第21話

「王都の大神殿から派遣された聖女はまとめて治療してくれた。あんただってできるだろう。聖女なんだからさ!」

「それは……」

 

 一度に複数人を治療できるのは神聖力が強い聖女ぐらいで、神聖力が弱いロニアには難しい。しかし男の言う通り、ここで長く時間を掛けた分だけ今度はロニアやフェルディアまで危険が及んでしまう。

 いくらフェルディアが「騎士団の狂犬」と呼ばれている実力者だとしても、こんな大量の魔物を前にしていつまでも持ち堪えられるとは思えない。ロニアがもたついた分だけ、ロニアたちを守るフェルディアにも危険が及ぶだろう。

 ここは一か八かの賭けに出てみるべきである。


「やってみます……」


 すうっと大きく息を吸うと、ロニアは両腕を前に出して口を開く。


「聖女・ロニアが願う。万人に女神の加護を分け与え、全ての傷を癒さん」


 ロニアの掌から白い光が生まれ、足元には同じ色の魔法陣が展開する。ロニアを中心に展開された円陣は男たちを全員包むように広がると白い粒子状を上空に向けて放ち出す。雪のように白く細かいこの光が癒しの力であった。


「おおっ……!」


 男たちは感嘆の声を漏らすが、一方のロニアは相手にしている暇は無かった。


(神聖力だけが削られていく……。どうしよう、このままだと神聖力を根こそぎ持っていかれちゃう……)


 それぞれ聖女の体内には神聖力を溜める杯があると考えられている。力を使った分だけ杯からは神聖力が減り、また時間の経過と共に神聖力が満たされる。大きい力を使えば使うほど神聖力の消費が激しく、そして満杯になるまで時間が掛かる。

 杯の大きさは聖女によるが、強い力を持っている聖女ほど杯は大きく、反対に力が弱い聖女の器は小さい。ロニアは圧倒的に後者であった。

 全体的回復という技は神聖力の消費が大きい。それ故に力が強い聖女にしか使えない術とされており、ロニアのように神聖力が弱い者が使おうとすると傷の回復より先に神聖力が減ってしまうとされていた。


(せめてここから逃げ出せるくらいの傷を回復して。お願い……!)


 男たちの傷は徐々に回復しているが、完治より先にロニアの神聖力が全て消費されてしまう。神聖力は聖女の魂と深く結びついているため、神聖力が完全に無くなってしまえばロニアは動くことはおろか立ち上がることさえ難しくなる。

 そうなったら誰かに抱えてもらわなければならなくなるが、フェルディアに魔物の相手と男たちの脱出に加えて、ロニアの面倒まで頼むのは負担が大きすぎる。自分のことは自分でどうにかしなくては。

 そんなことを考えているうちに魔法陣の輝きが薄れていた。光の粒子も減っており、怪我の治りも遅くなってきた。対して、ロニアの神聖力はどんどん減り続けている。

 そうしてロニアの体内にわずかな神聖力を残して魔法陣が完全に消えた時には、ロニアは息も絶え絶えに膝をついていた。癒しの力が途切れたからか、塞がりかけの傷を前に男たちも戸惑っており、不思議そうに顔を見合わせていたのだった。


「少しは……回復……しましたか……?」

「ええ、まあ……」

「いつまでもここに居ては危険です……あそこで戦っている騎士が倒れる前に……ここから離れて……ください……」

「聖女様は……? 真っ青な顔をしているが……」

「私は後から追いかけます……自分の騎士を置いていくことなんて……できませんから……」


 さあ早くとロニアが急かせば男たちは渋々立ち上がる。比較的軽症の者が重症者を肩に担ぎ、ロニアの癒しの力で傷が塞がりかけの者は自力で歩き出す。最後に低級魔物を近寄らせないように男たちに簡単な結界魔法をかけると、ようやくロニアは立ち上がる。男たちの後を追いかけていると、視界の隅で「聖女さまっ!」と叫びながら駆け寄ってくるフェルディアの姿を捉えたのだった。


「男たちは!?」

「先に逃げました。後は私たちだけ……です……」


 今にも倒れそうな状態を悟られたくなくて口角を上げて笑みを形作ろうとする。そんなロニアの意図をどう汲んだのかは知らないが、フェルディアは表情を引き締めると魔物たちに頭を向けたのだった。

 

「承知しました。それにしてもキリがありません。次から次へと魔物が現れます。この辺りは王都で張っている魔物の避けの結界内のはずですが……」

「王都の外れと地方の境目には結界の綻び……要は隙間があります。地方の結界がしっかり張られていれば問題ありませんが、私たちが向かっているニールノマンド地方は聖女が不足している地域ですから……」


 ガイスト王国の王都を始めとする主要な都市部にはそれぞれ神殿長が管理する大結界が張られている。その大結界の中にいる限り魔物は寄って来ないが、大結界の外れに行けば行くほどに結界の力は弱くなり、魔物が入りやすくなってしまう。そうした場所から入り込んでしまった魔物の討伐を担うのも、聖女と騎士の役目であった。

 騎士たちが結界内に侵入した魔物を倒している間、聖女たちはそれ以上の魔物が入ってこないように結界を強化する。神殿長が張った大結界を軸として聖女が結界を重ね掛けすることで、少しでも大結界同士の境目にできてしまう綻びを最小限まで抑えられるのだった。

 けれどもロニアたちが向かっているニールノマンド地方は王都や都市部から最も離れている立地上、魔物の出現率が国内随一であり、それでありながらも派遣される聖女の数が最も少ない地域とされている。

 つい数年前までは隣国といつ争いが起こってもおかしくない緊張状態だったことから、自ら志願して結界を張りに行くような聖女もおらず、代わりに行かされるのは貴族の後ろ盾が無い孤児や平民、またはどこの神殿にも受け入れられなかった問題児ばかり。どちらにも当てはまるロニアが言うのもおかしいが、厄介者の聖女を当てがうには丁度良い辺境なのだろう。

 そんな者たちが張る結界が神殿長の結界と相性が良いはずもなく、大結界同士の綻びはほとんど埋まらない。そのため今回のように大結界が弱い地域内で生じた綻びから、大量の魔物の侵入を許してしまうことになるのだった。


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