第18話

「きっと貴方にとってはほんの些細なことでしょう。俺のことを覚えていないのも無理はありません。ですがそれなら俺だけが覚えていればいいだけです。俺が騎士を続けられているのだって、あの時に貴方が与えてくれたものが今もこの胸に根付いているからです」


 とんっとフェルディアは自分の胸を叩く。


「あの時の恩を返したいとずっと願っていました。それが守護騎士という形で返せるのなら、俺は喜んで貴方に仕えます。そのためなら金も地位も必要ない。俺が持てるものは全て捧げ、足りないものは必ず手に入れます。奪い盗むことさえ厭わない。邪にも悪にもなってみせましょう。他ならぬ聖女・ロニア、貴方のために……」

「フェルディアさん……?」

「つまらない話を聞かせてしまいました。そろそろ串焼きも焼けたので、お召し上がりください」


 串焼きを差し出されたロニアは「いただきます」と受け取る。まだ肉汁が音を立てる串焼きに息を吹きかけると、そっと口をつけたのだった。


「あれっ? 辛くない……?」


 口の中に塩味と肉の味だけが広がる。試しに野菜を齧るが、やはり塩味と野菜そのものの味しか感じられない。

 スープを飲んだ時も思ったが、辛いもの好きのフェルディアが作った料理ならある程度は辛いだろうと覚悟していただけに拍子抜けしてしまう。スープに関しては限られた食材で味付けしたのでこんなものだろうと思ったが、串焼きまでこうも薄味だとなんだか落ち着かない。まさか離れている間に味覚まで変わったのだろうか。

 ロニアが首を傾げながら食べていたからか、フェルディアがどこか不安そうに顔を曇らせながら尋ねてくる。

 

「お口に合いませんでしたか?」

「いいえ。その……味付けがあっさりとした食材の味そのものだったので驚いてしまって……」


 フェルディアは口をぽかんと開けたかと思うと、次いで赤い瞳を大きく見開く。

 

「聖女さまは濃い味付けが好みでしたか?」

「私ではなくフェルディアさんが、濃い味付けが好きだと思っていたので……」

「そうですが……俺の好みをご存知なんですね! 嬉しいな……聖女さまが俺のことを知っていたなんて……」


 心の底から嬉しいのか表情が全体的に明るくなる。その姿がまるで意中の騎士が自分のことを覚えていたことにはしゃぐ恋する聖女見習いと瓜二つ同じで、ロニアは顔が引き攣ってしまうのを感じたのだった。

 

「……偶然です。なんとなく男の人は濃い味付けを好むような気がしたので」


 目を輝かせるフェルディアを直視できず、ロニアはそれ以上ボロが出ないうちに話を切ると、串焼きを食べ進める。そんなロニアにフェルディアがどんどん串焼きとスープを進めてくるので鍋と串が空になる頃には満腹になっていたのだった。


「ご馳走様でした。とても美味しかったです」

「腹が満たされたようで良かったです。片付けは俺がしますので、聖女さまはもう少しお休みになられては……」

「今度こそ私も手伝います。相手にばかり頼むのは、私の性に合いません。それにフェルディアさんは食べ足りないのでは? ほとんど私が食べてしまいましたし……」

「心配には及びません。御者をしながら携帯用の保存食を齧ればいいですし、この調子なら夕方には村に立ち寄れます。そこでもう少し食料を調達しましょう。悪天候に見舞われて到着が遅れたら、何日か野営を強いられるかもしれません」

「そうですが……私が聖女だからといって何も気を遣わなくていいんです。二人でできることや分担できることは一緒にやった方が絶対に効率が良いです。私はこの通り貴族の令嬢からは程遠い貧相な平民出身の聖女です。大神殿に入る前は家族の手伝いで馬を引いたり、薪拾いや洗い物をしたり、汚れものの洗濯もしました」

「聖女さまもですか?」

「ええ。全ての聖女が宝物のように大切に育てられてきたわけではありませんから……どうぞ私のことは聖女として敬うのではなく、一人の人間として扱ってください。少しでもフェルディアさんの負担を減らしたいです」


 フェルディアは少し迷っていたようだったが、「それなら……」と小声で話し出したのだった。


「俺が火の後始末をしている間、食器類の片付けをお願いできますか」

「勿論です。任せてください」


 そうして二人で分担したからか、片付けはあっという間に終わってしまう。後は出発するだけという状態になり、ロニアが地面に敷いていたマントをフェルディアに返したところで、急に木に繋いでいた馬が嘶きだしたのだった。


「どうしたので……」

「聖女さま、下がってください……空気が変わりました。何かが来ます」


 その瞬間、木々のざわめきが途絶えたかと思うと、緊張感に満ちた空気を切り裂くように奥から草を掻き分けて近付いてくる音が近付いてくる。ガサガサと辺りに響く音に怯えて後ろに下がったロニアを庇うように、フェルディアは腰に佩びた剣に手をかける。一撃に備えて、フェルディアが態勢を低くした時、木々の間から「助けてくれっ!」と男が悲鳴と共に姿を現わしたのだった。

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