第5話 ロビン、買い物に行く。

「おはよう、ロビン」

「みずほちゃん、おはようございます」

 翌朝、一番に起きてきたのは、みずほちゃんでした。

時計は、6時を過ぎたばかりです。学校に行くには、まだ、少し早い。

「顔を洗って、歯を磨いてきてください」

「ハ~イ」

 まだ、眠いのか、あくびをしながら、目を擦って洗面所に向かいます。

私は、朝食の準備です。今朝の朝ご飯は、焼き鮭に玉子焼き、納豆と自家製のキュウリの浅漬けとお豆腐のお味噌汁にご飯です。最初の朝は、和食の定番にしてみました。

「おはよう、ロビンさん」

「おはようございます」

 続いてさくらさんが起きてきました。そして、つばさくんとこだまくんも起きてきます。四人は、朝の用意をしてから、テーブルに着きます。

「これ、ロビンさんが作ったの?」

「ハイ。皆さんのお口に合えばいいのですが・・・」

 さくらさんが。朝から目をパチクリしています。

こだまくんは、相変わらず、なにも言いません。

つばさくんとみずほちゃんは、お味噌汁のニオイを嗅いでいます。

「それじゃ、みんな。いただきます」

「いただきます」

 私も含めて、五人で手を合わせて朝の挨拶をします。

「おいしい」

「ロビン、これも作ったの?」

「ハイ、今朝、急いで漬けたので、余り漬かってないと思いますけど」

「十分よ」

 なぜか、みずほちゃんが浅漬けをパリパリ音を立てながら食べてくれました。

こだまくんを見ると、今朝も黙って食べているだけでした。

それでも、ちゃんとご飯を食べて、オカズもきれいに食べてくれています。

それを見て、朝からホッとしました。

「このお味噌汁、あたしが作るより、おいしいわね」

「ハイ、かつお節で出汁を取りました」

「朝から、こんなご飯を食べたら、力が湧いてくるわね」

「ロビンお姉ちゃん、お代わり」

「あたしも」

「ハイハイ」

 つばさくんとみずほちゃんが、空っぽになったお茶碗を差し出します。

私は、うれしくなって、つい笑顔になります。ご飯をよそいながら、こだまくんに言いました。

「こだまくんは、お代わりしないんですか?」

「いらない」

 そう言って、食べ終わったお皿を流しに持って行きます。

「こだまくんは、もっと食べないと、学校で力が出ませんよ」

「うるさいな。ほっといてくれよ」

「こだま! 気にいらないんなら、もう、明日から、ご飯を食べなくていいよ。

ロビンさん、もう、こだまのご飯は作らなくていいから」

 さくらさんがこだまくんにきつく言います。

「そうよ。こだまちゃんだって、おいしかったんでしょ。ちゃんと、言いなさいよ。お兄ちゃんならお兄ちゃんらしくしたら」

 みずほちゃんにまで言われて、こだまくんが振りむきます。

「うまかったよ。御馳走さま」

 それだけ言って、部屋に戻ってしまいました。

「ごめん。あいつには、今度、ちゃんと言っておくから」

「いいんですよ。こだまくんにも、いろいろ考えることがあると思います。なにも言わないであげてください」

 さくらさんの私を思いやる気持ちが伝わって、朝から胸がジーンときました。

その後、朝ご飯の片づけをすると、それぞれが制服に着替えて降りてきました。

みずほちゃんとつばさくんは、それぞれ赤と黒のランドセルを背負っています。

さくらさんは、セーラー服で、こだまくんはブレザーにネクタイの制服です。

「それじゃ、行ってくるわね」

「あっ、さくらさん、こだまくん、待ってください」

 私は、慌てて二人の後を追います。

「ハイ、これを持って行ってください。お昼のお弁当です」

 私は、袋に入れたお弁当を二つ用意しました。

「作ってくれたの?」

「ハイ。お昼ご飯もちゃんと食べないと、午後からの授業に身が入りませんよ」

「ありがとう」

 さくらさんは、喜んで受け取ってくれました。でも、こだまくんは、無視して玄関を出ようとします。

「こだまくん、お弁当・・・」

「いらないよ」

「そんなこと言わずに、お腹が空くでしょ」

「いいんだよ。パンでも買って食べるから」

 こだまくんは、私のお弁当を受け取ろうとしません。

私は、玄関先で、ポツンと立ち尽くすしかありませんでした。

「こだまちゃん、せっかく、ロビンが作ってくれたのよ。持って行きなさいよ」

 みずほちゃんが、こだまくんの前に立って言いました。

「うるさいよ」

 こだまくんは、みずほちゃんにそう言うと、歩き出します。

「お兄ちゃん。ひどいよ。ロビンお姉ちゃんが、早起きして作ってくれたんだよ」

 あのおとなしいつばさくんまでが、こだまくんに言いました。

「こだま、いい加減にしなさいよ。意地を張るのも、そのへんにしないと、ホントに怒るわよ」

 さくらさんがこだまくんの肩を掴んで止めます。

「あの、皆さん、もう、いいです・・・」

「よくない。こだま、アンタが、ロビンさんが嫌いなのはあんたの勝手だよ。だけどね、これから、このウチはロビンさんがやるんだよ。そんなにイヤなら、このウチを出て行きな」

「さくらさん・・・」

 私は、さくらさんを止めました。いくらなんでもそれは、言い過ぎです。

「こだまくん、ごめんなさい。私が、余計なことをして・・・」

 私は、お弁当が入った袋を胸に抱えて、ウチに戻ろうとすると、こだまくんが早足で近づいてくると胸に抱えたお弁当の袋をひったくるようにして、手にしました。

「わかったよ。食ってやるよ。その代わり、まずかったら、承知しないからな」

「ハイ」

 そう言って、こだまくんは、走って行ってしまいました。

「まったく、素直じゃないんだから」

「お兄ちゃんがいらないなら、ぼくが欲しかったな」

「つばさちゃんとあたしは、お昼は、給食でしょ」

「ロビンお姉ちゃんのご飯のがおいしいもん」

「それは、言えるわね」

 みずほちゃんとつばさくんの二人の掛け合いは、妙にピッタリでおもしろい。

「ほら、アンタたち、学校遅れるわよ」

「そうだ。みずほ、行くよ」

 つばさくんは、みずほちゃんの手を取って、駆け出します。

「走っちゃ、転ぶわよ。車に気を付けてね。行ってらっしゃい」

 私は、二人に手を振ると、二人も手を振り返してくれました。

「ロビンさん、お弁当、ありがとね」

「ハイ、しっかり、お昼も食べてくださいね」

「うん、それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 そう言って、子供たちを送り出すと、早速、家事に取り掛かりました。

まずは、掃除に洗濯です。四人もいると、毎日洗濯しないと、服が追い付きません。

お部屋の掃除もやらないと、すぐに散らかってしまう。お風呂にトイレなどの水回りの掃除。お庭の花に水を上げて、洗濯物を干していると、すぐにお昼になってしまいました。

 家の用事を早めに済ませないと、今日は、お昼過ぎにみずほちゃんとお買い物に行く約束があります。

私は、急いで片づけました。お昼になって、私は、一人で昼食を取ります。

さくらさんとこだまくんのお弁当と同じものを自分用に作ってあるのです。

私は、時計を見ながら、いまごろ二人とも食べているかなと思いながら、私もお弁当を食べました。

 そして、お昼ご飯を食べて、今夜の夕飯は、何にしようかと。ぼんやり考えます。

お昼のテレビを見ながら、世の中のことや社会のこと、今、人はなにを考えているのかを知るにはテレビを見るのが一番です。インターネットでの情報は、私自身が機械なので、自然に電子頭脳に入ってきます。その中から、必要なことだけを選択して、私は動いています。

 その後、お昼の二時を過ぎたので、私は、みずほちゃんの小学校に向かいました。

みずほちゃんとつばさくんは、同じクラスなので、帰りがいっしょなら、つばさくんもいっしょにお買い物に行こうかなと思いながら、校門の前で待っていました。


 しばらくすると、下校のチャイムが鳴って、生徒たちが学校から出てきました。

私は、そんな中から、みずほちゃんを探します。

 すると、みずほちゃんが元気に走ってくるのが見えました。

「お待たせ、ロビン」

「お帰りなさい、みずほちゃん」

「ちょっと、その格好で行くの?」

「いけませんか?」

「別にいいけど、目立つんじゃない。ロビンは美人だから、いいけどね」

 みずほちゃんは、腰に手を当てて言いました。

今の私は、サンダルにオレンジのミニスカート、胸にサマーと英語で書かれたTシャツ姿です。

おへそがチラッと見える程度のシャツなので、ちょっと露出しすぎかなと思ったけど、夏だし暑いので、今どきの若い女の子らしい服装にしました。

「ロビンは、美人なんだから、もっと自分に自信を持っていいんじゃない」

 みずほちゃんは、そう言うと、私の手を取って元気に歩きだします。

みずほちゃんの赤いランドセルがとても可愛くて、似合っていました。

「つばさくんは?」

「つばさちゃんは、お友達と野球するって言ってたわよ」

「あら、そうなの。いっしょに行きたかったわ」

「いいのよ。今日は、女同士で行くんだもん」

 そう言って、笑うみずほちゃんです。私は、みずほちゃんと手を繋いで、駅前のショッピングセンターに向かいました。歩いているときも、学校のこと、お友達のことなど、いろいろ話してくれました。

その話に、おもしろくて笑ってしまいました。人間の学校は、私が通っていたロボット学校と余り変わらないみたいで、通学していた頃のことを思い出しました。

 同じロボットたちと勉強したり、遊んだり、時には、先生に怒られたり、お友達もできました。みんな卒業したけど、元気でいるのか、思い出しました。

 駅前のショッピングセンターに着くと、子供服の売り場に向かいます。

私にとっては、初めての洋服売り場です。ロボット学校で、勉強してきたので

わかっているつもりでも、実際に、そこに行くのは初めてなので、みずほちゃん以上にワクワクが止まりませんでした。

 まずは、子供用の下着売り場です。行ってみると、子供用とはいえ、女の子用の下着は、キャラクターがプリントされていたり、カラーのものや、水玉やストライプなどなど可愛いものばかりです。みずほちゃんは、早くもいろいろ手に取って見ています。

「イチゴパンツなんて可愛いんじゃないですか?」

「ダメよ、そんなの。オコチャマじゃないのよ」

 みずほちゃんにあっさり却下されました。私は、可愛いと思うのに・・・

みずほちゃんは、アレコレ見て、リボンが付いていたり、薄いピンクとブルーのショーツ、ワンポイントのハートマークがついていたり、私が見ても可愛いものをいくつか選びました。

「みずほちゃん、ブラジャーは、ちょっと早いけど、キャミソールみたいなのは、どうですか?」

「そうなの。やっぱり、ロビンは、頼りになるわ。私も欲しかったのよ」

 そういうと、みずほちゃんは、インナー売り場に目を移しました。

サイズなどを見ながら、いくつか選びます。上からシャツのように着られる、ショーツと合わせる感じでいっしょに選びました。

「よかったら、スカートとかシャツも買いませんか?」

「いいの? あたしばっかり買っちゃ、さくらちゃんに怒られると思うわ」

「それなら、さくらさんたちにもシャツを買っていきましょう」

「うん。ロビン、頭いい」

「ありがとうございます」

 私の提案に、みずほちゃんも賛成してくれました。

そんなこんなで、みずほちゃんは、夏らしい涼しい感じのシャツを三枚、さくらさんとつばさくんにもシャツを買いました。

「こだまくんは、こんなのどうかしら?」

「う~ン、こだまちゃんは、おしゃれに興味ないから、何でもいいと思うわ」

 こだまくんは、サッカー部なので、サッカーボールが書いてあるシャツを選びました。

みずほちゃんは、難しそうな顔をしていたけど、私は、それが似合うと思って買いました。このシャツを着ているこだまくんを想像すると、なんとなくほおが緩んでしまいます。

「こだまくんも、着てくれると嬉しいな」

「それは、難しいと思うけど」

「ダメかしら?」

「大丈夫よ。着なかったら、あたしが、ガツンと言ってあげるから」

 そう言って、胸をポンと叩くみずほちゃんです。

こうして、買い物を済ませると、ついでに地下街で、今夜のおかずを買いに行きました。

「今夜は、カレーライスは、どうですか?」

「うん、カレー、大好きだもん」

 みずほちゃんがそう言ってくれたので、早速、カレーの材料を買います。

ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、お肉にカレーのルーを買います。

だけど、これだけでは、物足りないかと思って、カツカレーやコロッケカレーにしようと思ってそれらの材料も買います。

「なんだか、たくさん買いすぎましたね」

「平気よ。どうせ、全部、食べちゃうもん」

 確かに、育ち盛りの子供たちが四人もいれば、残さず食べてくれるはずです。

食欲旺盛な子供たちだから、たくさん作って、おいしく食べてほしい。

私は、そう思うと、夕飯作りが楽しくなりました。

「ロビン、重いでしょ。あたしも持ってあげる」

「大丈夫ですよ。私は、力持ちだから」

「いいってば。少しは、貸しなさいよ」

 そう言って、服が入った袋をみずほちゃんが持ってくれました。

「ありがとうございます」

「いいのよ。だって、あたしたちの服が入っているんだもん」

 みずほちゃんは、背中にランドセルを背負ったまま、両手に袋をぶら下げます。

そんな小さな背中を見て、みずほちゃんは、きっと立派な大人になるだろうと思いました。


買い物を済ませた私は、早く帰ろうと思って、家路を急ぎます。

「ロビン、そっちじゃないわよ」

「えっ? おウチは、こっちの道ですよ」

「こっちから行った方が、近いのよ」

 みずほちゃんは、そう言うと、私の先を歩きだしました。

「みずほちゃんは、頼りになりますね」

「当り前でしょ。あたしは、生まれてからずっとこの街にいるんだから」

 確かにその通りです。私は、この街に来て、たったの二日しかたっていません。

みずほちゃんのが先輩なのです。私は、みずほちゃんの後について歩きました。

 いつもなら、駅前を出て、交差点を渡り、商店街を通って帰ります。

でも、みずほちゃんは、交差点を渡らずに、道路に沿って歩きます。

「アソコに橋があるでしょ。その下を潜って、反対側に行った方が近いのよ」

 私は、道路に沿って歩道を歩きます。そして、橋が見えてくると、渡らずに階段を下りました。

すると、目の前に、小さな川が流れていました。見ると、コイやカモが泳いでいました。

「可愛いわね」

「でしょ。この川の水は、きれいだから、いろんな生き物がいるのよ」

 みずほちゃんにまた一つ、この街について、教わりました。

私にとって、みずほちゃんは、先生です。

 川沿いに歩いて橋を潜ります。すると、川が曲がりくねって、川沿いに広場が見えてきました。

「広いんですね」

「そうよ。ここは、公園にもなってて、たぶん、つばさちゃんもその辺で野球してるんじゃない」

 そういうので、私は、目のピントを合わせて、つばさくんを探してみました。

でも、遊んでいる男の子は、たくさんいるので、すぐに見つかりません。

 私たちは、そんな広場と川を横目で見ながら歩いて帰りました。

頬を爽やかが風が撫で、髪をなびかせます。なんて気持ちいいんだろう・・・

私は、そんな気持ちで胸が一杯になりました。こうして、みずほちゃんと歩いているのがとても楽しくて、なぜか胸が熱くなりました。感情回路が熱を持ったのかもしれません。私は、それを冷ますように、大きく息を吸いました。

「あっ、ロビンお姉ちゃん!」

 そんなときでした。私の耳に、つばさくんの声が聞こえました。

見ると、土手を駆け上がってくるつばさくんが見えました。

「つばさく~ン」

 私が声をかけると、つばさくんは、駆け足でやってきました。

「つばさちゃん、野球やってんじゃないの?」

「それどころじゃないよ。お兄ちゃんが・・・」

「こだまくんが、どうしたの?」

 私は、思いがけない名前を聞いて、ビックリしました。

「ロビンお姉ちゃん、助けて。お兄ちゃんを助けて」

 きっと、何か良くないことが起きたのでしょう。つばさくんが必死な形相で、今にも泣きそうです。

もちろん、そんなつばさくんを放っておけるはずがありません。

「わかりました。こだまくんは、どこですか?」

「こっちだよ」

 そう言うと、土手を駆け下りていきます。私は、荷物を持ってまま、つばさくんの後を追います。みずほちゃんもゆっくり土手を下りてきました。

 広場に降りて、私は、目のピントを合わせて前を見ます。

すると、こだまくんが数人の高校生らしい男の子たちに囲まれていました。

その周りには、つばさくんと野球をしていた、男の子たちもいました。

「お兄ちゃん」

「こだまくん」

 つばさくんと私の声が重なりました。

「お前・・・」

 こだまくんは、私を見るなり、驚いていました。

「お兄ちゃん、大丈夫」

「こら、ガキは、向こうに行ってろ」

「行くのは、お前らだろ」

「うるせえよ、中坊が・・・」

「ここは、俺たちが遊んでんだよ」

「なにを言ってんだ。こいつらが先に野球してたんじゃないか」

「だから、ガキどもは、向こうに行けって言ってんだよ」

 そう言うと、高校生らしい男の子が、こだまくんの肩を押します。

「なにすんだよ」

「中坊が、なにを言ってんだよ」

 言い合いになって、よくない雰囲気です。

「つばさくん、なにがあったの?」

 私は、荷物を置いて、つばさくんに尋ねました。

つばさくんの話だと、お友達と野球をしていたら、高校生がやってきて、場所を貸せと言ってきました。

年上で、体も大きい高校生たちなので、小学生のつばさくんたちは、退こうとしました。すると、そこに通りかかったこだまくんがやってきて、高校生たちと言い合いになったというのです。

 確かに、先に遊んでいたのは、つばさくんたちなので、高校生たちが後から来て、退けというのは理不尽なことです。正義感の強い、こだまくんは、それに黙っていられなかったのです。

それは、こだまくんの言う通りで、間違っているのは、高校生たちなのです。

 そんな話を聞いて、私の良心回路が激しく動き出しました。

「あの、横からなんですが、こだまくんの言う通りですよ。先に遊んでいたのは、つばさくんたちです」

「なんだ、お前? よく見れば、可愛いじゃん」

 私を見て高校生たちが、近寄ってきました。

でも、私も一歩も引きません。こだまくんのが正しいし、つばさくんがお友達と楽しく野球をしているのを邪魔されたことが、私には、許せなかったのです。

「お前は、関係ないだろ。向こうに行ってろ」

「いいえ。つばさくんたちのが優先です」

「バカ、女が口出すな。ケガするから、向こうに行ってろ」

 こだまくんが私に向かって強い口調で言いました。

「へぇ、この子、お前の知り合い? ちょっと、俺たちとお茶でもしない」

 そう言って、私の方に近づいてきます」

「やめろ、こいつは、関係ないだろ」

「中坊は、向こうに行ってろ」

 そう言って、こだまくんの肩を強く推しました。こだまくんが、そのまま後ろに倒れてしまいました。

「こだまくん」

 私が助けようとすると、その手を掴まれました。

「ロビン!」

 後ろから、みずほちゃんの声が聞こえました。

「みずほちゃん、大丈夫ですよ。危ないから、下がっててください」

 私は、落ち着いた声で、少し微笑みながら言いました。

そして、捕まれたその手を軽く握り返して、振りほどきました。

「ロビン!」

「ロビンお姉ちゃん!」

 こだまくんとつばさくんの声が同時に聞こえました。

「つばさくん、お友達のみんな、ケガはありませんか?」

「うん、大丈夫」

「よかったですわ。こだまくん、この子たちをお願いしますね」

「ロビン、お前・・・」

 こだまくんが尻もちをついたまま、私を見上げて言いました。

「こだまくん、大丈夫ですか? ケガはありませんか」

「やめろ。お前の出る幕じゃない」

「いいえ。こだまくんやつばさくんに、こんなことをされて、黙っているわけにはいきません」

 私の良心回路が怒っていました。私の大事なこの子たちをいじめるなんて、家政婦として許せません。

「なんだ、こいつ? ケガしないうちに帰んな」

「可愛い顔に、傷でもついたら、大変だろ」

「なにを言ってるんですか? 帰るのは、あなたたちですよ」

「ハァ? この女、頭、悪いんじゃないの? 中坊みたいなバカなのかな」

「こだまくんとつばさくん、それと、この子たちに謝ってください」

「謝る? 誰が」

「あなたたちです。高校生なのに、こんなことして、恥ずかしくないんですか?」

「うるせえよ」

 そう言うと、後ろにいた男子学生が私を捕まえようと飛びかかってきました。

私は、それを軽くかわします。人間に捕まるわけがありません。私は、ロボットなのです。

「なんだ、こいつ?」

 今度は、前から複数で、私に掴みかかってます。

その時、私は、奥歯にある加速装置を歯で押しました。私は、人間の目には見えない速さで移動できます。

「あっ!」

 四人の学生は、同士討ちのようにぶつかり合います。

「ちゃんと、この子たちに謝ってください」

 私は、平然と言いました。

「なんだ、こいつは?」

 学生たちは、凝りもせず、私を捕まえようとまとめてかかってきます。

でも、加速装置のある私を捕まえられるはずがありません。

「くそっ、こいつは、何なんだ」

「どうしました? 悪いのは、あなたたちの方です。まだ、わからないんですか?」

「うるせえ」

 そう言うと、今度は、学生の一人が、ナイフを取り出しました。

武器を使うなど、卑怯なことを平気でする、悪い人間もいるのは、わかっています。

でも、それが目の前で、それも、こだまくんやつばさくんたちがいる前ですることが、私には悲しくてやりきれなくて、感情回路が一気に冷めていきました。

「こいつ!」

 一人が、ナイフを持って私に飛びかかってきました。もちろん、私に当たるはずがありません。そこに、こだまくんが飛び込んできました。

「いけない!」

 私は、反射的にこだまくんの襟をつかんで、後ろに引き寄せました。

こだまくんは、勢いで後ろに倒れました。心の中で、ごめんなさいとこだまくんに謝ります。でも、その時に、私に隙ができてしまい、右手にナイフがかすりました。

「あっ!」

「ロビン」

「ロビンお姉ちゃん」

 こだまくんたちの声が同時に聞こえました。

見ると、右手が切れていました。人工皮膚が裂けて、機械が見えました。

私は、反射的に左手でそれを隠します。

「なんだ、なんなんだ、こいつ」

「やばい、逃げろ」

 ナイフで私を刺したことで、現実に戻ったのか、学生たちは、逃げていきました。

私は、ホッと息をすると、良心回路も落ち着きを取り戻しました。

「ロビン・・・ バカヤロ、だから言っただろ」

 こだまくんが立ち上がると、私に声をかけます。

「大丈夫ですよ。こだまくんたちを守るのが、私の役目ですから」

「だからって、お前に何かあったらどうすんだよ」

「平気です。例え、私の身に何かあっても、それが、私の役目です。こだまくんたちに危険があったら私は、どんなことがあっても、お助けします。それが、私の役目なんです」

「そんなこと言わないで」

 みずほちゃんが叫びました。思わず振り返ると、みずほちゃんの小さな瞳が光っていました。その横で、つばさくんの瞳から、大粒の涙が流れているのが見えました。

 私は、しゃがんでつばさくんの涙を指で拭って、みずほちゃんを抱きしめました。

「ありがとう。私を心配してくれて・・・」

「バカ。それでも、お前がケガをする方が、ダメだろ」

「こだまくん、私は、ロボットなんですよ。これくらいで、死んだりしませんよ。こんなの、ケガのウチには入りません。このくらい、すぐに直りますから、安心してください」

「そんなこと言ってんじゃねぇよ。貸してみろ」

 そう言うと、こだまくんは、私の傷ついた右手を掴むと、ズボンのポケットからハンカチを出して、破けた皮膚を隠すようにそれで隠してくれました。

「こだまくん、ありがとうございます」

 私は、こだまくんの気持ちがうれしくて、笑顔で言いました。

「もう、無茶はするな。心配かけんなよ」

 そう言うと、顔をそむけてしまいました。そんなこだまくんが、好きになりました。

「ロビン、痛くない?」

「そうだ、ロビンお姉ちゃん、病院に行こうよ」

 つばさくんが心配そうに言いました。

「つばさ、ロビンは、機械なんだぞ。病院に行って、どうすんだ」

「それじゃ、どうするの? ロビンお姉ちゃんが・・・」

 心配するつばさくんをこだまくんが慰めるように言いました。

「帰るんだ。ウチに帰るぞ」

 こだまくんの一言で、私も気が付きました。買い物の途中なのです。

早く帰って、夕飯を作らないと・・・

私は、思い直して、買い物袋を取りました。

「貸せ。俺が持ってやるよ」

「こだまくん・・・」

「ぼくも持つよ」

「つばさくん」

「ほら、行くわよ」

 みずほちゃんがそう言うと、荷物を両手に抱えました。

「私なら、大丈夫です」

「平気だよ。これくらい、重くないもん。ぼく、男の子だから」

 つばさくんは、そう言って、今夜のおかずが入った袋を両手で持ってくれました。

「行くぞ。早く帰って、傷の手当てをするぞ」

「こだまくん、ありがとう。みずほちゃん、つばさくん、ありがとうね」

 人のやさしさと、子供たちの思いやりに、私の胸が熱くなりました。

感情回路が、再び熱くなる思いでした。


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