第17話

「あっ……すっ、すみません。せめて癒やしの力で疲労を軽減できないかと思って……」


 咄嗟についた言い訳だったが、フェルディアは瞬きを繰り返しただけであった。

 じっと見つめられて照れ臭くなったロニアは慌てて下を向いたが、フェルディアは興奮気味に目を輝かせたのだった。

 

「神聖力にはそんな使い方があるんですね。初めて聞きました」

「一時的なものです。長期的にかけても効果はありませんが……」


 そもそも落ちこぼれのロニアが疲労回復の癒やしの魔法を唱えてもわずかに疲れが軽減するだけ。全快までは時間がかかってしまう。

 早く回復させようと焦るあまりロニアがもたついているからか、それなら他の聖女に頼んだ方が早いと教官役だった神官には匙を投げられてしまった。

 確かに主席聖女のカリーンの癒やしの魔法はたちまち怪我を全快してしまい、他の聖女もカリーンの後に続くようにあっという間に治してしまう。聖女にとって怪我や病気の治療はかなり初歩的なことだというのに。そんなことさえまともにできないロニアはあまりにも情け無い。


「騎士団の中には治療で大神殿に行く者が多いですが、中には疲労の回復で通う者もいたんですね」

「そうですね。騎士団の皆さんは私たち聖女見習いの練習相手でもありました。私も何度か治療を請け負ったことがあります」

「聖女さまがですか!?」

「おかしなことでしょうか?」


 フェルディアが大仰に驚いたので、何かおかしなことでも言っただろうかと思うと、フェルディアは首を振ったのだった。

 

「違います……その逆です。聖女さまが治療を担当されるのなら、俺も行けば良かったと思っただけです。貴方に手ずから治療していただける栄誉を賜われるとは……騎士として冥利に尽きます」


 フェルディアが悔しそうに唇を噛み締める。ロニアが騎士たちの治療を担当した時、フェルディアの姿は現さなかったが、もしかすると怪我を負わなかったのではなく、怪我を我慢していたのかもしれない。フェルディアは昔から周囲に心配を掛けさせたくないからと、怪我や病気を我慢するところがあった。

 それが原因で重症化したこともあるので、ロニアは見ていてハラハラしたものだ。もう少しフェルディアには自分を労るということをしてほしい。

 ロニアはとうとう気になっていたことを尋ねたのだった。

 

「ところでずっと気になっていたのですが……フェルディアさんはどうしてそこまで私に尽くしてくれるのですか? 私なんかより優秀な聖女はたくさんいます。綺麗な人や貴族出身の聖女だって。そういう人と契約した方がフェルディアさんにとっても有益だと思いますが……」


 貴族出身の聖女の守護騎士になれば、フェルディアは貴族として取り立ててもらえる。噂はどうであれ、すでに実力が証明されているフェルディアなら騎士爵くらいは与えられるだろう。金で爵位を買ったとしても、後見人になってもらえる。良いこと尽くしではなかろうか。

 それに貴族階級なら調達から御者、調理まで一人でやらずとも使用人が全てやってくれる。フェルディアもロニアと同じように馬車で眠れたかもしれない。徹夜の身体に鞭打ってまで聖女に尽くす必要もなかっただろう。

 そういうつもりで言ったが、フェルディアは首を振ってしまう。

 

「……他の聖女では意味が無い。俺が心から慕い、愛と忠誠を誓いたいと思っているのは、聖女・ロニア、貴方だけです」

「私にですか? だって私とあなたは……」


 ただの幼馴染み。それも正体を隠して付き合っていた嘘つき。そう言葉が出そうになったので、ロニアはぐっと飲み込む。

 フェルディアはロニアがかつて一緒に育ち、焼き立ての芋を分け合った家族ということを知らない。言ってしまえば、フェルディアは好意的に接したりはしないだろう。

 ロニアが勝手に大神殿に入った意図を知りたいというのは分かる。ただ何を終わらせたいのかが理解できない。フェルディア自身が決着をつけたい何かがロニアにはある。けれどもロニアには心当たりが無い。

 フェルディアとは兄妹同然の仲であり、名前を偽っていたこと以外は何も隠しごとをしなかった。本当のことを打ち明けられないもどかしさと後ろめたさはあったものの、そんなロニアでさえフェルディアは受け入れてくれた。本当のことを言えない分、それならせめてフェルディアの前では正直であろうとしたが、その中でフェルディアの気に障るようなことをしてしまったのだろうか。

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