第20話

「こっちです!」


 男の案内で行った先にはひっくり返った幌馬車と散らばった荷物が落ちており、馬車を引いていた馬は魔物に襲われたのかすでに息絶えていたのだった。


「魔物はどこに行った?」

「仲間を追いかけてあっちの方に……」

「こ、こっ、こっちに来るな〜!」

「あっちから声が聞こえます!」


 叫喚が聞こえてきた方角をロニアが示すと、フェルディアは剣を抜く。

 

「聖女さまは後から来てください。先陣は俺が切ります。おい、そこの男。お前は近くの村に行って助けを呼んでこい。街道沿いに進めば、誰かに会えるかもしれん」

「ああ、分かった……」


 フェルディアが駆け出したと同時にロニアも走り出す。フェルディアのスピードは速くてあっという間に置いていかれてしまったが、少し走っただけですぐに追いついた。フェルディアの黒い背中を見つけて声を掛けようとしたロニアだったが、フェルディアの視線の先を見て愕然としてしまう。


「この魔物の数はいったい……!?」


 場所にも寄るが、王都周辺に生息する魔物は基本的に単体か数体で行動する。力が弱い個体は群れで行動するがせいぜい多くても数十体であり、騎士団の一部隊くらいの数しかいない。また力が弱い個体は騎士以外でも剣の腕に自信がある者なら、簡単に倒せてしまう。

 しかしこの場に集まった魔物たちは弱い個体から強い個体まで、まるで操られているかのようにフェルディアを襲っている。その近くには先程の男の仲間と思しき、数人の男たちが闇雲にナイフを振り回しているが、全く効果が無さそうであった。


「聖女さま! ここは危険です! 男たちを連れて、さっきのところまで戻ってください……っ!」

「そんなっ! フェルディアさんを置いて逃げられません!」

「この魔物たちは変です。何も無い場所に、ここまで集まること自体おかしい。何かに誘導されて集まったかのようだ……っ!」


 魔物たちを一刀両断しながらフェルディアが声を荒げる。


「俺が活路を開きます。聖女さまは男たちの元に向かってください! 男たちと共に離脱したタイミングで俺も離れます!」

「ですが、その間にフェルディアさんにもしものことがあったら……!」

「大丈夫です。これくらいはなんてことありません。むしろ盾にできるものがあるだけ騎士団よりずっとやりやすい」


 フェルディアは斬り捨てた小動物のような魔物を掴むと、魔物の群れの中に放り投げる。そうして一部の魔物の目が逸れた隙に、数体を一振りでなぎ倒す。鮮やかな剣捌きにロニアは目を丸くして固まることしかできなかった。


「今です!」


 フェルディアの声に背中を押されるように、ロニアは男たちに向かう。

 その間にも魔物は鋭い牙や爪で襲いかかってきたので、立ち止まってしまえば恐怖で足が動かなくなりそうだった。ロニアは魔物を見ないように、足だけを動かし続け、そんなロニアを阻むように魔物が立ち塞がればフェルディアが切り捨ててくれた。

 そんなロニアもフェルディアに向かって結界を張ろうと呪文を唱えるが、魔物が寄ってくる度に詠唱が中断されてしまうので全く掛けられずにいた。あまりの無能さに悔しさどころか嫌悪感さえ覚えてしまう。

 そしてようやく男たちの元に辿り着いたロニアだったが、またしても驚愕してしまう。


「その傷は……魔物ですか……?」

「聖女様!? 皆、しっかりしろ! 聖女様が助けに来てくれたぞ!!」


 奥まったところで固まっていた男たちだったが、各々手足や頭から血を流していた。一番怪我が軽そうな頭から血が流す男が介抱していたが、到底手が足りておらず、ロニアの姿を見つけると救いを求めるように近寄ってきたのだった。


「足を怪我した奴を庇っているうちに他の魔物に襲われてな。どうにか這う這うの体でここまで逃げたところで、あの黒い兄ちゃんが助けに来てくれたんだ。この辺りは魔物が少ないからって油断していた」

「そうでしたか……」


 そう状況を説明してくれる間も、男の頭からも絶えず血が流れている。それでも男は不適な笑みを浮かべたまま、懇願するようにロニアを真っ直ぐ見つめてきたのだった。

 

「お嬢ちゃんは聖女かい。それなら酷い奴からまとめて手当てしてくれないか」

「まとめて、ですか……」


 ロニアの背中に嫌な汗が流れる。

 魔物との戦闘中に怪我をした騎士や魔物と遭遇してしまった王都民の怪我を治療したことはある。だがそれは怪我人一人に対してのみの治療。複数人を同時に治療したことは無い。大神殿では他の聖女や神官、聖女見習いたちと分担して治療に当たっていた。

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