第22話
「そんな危険な場所にこれから聖女さまが着任されるのですか……なんと許しがたい……! 昨日知っていれば、神官共をこの手で切り刻んでやったというのに……っ!」
奥歯をギリッと噛むフェルディアではあったが、そうしている間も剣を振る手を止めなかった。それどころかさっきよりも勢いが増しているようであった。ロニアの話がフェルディアの怒りを増幅させてしまったのかもしれない。
こうなると八つ当たり気味にバッサリ斬られる魔物が少し可哀想な気さえしてくる。
「そんなことをしたらフェルディアさんが罰されますから……それより早くここから脱出しましょう。フェルディアさんもこちらへ……」
突然、フェルディアがロニアに向き直ったかと思うと、ロニアの真横をフェルディアの剣が通り過ぎる。風圧でロニアの髪が宙を舞い、そして耳をつんざくような悲鳴がすぐ近くから聞こえてきたのでギョッとして飛び上がってしまったのだった。
「失礼いたします」
フェルディアに肩を引き寄せられて数歩後退するが、その間もフェルディアはロニアに近寄ってくる魔物たちを追い払っていた。先程までロニアが立っていた場所には熊のような大きな牙を持った大型の魔物が血を流して倒れていたのだった。
「ひっ!」
ロニアは反射的に悲鳴を上げて、フェルディアに縋りついてしまったが、そんなフェルディアは安心させるようにロニアの顔を覗き込みながらそっと微笑んだだけであった。
「お任せください。退路を確保します」
言うや否やフェルディアは片手でロニアを抱いたまま剣を大きく振ると風圧で小さな魔物を遠くへ弾き飛ばす。それ以外の魔物を剣で払うと、どうにか人一人が通れる道ができる。
「これならっ……!」
「しまっ……聖女・ロニアが命ずる。女神より授かりし力を分け与え、我が騎士を守護する盾とならん」
フェルディアの隙をついて背後から飛び掛かろうとした魔物をロニアが結界を張って防ぐ。
やはり本調子では無いからか結界はすぐに消えてしまったが、フェルディアにはそれで充分だったらしい。体勢を立て直すと魔物が怯んだ一瞬の隙をついて、剣先を突き立てたのだった。
「ありがとうございます! さあ、俺の手を掴んでくださ……」
「そんなことをしたらフェルディアさんが本気で戦えません! 私は一人で大丈夫です……」
「ですが……いえ、承知しました。その代わりにすぐ後ろをついてきてください。少しの辛抱です」
駆け出したフェルディアに続いてロニアもありったけの力を込めて足を動かす。本当はもう走るのも限界で、さっきのフェルディアの手を取りたいくらいであった。けれどもここでロニアがフェルディアを頼ってしまえば、それだけフェルディアが無防備を晒してしまうことになる。
秘密を知られるのは怖いが、フェルディアを危険な目に合わせるのはもっと嫌。手違いがあったとはいえ、守護騎士に任命してしまった以上、二人揃って目的地に到着したい。
そんなことを考えていたからか、どんどんフェルディアから遠ざかってしまう。フェルディアがロニアの歩幅に合わせてくれているというのに、肝心のロニアがこれでは意味が無い。息は荒く、身体もふらつくが、倒れるのはここを脱出してからでも良い。フェルディアの黒い背を目印にロニアはローブの裾を持ち上げて後を追い掛ける。
「きゃあ!」
フェルディアに追いつきかけたロニアだったが、すんでのところで足がもつれて倒れてしまう。
「聖女さまっ!」
「大丈夫……」
地面に手をついてすぐに身体を起こしたものの、その後ろでは先程フェルディアが倒した熊に似た魔物が大きな口を開けて咆哮を上げていた。
「ぃや……っ」
腰が抜けて足に力が入らない。鼓動が脈打つ激しい音がロニアの耳に入り、その瞬間、自分の息遣い以外が何も聞こえなくなる。
結界を張らなければと思っても喉が張り付いてしまったのか言葉が出てこない。できることと言えば、歯を食いしばって迫りくる鋭利な牙から目を逸らすことだけ。
覚悟を決めて両目を瞑った瞬間、頭上から風を切る音に続いて悶絶するような激しい号哭が聞こえくる。おそるおそる目を開けると、ロニアと魔物の間には鋭い牙が刺さった右腕から血を流すフェルディアが怒りの形相で立っており、そんな魔物の頭にはフェルディアの剣が刺さっていたのだった。
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