第12話

(どうしてこうなんだろう……聖女になれたのなら悩みも無くなって、楽に生きられると思っていたのに)


 子供の頃からずっとこうだった。神聖力に目覚めて神殿に預けられてからというもの、ロニアの人生は散々なものだった。

 物心ついたときには父は他界しており、母と下町で暮らしていた時は身の安全のため、「タスロ」という少年の振りして暮らしていた。その後、聖女の証である神聖力に目覚めると、母から離されて北にある地方の小さな神殿に預けられた。そこで高齢の聖女から聖女としての心構えを、高齢の守護騎士から護身術を教わったのだった。

 二人は婚姻関係でなく、ただの主従関係であったが、長年苦楽を共にした夫婦のようにとても仲が良かった。ロニアのことを実子のように可愛がってくれて、神殿に預けられている間に母が病で亡くなったと聞いた時はロニアと一緒に一晩中女神に祈ってくれたのだった。

 そんなある日、フェルディアが神殿に預けられることになった。フェルディアは元々孤児で、国が運営する孤児院に住んでいたらしいが、悪事ばかり働くので孤児院を追い出されて、神殿に預けられた「問題児」とのことだった。

 神殿に来た最初こそフェルディアは近くの村人や神殿を訪れた旅人に悪戯をしては、高齢の守護騎士に怒られてばかりいた。体力が有り余っているのならと、高齢の守護騎士から剣術を教わる中でロニアと出会ったのだった。

 神殿で暮らし始めてからも、ロニアは安全を考慮して「タスロ」として生活していた。

 当時は下町や王都から離れた郊外では少女の人身売買が多く、特に聖女候補たちは他国に高く売れることから売人たちに狙われていた。それもあって、下町に住む聖女候補たちは安全のために親元から離されて神殿に預けられることが多く、神殿に基本的な教養である読み書きや計算、簡単な神聖力の使い方を教わったのちに大神殿に送られて本格的に聖女としての修業を始めることが一般的であった。

 下町出身のロニアも例外なく神殿に預けられたが、その際に高齢の聖女から、大神殿に入るまでは「神殿のお手伝いとして雇われた少年のタスロ」として生活するように指示されたことから、フェルディアにもそう紹介されたのだった。

 フェルディアは弟分が出来たことが嬉しかったのか、とにかくロニアをあちこちに連れ回した。フェルディアは面倒見が良いだけでなく腕っ節も強かったため、近所の飼い犬に追い掛けられたロニアを助けてくれただけではなく、大人たちと一緒に村を訪れた人買いの売人を追い返したこともあった。

 勉強は苦手でよく座学の時間に抜け出して高齢の守護騎士から怒られていたが、村に咲く花や森に現れる動物の名前など何でも知っていた。一緒に神殿のお手伝いをして、あちこち遊び回った。ロニアにとっても最も子供らしくいられた期間でもあった。

 けれども、ある日ロニアを迎えに大神殿から神官たちが神殿に遣わされた。その時、フェルディアは高齢の守護騎士に連れられて出掛けており――後に大神殿から神官が来ることを知った聖女と守護騎士によってわざと連れ出されたと知ったが、神殿には高齢の聖女とロニアしかいなかった。

 ロニアはフェルディアが帰ってくるまで神殿で待ちたいと言ったが、大神殿の神官たちは許してくれず、ロニアは高齢の聖女の説得もあって、泣く泣く神殿を後にすることになったのだった。

 大好きなフェルディアに別れも告げられなかったショックから、ロニアは大神殿に着くまで泣き続け、到着する頃には発熱までして寝込むことになった。熱が下がり、聖女としても修行が始まっても、フェルディアを忘れたことは片時も無かった。一度大神殿に入った以上、修行を終えて一人前の聖女になるまで外に出られないので、いつか一人前の聖女になったら真実を話しにフェルディアの元に行こうと思っていた。

 しかしその前にフェルディアが現れて、神殿と密な関係である騎士団に入団してしまった。入団時の面接の通りなら、フェルディアは自分を捨てて大神殿に入った家族同然の「タスロ」を憎んでおり、その手で恨みを晴らそうとしている。

 殴られるのか、詰られるのか、それとも切り捨てられるのか、それは分からない。それでもフェルディアが「タスロ」に対して、並々ならぬ憎悪を抱いていることは間違いない。ここでロニアが実は幼少期に一緒に過ごした「タスロ」だったと打ち明けたのなら、どんな目に遭わされるのだろう。


(ルディはわたしロニアを丁重に扱ってくれる。それも主従の関係以上に。それがどうしてかは知らないけれど……)


 フェルディアのロニアに対するこの愛情は正体が知られるまでの一時的なもの。ロニアの正体を知ってしまったのなら、きっと今の関係には戻れない。

 しかしフェルディアはロニアの契約を受け入れてしまった。共に過ごしていれば、いつかは知られてしまうだろう。そうしたら、この主従関係とフェルディアがロニアに向けてくれる愛はどうなってしまうのか。


(これからどうなるんだろう……)


 一度守護騎士の契約を結んでしまった以上、聖女側から契約は破棄できない。契約を破棄できるのは、聖女と守護騎士のどちらかが人道に背くような行為をした時――犯罪に手を染めるか女神を裏切るような背徳を犯した時である。

 神殿の威信を損なう行いをしたということで、神官長よりも更に上位に位置する大神殿の長である神殿長によって守護騎士の契約を反故にされる。そうして罪人は大神殿の地下に留置され、片方は役職を解かれて大神殿より追放されるのだった。

 つまりロニアとフェルディアの契約を無かったことにするには、どちらかが罪を犯すしかない。ようやく聖女になれたのに、ここで失うのは惜しい。

 そのためにももう少しフェルディアの深層心理を知りたい。フェルディアが「タスロ」に本当はしたいのか。


「はぁ……」


 ロニアは大きな溜め息を吐くと、そっと目を閉じる。あまりにも先行きが不安で眩暈すらしてくる。

 そんなロニアを構うこともなく、外からは独り立ちを喜ぶ聖女たちの姦しい声が聞こえてきたのだった。


 ◇◇◇

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