第9話 ロビン、水中で戦う
そして、いよいよ、海水浴当日の朝を迎えました。
着替えやタオルなど、荷物を入れたバッグを持って、出発の準備をします。
「皆さん、忘れ物は、ありませんか?」
私は、Tシャツにミニスカートのスタイルにサンダルを履いて、麦わら帽子を被りました。
さくらさんとみずほちゃんは、短パンにタンクトップと涼しそうな格好です。
こだまくんとつばさくんも、シャツに短パンスタイルで、夏らしい装いです。
「みずほちゃんとつばさくんは、暑いので帽子も被りましょうね。さくらさんは、日傘と日焼け止めを忘れないようにしてください」
私は。出掛ける前の注意事項をみんなに言いました。
「ところで、どうやって行くんだよ?」
「そろそろ来ると思います」
私は、そう言いながら時計を見ると、外から車が止まる音がしました。
「来たようです」
「さすが、ロボットね。時間ピッタリだわ」
さくらさんが感心したように言いました。
「よし、それじゃ、お前ら、自分の荷物は自分で持て」
こだまくんが、みずほちゃんとつばさくんに言います。
「姉ちゃん、早くしろよ」
「ちょっと待って、日傘を探してるの」
出掛ける直前になっても、相変わらず賑やかなのが、このウチなのです。
私は、先に玄関を出て、待ってくれている、迎えの車に挨拶に行きました。
「すみません、お呼びたてして」
「イヤイヤ、ロビンさんの呼び出しなら、いつでもきますよ」
「ありがとうございます。ロボカーさん」
そこに、四人が出てきました。
「ロビン、乗って行くのって、これ?」
「ハイ、そうですよ」
「これって、タクシーじゃん」
「ハイ、タクシーです」
すると、こだまくんが、困った顔をして言いました。
「お前、海までタクシーで行く気か? いくらかかると思ってんだ。そんな金はないんだぞ」
「心配いりません。これは、タクシーはタクシーでも、ロボットタクシーなので、料金は無料です」
「えっ! お前、今、なんて言った? これ、ロボットなのか?」
「ハイ、そうですよ。ロボットタクシーで、ロボカーさんです」
すると、目の前に止まっていた普通のタクシーが、いきなり音を立てて、変身しました。
ガシャン、ガシャンと、音を立てて、タイヤが引っ込み、腕と足が出てきます。
前のライトの部分から、顔が飛び出し、車体が体に変形しました。
それを、子供たち四人は、目を丸くして見ていました。
「すごぉい! トランスフォーマーみたい」
「マジかよ・・・」
つばさくんは、目を輝かせて、こだまくんは唖然としていました。
「初めまして、私は、ロボットタクシーをしている、ロボカーと申します。本日のご指名、ありがとうございます。皆さんを安心、安全に、海までご案内いたします。どうぞ、ゆっくりしてください。もちろん、帰りもご自宅までお送りいたします」
そう言って、丁寧にロボカーさんは、機械の体でお辞儀をしました。つられて、四人も頭を下げます。
「あの、よろしくお願いします」
さくらさんが言うと、ロボカーさんが、胸を叩いて言いました。
「お任せください。では、参りましょう」
そう言うと、2メートルはある巨体が、音を立てて、あっという間に、元のタクシーになりました。
「すごいよ。これに乗るの? ロビンお姉ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。それでは、皆さん、乗ってください」
私は、そう言って、四つのドアを開けました。
ロボカーさんは、自動運転なので、運転手はいません。でも、誰かが乗っていないと目立つので、普段は、運転手代わりの人間の姿のロボットが乗っています。
でも、今日は、運転手ロボットはいません。そこで、私が、その代わりに運転席に座ります。
もちろん、ハンドルなどには触りません。自動運転なので私が運転する必要はありません。
助手席につばさくんとみずほちゃんが二人並んで座りました。体が小さい子供なので、二人で並んでも余裕で座れます。何より、助手席に座って、大きな窓から前が見られるのが楽しそうでした。
後部座席には、さくらさんとこだまくんが座ります。荷物は、トランクに仕舞えば大丈夫です。
「それでは、皆さん、出発いたします。安全のため、シートベルトをお締めください。では、海までのドライブをお楽しみください」
そう言うと、ロボカーさんは、静かに発進しました。
「すごいよ、ホントに走ってる」
「ロビン、ハンドル、ハンドル」
「大丈夫ですよ。この車は、自動運転だから、ハンドルを触らなくても、いいのよ」
「こんなの乗ったの、初めてだぜ」
「てゆーか、自動運転の車に乗るなんて、あたしたちくらいよ」
後部座席で、さくらさんとこだまくんは、車内をキョロキョロしています。
「それでは、これから高速に入ります。トイレ休憩が必要なら、サービスエリアによるので、おっしゃってください」
「ハイ、わかりました。みずほちゃん、つばさくん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
二人は、窓の景色に夢中で、返事もそこそこです。
「なぁ、ロビン、このタクシーもロボット学校の仲間なのかよ?」
「ハイ、そうですよ」
私が答える前に、ロボカーさんが先に話をしました。
「ちょ、ちょっと、運転しながら話して大丈夫かよ」
「ご安心ください。会話と運転は、別ですから」
ロボカーさんは、実は、おしゃべりが大好きなのです。だから、タクシーとして生まれたのがとてもうれしかったのです。人間のお客様を乗せて、目的地まで走りながら、会話を楽しむのがロボカーさんの楽しみの一つなのです。
「ロビンさんとは、ロボット学校の同期でして、みんなのアイドルでした」
「なんか、わかるわ」
そう言ったのは、さくらさんです。
「卒業してからは、余り会うことがなかったのですが、みんな元気でやっていますよ」
「そうなんですか。久しぶりに皆さんにもお会いしたいですね」
これは、私の正直な感想です。
「この車って、自動で動いているんだろ。ナビとかついてるのか?」
「ハイ、付いてますよ。内蔵されているので、お客様には見えません」
「まさか、脱出装置とか、付いてたりしないよな?」
「付いてますよ」
事も無げにあっさり言うので、こだまくんとさくらさんは、驚いて顔を見合わせます。
「事故というのは、自分が気を付けていても、起きるものなのです。そこで、お客様にもしものことがあった時のために安全のため、脱出装置がつけられております。でも、安心してください。例え、上から車が落ちてきても私がお守りします。私の体は、超合金で出来ているので、ビクともしません」
こだまくんもさくらさんも、もはや言葉がでないのか、口が開いたままでした。
それに引き換え、みずほちゃんとつばさくんは、ドライブを心から楽しんでいる様子です。窓から見える景色に夢中でした。高速道路なので、流れるような車窓です。
山も、新幹線も、あっという間に過ぎていきます。
「お嬢ちゃんたち、楽しんでますか?」
「うん、最高よ」
「すっごく楽しい」
二人は、窓にへばりついて外を見ています。そんな姿を見て、ドライブの楽しさがわかりました。
そして、二時間ちょっとのドライブが終わり、海が近づいてきました。
「あっ、海だ。海が見えるよ」
つばさくんが言いました。キラキラ光る海と白い波がとてもきれいでした。
駐車場に止まると、私たちは、荷物を持って外に出ます。
「それでは、皆様、海水浴をお楽しみください。私は、それまでここでお待ちしてます。また、何かあったら呼んでいただければ、何でもお力になりますので、遠慮なく申し付けください」
「ありがとう、ロボカーさん。それじゃ、行ってきます。帰りもよろしくお願いします」
「ハイ、ロビンさんも、気を付けて」
こうして、私たちは、荷物を持って、砂浜に降り立ちました。
海開きをしたばかりの平日なので、海水浴客もそれほど多くなく、家族連れやカップルがいるくらいでした。
「さて、まずは、着替えないとね」
さくらさんの後について、砂浜を下りて、海の家に向かいます。
そこには、食事ができる食堂と、更衣室とシャワーがありました。
「それじゃ、着替えたら、ここで一度集合だからね。勝手に、海に行ったりしないでよ」
さくらさんが、特につばさくんに注意します。
「こだま、つばさのこと、ちゃんと見てるのよ」
「ハイハイ」
「ハイは、一回って何度言ったらわかるの」
「ハ~イ」
海に来てまで、さくらさんとこだまくんのやり取りに、私は、思わず笑ってしまいました。そして、私たちは、男女に別れて、更衣室に向かいました。
いよいよ水着に着替えるときが来ました。実は、ドキドキしていました。
こだまくんは、まだ、私の水着を見ていません。私の水着姿を見て、どう思うか不安でした。
「お待たせ」
さくらちゃんとみずほちゃんが水着姿で出てくると、こだまくんとつばさくんが、思わず声がもれました。
「姉ちゃん、それって・・・」
「どう、いいでしょ。あたしも、まんざらじゃないのよ」
「うわぁ、お姉ちゃん、きれいだよ。みずほも可愛いよ」
つばさくんは、正直でした。それに引き換え、こだまくんは、まともに見ようとしません。
「アレ、ロビンお姉ちゃんは?」
「ちょっと、ロビン、なにしてるのよ。出てきなさい」
みずほちゃんに呼ばれて、私は、そっと更衣室から出ました。
「ロ、ロビン、お前・・・」
「あの、こだまくん、ダメですか・・・」
「イ、イヤ、ダメじゃない。ダメじゃないけど、その、何だ・・・」
こだまくんは、顔を真っ赤にして、後ろを向いてしまいました。
私もさくらさんも、ビキニスタイルなのです。こだまくんの目には、どう映っているのでしょうか?
「まったく、こだまは、オコチャマなんだから。ロビンさん、こだまを頼むわね。つばさ、みずほ、アンタたちはお姉ちゃんとあっちで遊んでましょ」
そう言うと、二人を連れて、さくらさんは行ってしまいました。
「あ、あの、こだまくん・・・」
「・・・」
「せっかく、海に来たんですから、泳ぎませんか?」
「う、うん」
こだまくんは、後ろを向いたまま返事をするだけでした。私は、勇気を持って、こだまくんの手を握りました。
「あっ!」
こだまくんが、思わずその手を見ます。
「あの、いけませんでしたか?」
「イヤ、そうじゃない」
「それじゃ、行きましょう」
私は、手を繋いだまま、海に走り出しました。
「お、おい、ちょっと待てって・・・」
こだまくんの声を聞きながら、私は、砂浜を走りました。
そして、波打ち際まで来ると、打ち寄せる波が足にかかりました。
「冷たい」
「当り前だろ」
「海の水って、冷たいんですね」
「なめてみな」
「なめるんですか?」
私は、言われて通り、指についた水を舐めてました。
「しょっぱいですね」
「わかっただろ。海の水は、海水で、塩水なんだよ」
「でも、気持ちいいですわ」
私は、そう言うと、少しずつ海の中に入っていきました。
人工皮膚でも、暑さや冷たさは感じます。海の冷たさは、暑い夏には、気持ちよく感じます。
「お前、泳げるんだろ。だったら、競争してみるか」
「ハイ、こだまくんには、負けませんよ」
そう言うと、私は、海の中に潜りました。後から、こだまくんも泳ぎだします。
海から顔を出すと、そこにこだまくんの濡れた顔がありました。
「こだまくんは、泳ぎが得意なんですね」
「お前には、負けるけどな」
「そんなことはありませんわ」
そう言うと、私は、もう一度、海の中に潜りました。
こだまくんが後から泳いでくると、私たちは、海の中で手を繋いでいました。
「ロビン、その水着、よく似合ってるぞ」
「ありがとうございます」
波にプカプカ浮きながら、こだまくんは、そんなことを言いました。
私は、うれしくて泣きそうでした。水に顔が濡れていてよかったと思います。
「こだまくんも、カッコいいですよ」
「そうか?」
こだまくんは、七分丈の縞々の水着を履いていました。
上半身は、サッカー部で鍛えられているので、筋肉もついて、とても強そうでした。
私たちは、二人で泳いで、海から上がると、みずほちゃんとつばさくんが、さくらさんと砂遊びをしていました。
「ずるいよ、こだまちゃん。あたしもロビンと泳ぐの」
「ハイハイ、それじゃ、ロビン、今度は、こいつらと泳いで来いよ」
こだまくんは、シートの上に座るとタオルで顔を拭きながら言いました。
「それじゃ、今度は、あたしも泳いでくるわ」
さくらさんは、立ち上がると、海の中に入っていきました。
みずほちゃんとつばさくんは、浮き輪を付けて泳いでいます。
ときどき、波がやってきても、それを楽しんでいました。
さくらさんは、クロールで泳ぎを楽しんでいました。
「さくらさんは、何でもできるんですね」
私は、みずほちゃんの浮き輪を掴みながら言うと、顔についた水飛沫を手で拭きながら言いました。
「当り前よ。さくらちゃんは、あたしの自慢のお姉ちゃんだもん」
その言い方が、妹が慕う姉を思う気持ちがこもっていました。
さくらさんが、しばらく泳いでから上がってくると、他の海水浴客の人たちの視線を集めていました。
「姉ちゃん、ナンパなんかされんなよ」
「バカなこと言わないの。あたしをナンパする男なんて、いないわよ」
二人のたわいのない会話が聞こえてきて、思わず吹き出しそうになりました。
その後、私たちは、海の家に戻り、昼食にしました。
なぜか理由はわからないけど、海の家の食堂で食べる焼きそばが、おいしく感じました。海を見ながら、砂浜で食べる焼きそばは、いたって普通の食べ物なのに、私も子供たちもおいしく食べました。みずほちゃんとつばさくんは、焼きとうもろこしに夢中です。
「どう、やっぱり、来てよかったでしょ」
「まぁな」
「それで、ロビンさんとは、うまくいってるの?」
「どう言う意味だよ?」
「こだまは、奥手というか、女子には意識がないからさ」
「別に、そんなことないけど」
「だったら、もっと、ロビンさんには、優しくしてあげなよ」
二人の会話は、私の耳には、ちゃんと聞こえています。
小さな声で話していても、私の聴力は、人の何倍も敏感なのです。
聞かないようにしていても、身近な話題となれば、自然と聞こえてしまいます。
まして、私のこととなれば、どうしても聞いてしまいます。
なんだか、さくらさんに気を使わせてしまったみたいで、私は、聞こえない振りをするしかありませんでした。
「みずほちゃん、おトイレは大丈夫ですか?」
「行きたくなった」
「それじゃ、向こうですよ。つばさくんも行きましょう」
私は、さくらさんとこだまくんの邪魔をしないように、二人をトイレに連れて行きました。トイレから帰ってきて、今度は、みんなで泳ぐことにしました。
みずほちゃんとつばさくんは、浮き輪でパチャパチャ泳いでいるのを、そばで見守ります。さくらさんと、こだまくんは、二人で先の方まで泳ぎを楽しんでいました。
二人は、運動神経がいいので、泳ぎも得意です。
「つばさくんもみずほちゃんも、こだまくんたちみたいに、泳げるようになるといいですね」
「学校では、普通に泳げるもん」
「そうなんですか。みずほちゃんは、すごいですね。でも、海では、浮き輪に捕まってないと波にさらわれたら大変ですよ」
私は、二人の浮き輪を押しながら少し先の方まで、泳いでいきました。
「海って、楽しいね」
つばさくんは、楽しそうに笑って言います。そんな笑顔を見ると、私も楽しくなります。さくらさんとこだまくんが泳いで戻ってくると、つばさくんとみずほちゃんもいっしょに休憩しました。
「さくらさん、日焼け止めを塗りますね」
「ありがと」
「みずほちゃんも塗らないと、後が大変ですよ」
そう言うと、みずほちゃんが、うつぶせに寝ました。
私は、さくらさんとみずほちゃんの背中に、優しく日焼け止めを塗りました。
「ロビンさんは、塗らなくていいの?」
「私は、日焼けはしないので、大丈夫です」
私の人工皮膚は、日焼けはもちろん、火傷などもしません。
「こだまくんにも塗りますよ」
私は、そう言って、こだまくんの背中を触りました。
「いいって。俺は、大丈夫だから」
そう言って、こだまくんが逃げるように背中を避けます。
「でも、赤くなると、後がつらいですよ」
「こだま、塗ってもらったら。お風呂に入れなくなるよ」
さくらさんの言う通りです。人間の皮膚は、日焼けすると、後が大変なのです。
すると、こだまくんは、黙って背中を差し出します。
私は、こだまくんの背中に日焼け止めを塗りました。まだ、中学生でも、男の子の背中は、広くて大きく感じます。
つばさくんは、まだ子供の背中で小さいのに、こだまくんは、もう大人の背中をしていました。
「お兄ちゃん、顔が赤いよ。顔も日焼けしたの?」
つばさくんが、こだまくんの顔を覗き込んで言いました。
「違うよ」
こだまくんは、そう言うと、急に立ち上がりました。
「もういいよ。ちょっと、泳いでくる」
そう言うと、海の中に入っていきました。
「ぼくも行く」
つばさくんが後を追いかけます。
「まったく、こだまは、恥ずかしがり屋なんだから。ロビンさん、あの子のこと、よろしく頼むわね」
「ハイ、お任せください」
私は、さくらさんに言われて、こだまくんと急接近しようと思いました。
でも、私はロボットなので、人間に対して恋愛感情はありません。
こだまくんは、ちゃんと人間の女の子と恋をしてほしいので、そのためにも異性に対して、抵抗がないように、少しずつ慣れていくことが大事なのです。
しばらくすると、こだまくんが慌てて戻ってきました。
「大変だ。つばさが波に流されて、遠くまで行っちゃったよ」
「えっ! なにをしてるのよ。早く、係の人に連絡して」
さくらさんが慌てて立ち上がります。
「俺が行ってくる。姉ちゃんとロビンは、みずほのところにいて」
そう言うと、監視員のところに走り出そうとする、こだまくんを止めました。
「待ってください。私が、助けに行ってきます」
私は、そう言うと立ち上がり、目のピントを合わせてつばさくんを探します。
「大丈夫です。つばさくんを見つけました。私が行ってきます」
そう言って、海の方に歩いて行くと、こだまくんに腕を掴まれました。
「待てよ。お前が行って、溺れたらどうすんだ」
「こだまくん。私は、ロボットですよ。海の中でも大丈夫です。私が、必ずつばさくんを連れて戻ってきます」
私は、そう言うと、こだまくんの手を優しく離します。そして、ゆっくりと海の中に入っていきました。
「ロビン、頼むぞ」
「ハイ、お任せください」
私は、目のピントを合わせてつばさくんから目を離さないようにしながら、海の中に入っていきました。
「お~い、海から出ろ。遠くの方にサメがいるかもしれないぞ。危ないから離れろ」
監視員の声が聞こえました。それなら、なおさら急がないといけません。
つばさくんに万が一にも、ケガなどさせたら大変です。私は、その声を無視して、海の中に入りました。
海に潜ると、足の裏からホバークラフトの要領で、空気を噴射させて、一気に進みました。
私の足の裏には、空気を噴射して、高くジャンプできるようになっています。
普段は、靴を履いているので、そんなことはしませんが、今は、裸足なので出来ます。海の中を一直線に、つばさくんの元に急ぎました。
「待ってて、つばさくん。すぐに行くからね」
私は、海中で呟きながら急ぎました。しばらく海の中を進むと、つばさくんの足が見えました。私は、海から顔を出して、つばさくんの元に近寄りました。
「ロビンお姉ちゃん」
「つばさくん、もう、大丈夫よ」
「うん。きっと、助けに来てくれると思ってたよ」
つばさくんは、浮き輪に捕まったまま、私にしがみ付いてきました。
必ず助ける。つばさくんの命は、私が守る。私は、そう決めていました。
私は、つばさくんを抱きしめて、岸まで急ぎます。そんなときでした。私の目にサメの姿が見えました。
「つばさくん、怖くない?」
「怖くないよ。だって、ロビンお姉ちゃんといっしょだもん」
つばさくんは、そう言って、笑っていました。私は、その笑顔を見て、気を引き締めました。
「つばさくんは、男の子だから、怖くないわよね」
「うん。怖くないよ」
「それじゃ、私にちゃんと捕まってね」
そう言うと、つばさくんは、私の体を強く抱きついてきました。
「私が合図をしたら、大きく息を吸って、目を閉じてください」
「わかった」
私は、浮き輪を放り投げると、つばさくんを抱きしめました。
「つばさくん、行くわよ。息を吸って、目を閉じて」
私が言うと、つばさくんは、言う通りに大きく息を吸い込みました。
小さなホッペを膨らませて、息を吸うと目を閉じます。
私は、それを確認すると、つばさくんを抱いたまま、海の中に潜りました。
そして、一気にホバークラフトで岸まで泳ぎます。
そこに、サメが追い付いてきました。私たちを襲うつもりではないのは、わかりました。ただ、そこに、人がいるから近寄ってきただけです。
それでも、危険には変わりありません。私は、目の前に来たサメの鼻面に、肘を打ち付けました。
動物は、鼻が弱点なのは、知っていました。危険動物と遭遇した時の対処法は、ロボット学校で繰り返し教わっているので、落ち着いて対処できます。
それでも、今は、つばさくんがいるので、絶対にケガをさせないように気を付ける必要があります。
鼻に衝撃を受けたサメは、一度は怯んだものの、すぐに体勢を立て直し、今度は、口を開けて突進してきます。
鋭い牙が見えました。いくら私でも、その牙に噛みつかれたら壊れてしまいます。
それでも、立ち向かうのが、今の私の役目です。息を吸うために、一度、海面から顔を出します。
「つばさくん、苦しくない」
「平気だよ。ロビンお姉ちゃんがいるもん」
「つばさくんは、いい子ですね。それじゃ、もう一度、潜るから、息を吸って目を閉じてください」
つばさくんは、もう一度、息を吸って目を閉じます。そして、つばさくんを抱いたまま海の中に潜りました。
その時、サメの口がそこまで来ました。私は、その鋭い歯に、思いきりパンチを繰り出します。それと同時に、足の裏からジェット噴射をサメに向けて、思いきり吹き出しました。
私は、その勢いで一気に岸まで泳ぎます。海面から顔を出すと、サメが遠くに逃げていくのが見えました。
「もう、大丈夫よ。つばさくん、目を開けてみて」
つばさくんは、私にしがみ付いたまま目を開けました。
「ロビンお姉ちゃん、ありがとう」
「ハイ、つばさくんは、とても強いですね」
「だって、ぼくは、男の子だもん。これくらいで、泣いたりしないよ」
そう言って笑いました。普段は泣き虫で、ちょっと何かあると、すぐに泣いてしまうのに今のつばさくんは、まったく違いました。
私は、つばさくんを抱いたまま、岸まで泳いで、砂浜にたどり着きました。
「つばさ!」
「つばさちゃん、大丈夫?」
みんながつばさくんを心配して、集まってきました。
「全然、平気だよ。だって、ロビンお姉ちゃんがいるもん」
そう言って、つばさくんは、笑っていました。
「まったく、心配かけんなよ。だから、俺のそばを離れるなって言っただろ」
「ごめんなさい」
こだまくんに注意されて、下を向くつばさくんを見て、私は、言いました。
「でも、つばさくんは、とても強かったですよ。ねぇ、つばさくん」
「うん。泣いたりしなかったもん」
つばさくんは、そう言うと、胸を張っていつもの笑顔に戻りました。
「ロビンさん、ありがとう」
「ロビン、ありがとな」
「いいえ、それが、私の役目ですから」
私もそう言って、微笑みました。
「ちょっと、ロビン、アンタ、ケガしてるじゃない」
みずほちゃんが、私の右手を見て声を上げました。
「えっ?」
私も驚いて見ると、右腕の皮膚が少し裂けて、なにかが刺さっていました。
「ちょっと、見せてみろ」
こだまくんが心配して、私の右腕を掴みます。
「平気ですよ。このくらい」
「バカ、なにを言ってんだ」
こだまくんに怒られて、下を向いてしまいました。
「おい、これ、なんだ?」
こだまくんが、右ひじに刺さっている白いものを取り上げます。
「それは、たぶん、サメの歯ですわ」
「サメの歯!」
「ハイ、サメにパンチしたときに、折れたんですね」
「まったく、無茶すんなよな」
こだまくんは、呆れた顔をして笑いました。
「ハイ、ロビンさん」
さくらさんが、避けた皮膚にバンソーコーを貼ってくれました。
「ありがとうございます」
「ロビンさんも、無茶しないでね。腕は、大丈夫?」
「ハイ、この通り、ちゃんと動きますから」
私は、みんなの前で、右手を動かして見せました。特に痛みもなく、指もちゃんと動くので、心配ありません。
「ロビン、痛くない?」
「ハイ、痛くないですよ」
私は、心配顔のみずほちゃんの顔を見て微笑みました。
みんなに心配をかけたりしては、家政婦ロボットとして失格です。
「つばさ、お前もケガはないな」
「うん、大丈夫だよ」
「それじゃ、そろそろ帰るか」
こだまくんが言うので、私たちは、帰る用意をしました。
荷物をまとめて、水着から着替えを済ませて、ロボカーさんが待っている駐車場に向かいました。
「貸せよ」
こだまくんが、私が持っている荷物を取り上げました。
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
「なにを言ってんだよ。ケガしてんだから、持ってやるよ。お前は、無理しすぎだから、少しは俺たちに甘えてもいいんだから」
こだまくんの一言は、私の感情回路を激しく動揺させました。
なぜか知らないけど、胸がドキドキして、体の中の機械が激しく動き始めました。
「ほら、ロビン、何してんの。行くわよ」
私は、知らないうちに、そこに立ち止まっていました。
みずほちゃんに言われて、慌ててみんなの後について行きました。
「ロボカーさん、お待たせしました」
「もう、よろしいんですか?」
「十分楽しんだから、大丈夫よ」
「かしこまりました。それでは、どうぞ、お乗りください」
さくらさんが優しく語りかけると、ロボカーさんがドアを開けました。
「それでは、ご自宅までお送りします。皆さんは、ゆっくりお過ごしください」
こうして、私たちは、ロボカーさんに揺られて、帰宅することになりました。
今日のことは、私にとって、思い出に残る一日となりました。
私のロボット人生の中で、もっとく記憶に残る、記念の一日でした。
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