第13話
「おっ、おはようございます……! 本日はお日柄も良く……」
「おはようございます。フェルディアさん」
翌朝、どこかどんよりとした曇天が広がる中、他の聖女たちと同じように朝食を終えて、自分の荷物を持って大神殿の外に出ると、大神殿の前ではフェルディアが直立不動の態勢で待ち構えており、その近くでは絢爛豪華な馬車が並んでいた。
昨晩のうちに貴族出身の聖女か守護騎士が実家に連絡をいれたのだろう。多少の差はあっても、家紋が入った新品同然の御者付きの馬車が大神殿の前に列をなしている姿は圧巻でもあった。ロニアのように遠い地方の神殿に派遣される聖女たちは数日分の野営の準備まで万全に整えており、聖女の中でもとりわけ大荷物であった。
他の聖女たちは馬車と共に実家からやって来た使用人に荷物を運ばせているか、守護騎士とこれからについて話している最中であり、ロニアたちが近付くと窺うように見ていた。その中にはニヤニヤと嘲笑うような者たちやラシェルとの婚約のことを話す者もいるので、やはり昨日の会話を聞かれてしまったらしい。一夜にして噂好きの聖女たちの間で広まってしまったようだった。
平民出身の者たちも近くの町で譲り受けてもらったと思しき古めかしい馬車が停まっていたが、この中にロニアの馬車は無い。儀式の前まではロニアはラシェルと契約を交わして、ラシェルが手配する侯爵家の馬車で自分が派遣される神殿まで送ってもらう予定だったが、昨日ロニアが契約を交わしたのはフェルディアだった。
フェルディアは貴族では無いので、実家に連絡して馬車や旅の道具を手配してもらうことはできない。当然、孤児であるロニアも。
ロニアたちが派遣されるオズモル神殿が建つニールノマンド地方は道中に山脈を抜けなければならないので徒歩で行けない。どこかで馬車を調達する必要がある。
今朝方、大神殿に申し出て余っている馬車はあるか尋ねたが無いと回答されてしまった。大神殿近くの町や村はすでに他の聖女と守護騎士が声を掛けているので余っていないだろう。数日は歩くか、旅人や一般市民も乗る乗合馬車を使って、大神殿から離れた村か町で買うしかない。携帯食料や野営に必要な道具も。
本当は出発を延期したいくらいだが、ロニアたちに与えられた神殿があまりにも遠いので、早く出発しないとますます到着が遅くなってしまう。
ロニアたちが着任することは、神殿が立つ町村の長には大神殿から事前に連絡がいっているはずなので、主不在の神殿を明け渡す用意を整えてあるはずだ。遅ければ遅い分、迷惑をかけてしまうので、それは避けねばならない。
「今日の出発なのですが、馬車が無いので、途中までは歩きでも……」
「そのような心配は無用です。さあ、こちらへどうぞ。荷物をお持ちします!」
断る間もなく、フェルディアはさっとロニアの手から荷物を取ると、先に立って歩き出す。どういうことかとロニアもついて行くと、他の聖女たちの馬車から少し離れたところに、小さいながらも荷馬車が停まっていたのだった。
屋根が無ければ荷馬車を操る御者もいないが、荷台を引く馬はついていた。フェルディアの物と思しき少量の荷物と野営に必要なテントや毛布などもすでに積まれており、すぐにでも出発できそうに用意が整えられていたのだった。
「あの後、探したところ、四つ先の町の宿でようやく見つけました。乗り心地は良くないと思いますが、途中まではこの荷馬車で移動して、どこかで幌馬車に乗り換えましょう。御者席には俺が座ります。他にも必要になりそうなものは全て揃えましたが、足りないものがあれば言ってください。すぐに用意します」
「あの後って、別れてから探してくださったのですか? 四つ先の町ってここから馬で掛けても半日は掛かると聞いたことがあります」
大神殿がある都市部と各町村は街道で繋がっているが、道中には整備が整っていない道や木々が鬱蒼と茂る森もあれば、野盗や魔物も現れる。何も無ければ半日で到着するが、だいたいはそれ以上の時間が掛かってしまう。
フェルディアと別れたのは夕刻に差し掛かる頃だったので、それから馬を走らせて馬車の調達に行ってくれたのだろう。他にも食料や野営の用意も寝ずに用意してくれたというのか。上手くいかないからといって、フェルディアに八つ当たりしたロニアなんかのために。
「はい。明朝、神殿に戻って来ました。ああ、心配は要りません。徹夜は騎士にとってよくあることですし、荷物もさほど持っていないので、荷造りはすぐに終わりました。いつでも出立できます」
「フェルディアさんはお疲れですよね。私が御者をしますので、荷台で休まれては……」
御者ならそれこそフェルディアと一緒に暮らしていた時に神殿の手伝いで何度かやったことがある。年老いた馬が引く藁と薪くらいしか乗らない小さな荷馬車だったが、扱い方をフェルディアに教えられた。この荷馬車は大きさが違うが、やり方は同じだろう。それならロニアにもできるはずであった。
そういうつもりで言ったつもりだったが、何故かフェルディアはギョッとしたように焦りだしたかと思うと、ロニアの両腕を掴んだのだった。
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