第24話

 その日の夜、怪我をした男たちを村まで送り届けたロニアたちは村人からの感謝を伝えると共に村人を救ってくれた聖女と騎士の歓迎の席を設けられた。

 ロニアと助けに来てくれた聖女はどちらも断ったが、魔物の討伐と怪我人の治療で時間が掛かってしまったこともあって、時間がすっかり遅くなってしまったことを理由に引き留められ、こうして宴席を開かれたのだった。

 怪我をしていたフェルディアは療養を理由に軽く飲食しただけですぐに間借りした宿に戻ってしまい、感謝を伝える村人たちに居たたまれなくなったロニアも途中で外に出てきたところであった。

 しばらく外を散歩して宴席に戻ってきたものの、村人たちからの歓迎と感謝の酒宴はまだ続いており、今回の立役者である聖女と騎士は未だ村人たちに囲まれているようだった。


「あれ。そっちの聖女様はもういいのかい?」

「ええ。私もそろそろ部屋に戻ります。食事をありがとうございました」


 ロニアが頭を下げると、声を掛けてきた中年の女性は気にしなくていいからと手を振った。結局ロニアは何も出来ずに呆然としていただけだったが、何も知らない村人たちはロニアも聖女と一緒に魔物から村人を守った英雄ということになっているらしい。

 後から駆け付けた聖女たちは真実を話す気がないどころか、ロニアが今朝大神殿から巣立ったばかりの新米聖女だと知ると、聖女になって早々に大変な現場に遭遇してしまったと同情までしてくれた。共に魔物の討伐と村人たちを救ったとして、村人たちに紹介までしてくれたのだった。

 

「それで飲み物を分けていただいてもいいでしょうか。私の騎士に届けたいのです」

「遠慮なんてしなくていいよ。好きなだけ持っていきな」

「ありがとうございます」


 ロニアは果実酒の瓶とコップを貰うと部屋に戻る。フェルディアの部屋はロニアが借りた部屋の隣だった。同じ部屋でも良いとロニアは言ったが、フェルディアがどうしてもロニアと同室は無理だと言ったことで別室となった。顔を赤くして慌てたフェルディア曰く、「聖女さまの着替えや寝顔を見てしまうのは騎士としてあるまじきことですっ!」という理由らしい。

 フェルディアの部屋の前で立ち止まってロニアは息を大きく吸うと扉を叩く。


「フェルディアさん、私です。飲み物を持ってきたので入ってもいいでしょうか?」

「せっ、聖女さま!? えっ……だ……いや、今はその……いてっ!」

「フェルディアさん!?」


 扉越しにバタッという床に落ちる音が聞こえた後、小さく呻くフェルディアの声が聞こえてくる。昼間の怪我が悪化したのかとロニアが勢いよく扉を開くと、上半身を脱いだフェルディアが右足の甲を押さえて跳ねていたのだった。


「フェルディア……さん……?」

「ああ……すみません。着替えていたのですが、服を掛けていた椅子が倒れて足の上に落ちてきたところで……。お見苦しいところをお見せしました」

「すみません。タイミングが悪い時に声を掛けてしまって……足の具合はどうですか。冷やしましょうか?」

「それには及びません。飲み物をお持ちいただきありがとうございます。そこのテーブルに置いてくれませんか」


 言われた通りにテーブルの上に果実酒の瓶とコップを置いたロニアだったが、その時にふとフェルディアの右腕が目に入る。


「その傷は昼間の……」

「そうです。どうやら戦っている間にまた開いてしまったようで……」


 昼間、ロニアを庇って魔物の傷を受けたフェルディアだったが、怪我は聖女の癒しの力である程度治ったはず。その後、無理を押して戦ったことで、元の状態に戻ってしまったのだろうか。

 肩を落としたロニアは「ごめんなさい」と声を震わせる。


「私が男の人たちを助けてほしいって言ったから、フェルディアさんが怪我を負うことになってしまって……」

「謝らないでください。謝らなければならないのは俺の方です。貴方を守ると言いながら、危険に晒してしまいました。恐ろしい思いをさせて申し訳ございません」

「何を言っているんですか! フェルディアさんは魔物と戦ってくれたじゃないですか。私は怖くて何もできなくて、フェルディアさんに助けてもらえなかったら、今頃は魔物たちに喰われていたかもしれません……」


 ローブの裾を握って涙を堪えようとする。口を開いたら嗚咽が漏れそうで唇を固く結んでいたが、そんなロニアの元にフェルディアが歩み寄る。

 

「貴方の笑顔を守ると誓いながら、今の俺は貴方にそんな顔をさせている。これでは騎士失格です。貴方を困らせるつもりは無かったというのに……」

「私は自分の騎士を傷付けたり、困らせたりしたくありません。私が自分の騎士に求めているのは自分自身を大切にしてくれることです。私の身よりもまずは騎士自身が自分を大切にしてほしい! だって誰にも傷付いてほしくないから……一緒に居てくれるだけでいいから……」


 涙声で訴えながら、ロニアは手の甲で乱暴に溢れる涙を拭う。止めどなく流れる涙を繰り返し拭いていると、フェルディアが抱き締めてくれたのだった。


「聖女さまの気持ちを聞けて嬉しいです。これからは聖女さまの言葉をもっと聞くようにします。独りよがりな俺を叱ってください」

「できません……フェルディアさんは誰よりも周りを見てくれているから。自分のことより周りを優先してしまうフェルディアさんこそ、何もできない無力な私を怒ってください」

「それはできません。貴方は何もできないといいますが、貴方のおかげで救われた人たちがいます。森で怪我をしていた男や俺だってそうです」

「フェルディアさんもですか?」

「男たちを逃がして隙が生まれた俺に結界をかけてくれましたよね。それより前にも俺は貴方に救われました。もう数年前のことです。見習いから騎士に成り立ての頃に演習先で突然魔物が現れて、命からがら大神殿に戻ってきた俺たちの部隊を聖女見習いたちが治療してくださいました」

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