの食事作りや掃除に洗濯などの、日常が戻ってきました。

 そんなある日曜日の朝のことです。私は、今日を特別な一日にしようと思って、前から考えていたことがありました。

それは、きょうが、こだまくんの誕生日なのです。だから、こだまくんのことをみんなでお祝いしようと思っていました。みんなにはないしょで、お誕生日のケーキを作ったり、好きなから揚げやお菓子を作って楽しく祝おうと思っていました。

そして、いよいよ、その日が今日なのです。

「あの、皆さん、今日は、何の日がご存じですか?」

 朝ご飯を終えたときに、みんなに言いました。

「今日は、日曜日だろ?」

「こだまくん、そうではありませんわ」

「それじゃ、何の日だって言うんだよ?」

 こだまくんが首を傾げるのを見て、私は、自信満々で言いました。

「今日は、こだまくんのお誕生日ですよ」

「あぁ~、そうか。すっかり忘れてたよ」

「いけませよ。ご自分のお誕生を忘れては」

「だけど、俺たちって、子供のころから、特に誕生日なんて祝ったりしなかったもんな」

「そうね。お父さんは、仕事ばかりでウチにいなかったしね」

「そうだよ。ぼくだって、誕生日なんて、祝ってもらったことないよ」

「そう言えば、そうよね。誕生日なんて、特に意識しなかったからね」

 なんて寂しいことを言うのかと、私は、悲しくなりました。

誕生日というのは、自分がうまれた日です。一年に一度、訪れる記念の日なのです。

両親から祝ってもらって、楽しく過ごす一日が、子供の誕生日というものです。

私は、ロボット学校で、そう教わってきました。それなのに、このウチでは、そんなことがないのです。

それなら、今日からは、私が祝ってあげよう。誕生日という、記念の日を、楽しく思い出に残る一日にしよう。私は、そう思いました。

「それで、どうしようって言うんだ?」

「ハイ、ですから、今日は、こだまくんお誕生日ですから、バースデーケーキを作りました。それに、こだまくんの好きなから揚げとか、おいしいご飯を作って、みんなでお祝いしようと思います」

 満面の笑みで、自信満々で言いました。

なのに、子供たちは、浮かない表情でした。

「悪いな、ロビン、せっかくだけどさ、今日は、友だちと遊びに行く予定があって、遅くなるんだよ」

「こだまの誕生日なんて、私も全然忘れてて、友だちと映画を見に行くことになってるのよね」

 こだまくんとさくらさんは、バツが悪そうな顔をして、言いました。

私は、みずほちゃんとつばさくんに目を向けました。

「ごめん、ロビン」

「ロビンお姉ちゃん、ごめんなさい」

 みずほちゃんとつばさくんが、両手を合わせて、謝ってきました。

「あたしたちもクラスの友だちにお呼ばれして、帰りが遅くなりそうなのよ」

「ホントに、ごめんなさい。ロビンお姉ちゃん」

 つばさくんが、私に向かって頭を下げてきました。

「いえ、いいんですよ。私が勝手に思いついてやったことですから。皆さんのご予定を聞かなかった私が悪いんです。どうぞ、お気になさらずに。皆さんは、お友達と楽しんできてください」

 私は、笑顔で言いました。この子たちの約束のが優先です。私の思い上がりだったのだと、反省しました。

だから、みんなを笑って送り出さなければいけません。それが、家政婦ロボットだからです。

「悪かったな、ロビン。俺も、自分の誕生日を忘れてて」

「そんなことはありません。今までが、そうだったのですから、仕方がありませんわ」

「子供のころから、誕生日なんて気にしたこともなかったからな」

 こだまくんは、困ったような顔をしていました。だからと言って、私も同じような顔をしてはいけません。

気持ちを切り替えて、みんなを気持ちよく送り出さないといけない。

私は、そう思いました。

 その後、みんなは、着替えると、それぞれ家を出て行きました。

一人になった私は、ポツンと椅子に座ると、ぼんやり天井を見詰めていました。

なんだか、一人ぼっちになった気がして、家事をやる気になりませんでした。

 それでも、家政婦ロボットだからと、自分に言い聞かせて、掃除に洗濯を始めました。みんなは、お友達と楽しくしているかなと思いながら、家事をしました。

 なのに、今日は、家の中に誰もいません。普段の日曜日なら、ウチの中は、四人の声で賑やかでした。

みずほちゃんとつばさくんが私について回って、おしゃべりしています。

こだまくんは、私をからかって、楽しそうです。さくらさんは、そんな私たちを見て、笑っていました。

それなのに、今日に限っては、静かで家中がシーンとしていました。

誰も声も聞こえません。周りを見ても、誰もいないのです。夕方になっても、誰も帰ってこないのです。

 私は、一人で食事を取って、洗濯物を取り込みました。

時計を見ると、まだ、お昼の二時を過ぎたばかりです。夜まで、まだまだ時間があります。

 お茶を飲もうとして、冷蔵庫を開けると作りかけのケーキや味付けがしてあるから揚げなど、仕込みが済んであるお菓子などが目に入りました。

「これ、どうしようかしら・・・」

 一人でこんなに食べられないし、誕生日のケーキだから、今日中に食べないと意味がありません。

私は、独り言のように呟きながら、冷蔵庫の中の物を見詰めていました。

 掃除も済んで、やることがなくなると、私は、一人佇んで部屋を見渡していました。何処を見ても、あの子たちの姿はありません。もちろん、声も聞こえない。

こんなに静かなわが家は、初めてでした。もうすぐ夕方になります。普段なら、遊んで帰ってくるつばさくんとみずほちゃんがやってきます。私は、気が付くと、玄関を見ていました。

 今夜は、みんな遅くなるので、夕飯の準備もする必要がありません。

私は、自分の分だけの食事を作れば済むのです。私は、そんな寂しい気持ちを理解できませんでした。

頭では理解していても、なぜだか、悲しくなりました。みんなの声が聞きたい。みんなの顔が見たい。そう思うと、いてもたってもいられません。

だからと言って、今の私には、どうすることもできないのです。

そんな時に限って、時間はなかなか立ちません。時計の針が、動いてないようにさえ思えました。

 外が少し暗くなって、そろそろ夜を迎えようとしています。余り暗くならないうちに、帰ってきてほしい。

特に、みずほちゃんとつばさくんのことが心配になりました。

「ただいま」

「ロビンお姉ちゃん、いる?」

 そんなときでした。玄関から二人の声が聞こえました。

私は、ビックリして、玄関に走りました。そこには、みずほちゃんとつばさくんがいました。

「どうしたんですか? お友達のおウチに行ってたんじゃないんですか」

 すると、みずほちゃんが靴を脱ぎながらこんなことを言いました。

「だって、つまんないんだもん。早めに切り上げて帰ってきたのよ」

「なんか、退屈だったから、みずほと帰ろうっていったの」

 私は、二人の前にしゃがむと、思わず抱きしめてしまいました。

「お帰りなさい」

「ちょっと、ロビン、何するのよ」

「ロビンお姉ちゃん、どうしたんだよ?」

「ごめんなさい」

「あら、ロビン、泣いてるの?」

「ロビンお姉ちゃん、どうしたの?」

「ごめんなさい、何でもないのよ」

 私は、急いで二人から離れると、後ろを向いて涙を拭きました。

二人の声を聞いて、私は、うれしくなって、泣いてしまったのです。

ロボットなのに、おかしな現象でした。

「ただいま」

 そこに、さくらさんが帰ってきました。

「あら、どうしたのアンタたち、友だちのとこに行ったんじゃなかったの?」

「お姉ちゃんこそ、帰ってくるの、早くない?」

 みずほちゃんがさくらさんに言いました。すると、さくらさんは、少し照れながら言いました。

「なんかさ、映画がおもしろくなくて、友だちと食事することにしてたけど、やめちゃった」

「さくらさん・・・」

「だからさ、お腹ペコペコなのよ。なんかないかな?」

「ハイ、すぐにお作りします」

 私は、泣きそうになるのを我慢して笑顔で言いました。

急いでキッチンに向かおうとすると、玄関が空きました。

「ただいま、ロビン。腹減ったから、なんか作ってくれない?」

「こだまくん!」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「なんか、おもしろくなかったから、帰ってきちゃった」

 そう言って、こだまくんは、頭をかいています。

「それよりも、今日は、俺の誕生日だろ。みんなで祝ってほしくてさ。そっちのが楽しそうだし」

 その一言で、私の涙腺が崩壊しました。

「お、おい・・・ ロビン、なんで泣いてんだよ。悪かったな、俺のためにいろいろ用意してくれてたんだろ。だから、ごめん。泣かないでくれ」

 こだまくんが慌てて否定します。でも、私が泣いているのは、そんなことではありません。こだまくんのその言葉が、私の胸に刺さりました。

感情回路が激しく動きました。

「こだまくん、ありがとうございます」

 私は、思いきり体を曲げてお辞儀をしました。

「もう、いいから、それより、こだまちゃんの誕生日でしょ」

「そうよ、ロビンさん、ケーキとか作ってたんでしょ」

「そうだよ。みんなでお兄ちゃんのお祝いしようよ」

 私は、感動で胸が詰まって、何も言えなくなりました。

やっぱり、この子たちは、こだまくんのことをちゃんと思っている。

そんな兄弟愛に、私は胸が一杯になりました。

「ロビン、腹が減ってんだけどな。なにも食ってなくてさ、ケーキあるんだろ」

「ハイ、ありますよ。他にも、から揚げとか、エビフライとか、こだまくんの好きなものをたくさん用意してありますよ」

「それじゃ、今日は、みんなで、こだまの誕生パーティーだ」

 さくらさんが元気に言いました。私は、泣き笑いの顔で、キッチンに向かいました。こんなにうれしい夜はありません。大好きなこだまくんの誕生日をお祝いできるなんて、今の私には、もったいないくらいです。

私は、今日という日を決して忘れることはありません。


 その後、テーブルには、ハッピーバースデーこだまくんとチョコで書いたケーキを並べました。

年の数だけのろうそくを立てて火を付けます。みんなでハッピーバースデーを歌いました。

こだまくんは、照れながらろうそくの火を吹き消すと、みんなで拍手をしました。

 私は、丁寧にケーキを切り分けて、みんなのお皿に取りました。

「なんか、こだまちゃんのだけ、大きくない?」

「いいだろ。今日は、俺の誕生日なんだから」

 みずほちゃんのクレームにも、こだまくんは堂々と言い返します。

「みずほちゃんのお誕生日にも、ケーキを作りますよ」

「やった。あたしの時は、チョコケーキにしてね」

「ハイ、必ず作りますよ」

 こうして、から揚げやエビフライに、ちらし寿司も作ったので、みんなで楽しく食べてくれました。

人間なら一年に一度、必ず訪れる、誕生日。それを家族みんなでお祝いするこんなイベントに参加できて、私は、とてもうれしく思いました。

「あのさ、ロビンの誕生日って、いつなの?」

 こだまくんが、私に聞きました。

「そうよ。ロビンは、あたしたちの誕生日は、知ってるんでしょ」

「ハイ、知ってますよ」

「だったら、ロビンの誕生日も教えてよ」

 みずほちゃんの言うことは、もっともです。でも、私には、誕生日というのがありません。なぜなら、ロボットだからです。誕生日ということが、そもそも記憶にありません。何て言ったらいいか、わからなくて困っていると、さくらさんが言いました。

「もしかして、自分の誕生日がわからないの?」

「ハ、ハイ・・・」

「どうしてよ?」

「それは、私は、ロボットですから、皆さんのように、生まれるとかいうことはわからなくて・・・」

 私は、恐縮して言うと、みんなは、静かになってしまいました。

雰囲気を壊したかと思って、私は、すぐに明るく言いました。

「来月は、つばさくんのお誕生日ですね。つばさくんにもケーキを作りますね」

 すると、つばさくんがこんなことを言いました。

「だったらさ、このウチに来た日を誕生日にすればいいじゃん」

「なるほど、それは、いい考えね」

「そうすると、ウチに来たのは、夏休み前だから、そろそろ三カ月くらい経つよな」

「なに言ってんのよ。来たのは、春くらいだったでしょ」

「それじゃ、ロビンの誕生日は、一年くらい先だな」

「ちょっと先になるけど、その時は、あたしたちでロビンの誕生日を祝ってあげるから、楽しみにしててね」

 さくらさんの一言で、私は、涙が止まりませんでした。

「皆さん、ありがとうございます」

「泣くなよ。お前って、意外にロボット癖に、つばさより泣き虫だな」

 こだまくんに言われて、ますます涙が止まらなくなりました。

「だって、うれしくて・・・ 皆さん、ホントに、ありがとうございます」

「ロビンお姉ちゃんもケーキ食べようよ。お兄ちゃんの誕生日なんだから、泣いてちゃおかしいよ」

「そうですね。ごめんね、つばさくん」

 私は、涙を拭って、ケーキを一口食べました。この時のケーキの味は、忘れない味の一つになりました。

こんな素敵なウチに家政婦としてくることができて、私は、ホントに幸せなロボットです。博士に感謝すると同時に、この子たちのことが、心から愛おしく思いました。

「ロビン、今夜は、ありがとな。おかげで、忘れられない誕生日になったよ。お前の誕生日の時は、俺が祝ってやるからな」

「ハイ、ありがとうございます。その時を楽しみにしています」

 私は、泣きたくなるのを我慢して、笑顔でこだまくんに向かい合いました。


 

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