第19話

「助けてくれっ! あっちで魔物が現れて、仲間が襲われているんだ!」

「仲間……旅人か?」

「旅の者だ。今は近くの村に頼まれて、遠出した村人を村まで送っているところだ。頼む、助けてくれっ!!」

「助けに行きますか?」

「そうですね……」


 フェルディアが後ろのロニアに声を掛けたことで、男はようやくロニアの存在に気付いたようだった。男は目を見開くと、ロニアの足元まで駆け寄ろうとしてフェルディアに制止されたのだった。


「その格好、あんた聖女なんだろう! だったら助けてくれないか!? このままだと仲間だけじゃなくて村人まで魔物の餌食になってしまう!!」

「聖女ではありますが、でも私は……」


 今にも泣き出してしまいそうな緊迫した男の様子にたじろいでしまう。ロニアの聖女のローブを見て縋りついてきたのだろうが、必死な形相をした男を前に独り立ちしたばかりで実践経験皆無の新米聖女だと言っていいものだろうか。

 独り立ちした聖女はまず簡単な結界の張り直しや病人の治療から始めていくものだ。経験を積んで、そこから実際に魔物討伐の騎士たちのお手伝いをする。彼らを守護する結界を張り、怪我を負えばその場で治療を施す。聖女たちは大神殿での修行の過程で簡単な護身術を身につけるが、大規模な戦闘になると全く役に立たないので後方に下がって支援に回るしかなくなる。そんな聖女たちが安心して結界や治療を行えるように守護するのが、聖女が自ら任命する騎士――守護騎士の役割でもあった。

 聖女であるロニアが男を助けたいと言ったら、守護騎士であるフェルディアは魔物たちの脅威から男とその仲間たちを助けようとするだろう。守護騎士にとって主人であるロニアの命令は絶対だから。だがここでロニアが断ったら、フェルディアは男を無視して先を急ごうと荷馬車を出す。腕に自信がある者や他の聖女と守護騎士が運良く通りかかれば助かるかもしれないが、誰も来なければこの男を含めて全員魔物の餌食となる。

 ロニアが優秀な聖女なら、迷わず助けに行くだろう。自分で結界を張って、自分の身ぐらい自分で守れればロニアは治療と結界に集中できて、フェルディアも魔物に集中できる。

 今の状態では、落ちこぼれのロニアが足を引っ張ってしまう。フェルディアはロニアを庇いつつ、魔物を相手にしなければならない。あまりにもフェルディアに負担が大きく、下手をしたらフェルディアが命を落とすかもしれない。そんな状況は嫌だ。

 ロニアが迷っている間に遠くから魔物の咆哮が聞こえてくる。逃げ惑う男の仲間と村人を追いかけているのだろうか。助けるにしても助けないにしても、ここに居てはロニアたちまで魔物に襲われてしまう。

 どうしたらいいのか迷っていると、男を放ったフェルディアがロニアの前に進み出る。そうして震えているロニアの手を取ると、手の甲に軽く口付けを落としたのだった。


「俺が必ず貴方の願いを叶えます。ですから、命じてください。俺は貴方の願いを叶える剣であり、貴方を守る盾。貴方の願いを阻むものなら必ず斬り捨てます。指一本、貴方に触れさせません」

「フェルディアさん……」

「俺は貴方に将来を誓った守護騎士です。貴方の笑顔を守るためなら、何だってできます。そのためならこの身でさえ惜しくない。どうぞ御心のままにご命令ください」


 ロニアの手を握るフェルディアの手に力が込められる。フェルディアは本気でロニアの願いを叶えようとしている。ロニアが魔物を倒せと言えば、男たちを救って欲しいと頼めば、危険を顧みずに魔物に立ち向かっていくだろう。そんなフェルディアにロニアは何ができる?

 かろうじて聖女を名乗れているだけの落ちこぼれが……。


(それでも……)


 このまま助けを求めている人たちを放っておくことはできない。落ちこぼれだろうが落第生だろうが、大神殿を出て独り立ちした以上、ロニアは聖女だ。

 聖女は人々を助け、国に尽くす存在。助けを求める人がいるのなら、聖女は助けなければならない。そこに優劣なんて関係ない。

 誰かを助けられる力を持っているのなら、自分は助けたい。他の聖女より劣っていることを言い訳にしたくない……!


「……この人たちを助けてください。でも無茶はしないで。私もできる限りサポートをしますが、フェルディアさんが傷付くのが一番嫌です……」

「ご命令、しかと受け取りました。必ずや勝利を最愛なる聖女さまの手に……そこの男」


 フェルディアが男に声を掛けると、すっかり腰を抜かしていた男は「ひいぃ!」と悲鳴を上げながら背筋を伸ばす。


「魔物のところに案内しろ。助けてやる」

「あっ、ありがとうございます……」

「勘違いするな。俺は聖女さまの命で戦うだけだ。感謝は聖女さまに言え」

「ありがとうございます、聖女さま。この恩は忘れません……!」

「い、いえ! まだ何もしていませんから!」


 ロニアに向かって拝むように手を擦り合わせていた男の首根っこを掴むとフェルディアが立たせる。そうして先を駆け出した男の後を二人は追いかけたのだった。


 ◇◇◇

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