第14話
「何を言っているのですか!? か弱い聖女さまにこのようなことはさせられません。貴方の清らかな手に汚れが付いてしまうことでさえ我慢ならないというのに、万が一にも怪我なんてされたらどうするのですか!」
「怪我の治療くらい、神聖力であっという間に治せます。これでも聖女ですから……」
「聖女さまの力は多くの民を救うために使われるものです。もう少しご自身を大切にしてください。こういった雑事を請け負うのも騎士の務めであり、貴方と生涯共にする夫の役目です!」
「あの、守護騎士の契約と婚約は別だと……」
「勿論、理解しています。しかしこの想いを止めることはできそうにありません。それなら知って欲しいのです。俺が如何に貴方を想い、恋焦がれているのかを」
「は、はぁ……?」
昨日からフェルディアはどうしてしまったのだろうか。『騎士団の狂犬』はどこにいった。他の騎士たちでさえ道具としか見做していない、任務に忠実な騎士にして問題児のフェルディアは。
何故、聖女のロニアを前にして頬を赤らめて、熱を上げて愛を語ろうとしているのか。全く理解が及ばない。
「俺たちは結ばれる運命なのです。今は分からなくても、必ず振り向かせてみせます。貴方に忠誠を捧げる騎士にして、貴方を想う一人の男がいるということを」
「気のせいだと思います……」
「そのためにもお互いに理解を深めましょう。俺のことをたくさん知ってください。ですが先に用意を整えて出発をしましょう。話は道中でもできます!」
フェルディアが用意した荷馬車と野営の道具を確認したが、足りないものは無さそうだった。順当に馬車を走らせれば、毎日どこかの町村か宿屋に泊まれるので、野営の道具が必要になるのは宿屋が空いていない時か、悪天候や魔物の出現で町村に辿り着けなかった時であろう。
大抵の町村は聖女と守護騎士の訪れを歓迎してくれる。国の安寧を司る聖女と守護騎士は、この国が信仰する女神・セラピアの身遣いである尊い存在として、国民からの信頼と信奉が厚い。王族に次いで人気があるとさえ言われていた。
フェルディアの手を借りて荷台に腰掛けると、風除けのマントに加えて、身体が冷えて座り疲れないようにと数枚の毛布とクッションを渡された。野営用にしては枚数が多いので、荷馬車を手に入れた後にかき集めたのだろうか。
御者台に座ってマントを羽織るフェルディアの背中からは何も分からないが、ロニアを気遣うフェルディアの気持ちが嬉しかった。
昨日、座り疲れたロニアを膝の上に座らせてくれた時もそうだったが、フェルディアは周囲をよく観察している。その辺りは昔と変わっていなくて、どこか安堵してしまう。
ロニアの知らないフェルディアだけではなく、ロニアも知っているフェルディアの一面がまだ残っていることが嬉しい。
フェルディアの気持ちが嬉しい一方、昨日八つ当たりしてしまったことを思い出してバツが悪い気持ちになる。謝らなくてはと思い、ロニアは御者台に身を乗り出す。
「フェルディアさん、昨日はひどいことを言ってしまって……わぁ!?」
その時、馬の嘶きと共に荷馬車が大きく揺れて舌を噛みそうになる。後ろにひっくり返りそうになったロニアは慌てて荷台を掴んだのだった。
「すみませんっ! 荷台と一緒にこの馬も譲り受けたのですが、気性が荒いようで……お怪我はありませんか?」
「だっ、大丈夫です……」
ロニアたちが出発に手間取っている間に聖女の大半が自分の神殿に向かって旅立ったようで、大神殿の前に整列していた馬車はまばらにしか残っていなかった。ロニアたちも他の馬車を追いかけるように、ゆっくりと荷馬車を走らせる。
騎士団の詰め所の前を通ると、守護騎士として旅立つ仲間を見送る他の騎士たちが手を振っていたが、その中にラシェルの姿は無かった。少しだけ期待していたので、がっかりしてしまう。
「ところで聖女さま、先程何か言いかけましたか?」
「……いいえ、なんでもありません」
やっぱり後で声を掛けよう。そう思ったロニアは、荷物と荷物の間にクッションを置くとその上に収まる。こうすれば荷物が振動を抑えてくれるので、乗り心地が変わる。これを教えてくれたのもフェルディアだった。
荷物は固定されているので、ロニアが多少体重を掛けても動かない。かろうじて足を伸ばせるので乗り心地も悪くなく、雨さえ降らなければ、頬に当たる風も真冬ほど冷たくないので気持ちが良いくらいである。ただこの調子で風に吹かれていたら確実に身体を冷やして体調を崩すので、ロニアは毛布に包まったのだった。
(謝るのは次の休憩の時でいいか……)
外に目を向ければ聖女の旅立ちを祝う住民たちが、歓声を挙げながら手を振っている。
ロニアたちの先を行く豪華な馬車に乗っている聖女たちは優雅に手を振り返しているが、こんな荷馬車に乗っているロニアが聖女だとは誰も思わないだろう。
神聖力を持たない国民からしたら、聖女とは華やかで清らかなイメージを持つ偶像的存在。住む世界さえ違うと思われている。
対して今のロニアたちはせいぜい聖女の荷運び係、良くて騎士団の雑用担当のようにしか見えないだろう。騎士であるフェルディアの顔を知っている者はいるかもしれないが、まさか荷台に聖女を積んでいるとは誰も考えない。
ロニアがじっと荷台の中に身を隠していると、馬の歩調を緩めながらフェルディアが首だけ後ろに向ける。
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