第15話

「聖女さまは答えなくていいんですか?」

「……誰も私が聖女なんて思わないですから」

「そんなことはありませんよ……おっと」

 

 その時、フェルディアが急に荷馬車を止めたので何事かと思えば、前の馬車にも花を渡していた子供たちがロニアたちの荷馬車にも近づいてきたところだった。子供たちの一人が腕に下げた籠から赤いガーベラを取り出すと、フェルディアに渡そうとする。


「めがみさまのごかごがありますように!」

「聖女さま、受け取りますか?」


 フェルディアが後ろに声を掛けたからか、子供たちは目を輝かせて後ろの荷台までやって来ると、隠れていたロニアを見つけて我先にと様々な色のガーベラを差し出してくる。


「せいじょさまに、めがみさまのごかごがありますようにっ!」

「……ありがとう。綺麗な花ね」


 平等にロニアが全員から花を受け取ると子供たちは安心したように微笑んで、また次の馬車に向かう。新たな聖女の誕生を祝って、この道を通る馬車に花を配っているのだろうか。

 そんなことを考えていると、フェルディアが「あの子供たちは……」と教えてくれる。


「大神殿が運営する孤児院の子供たちです。毎年この日になると、聖女の誕生を祝福して花を配り歩くのです」


 大神殿に限らず、ほとんどの神殿には孤児院が併設されている。病気や事故で親を失った子供、あるいは魔物や野盗などに親を殺された子供たちが集まって暮らしているとされていた。

 ロニアとフェルディアが幼少期に過ごした神殿には併設していなかったが、聖女が若い時は近くの村に神官が運営する孤児院があり、そこに暮らす子供たちがよく遊びに来ていたという。

 

「そうですか。聖女にも花を渡してくれるのですね」

「いいえ。大抵の聖女は受け取らないか、守護騎士や御者などの代わりの者に受け取らせます。貴族出身の聖女ほど、下賎な者に声を掛けられたくないと考える者がほとんどですから……子供たちも聖女に直接渡せたらラッキーくらいの気持ちでいます。さっきの子供たちは貴方に花を渡せて喜んでいますよ」

「そうでしょうか……」

 

 フェルディアの言葉で後ろを向けば、子供たちは先程よりも頬を赤く染めて、どこか弾むように嬉しそうな足取りで次の馬車に向かっていた。子供たちが離れていくと、またフェルディアが荷馬車を走らせる。


「他の聖女たちに何と言われ、この国の民にどう思われようと、やはり貴方は素晴らしい聖女です。孤児たちにも優しく、慈悲深い。どんなに隠そうとしても、その気高く神聖な心は隠し通せるものではありません」

「フェルディアさんが言ったからですよ。『聖女さま』って」


 そう返しつつも、どこか心が弾んでしまう。見た目はみずぼらしく、落ちこぼれかもしれないが、こんな自分でも国民は聖女として受け入れてくれている。それが嬉しくもあり、こそばゆくもある。


(期待に応えられるようにならなきゃ。守護騎士の魔法ですら失敗した落ちこぼれであれ、馬車でさえ用意できない貧相な私であったとしても、今日から国を守る一人の聖女なんだから……!)

 

 大神殿から連なっていた馬車たちは徐々に数を減らしていく。各々の目的地に向かって、道が分かれたのだろう。やがてロニアたちの荷馬車も馬車の列から離れて、北西部に向かって街道を進み出す。

 この先に何が待ち受けているのだろうか、ロニアは緊張と興奮で身震いするのを感じたのだった。


 ◇◇◇


 

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