第11話

「そういうつもりで言った訳では無かったのです。そもそもここに来たのだって、神官から聖女さまを連れ戻すように言われたからで……」

「それならそうと言ってください! すぐに戻らないと……」


 ローブの袖で目元を拭う。手を貸してくれようとしたフェルディアを無視して、ロニアは大聖堂に足を向ける。大聖堂では儀式が終了したのか、聖女の何人かがこちらを伺っていた。今の話を聞いていたのだろう。誰もが窺うようにロニアと後ろをついてくるフェルディアに目を向けてくる。

 

(分かっていた。自分のような落ちこぼれにラシェル様のようなエリート騎士は分不相応だって……)


 契約の時、聖女たちに好き勝手言われる前から薄々気付いていた。誰もが羨むラシェルが落第生のロニアに主従契約を持ち掛けるはずがない。

 ラシェルにどんな目的があるのか知らないが、ロニアはただ純粋に嬉しかっただけだった。自分のことを万年最下位の落ちこぼれ聖女ではなく、一人の聖女として平等に扱ってくれようとしたラシェルの好意に……。

 大聖堂に入るとほとんどの聖女と騎士が入れ違いに出て行き、残っている者は数人だけとなっていた。ロニアたちが戻ってきたことに気付くと、先程儀式を担当した神官が近付いてくる。


「勝手な退室は困ります。今後はもう少し聖女としての自覚を持ちなさい」

「……申し訳ありません」

「他の聖女たちには伝えたが、改めて其方がこれから従事する神殿を伝える。聖女・ロニアとその騎士・フェルディア。其方らには北西にあるニールノマンド地方のオズモル神殿を与える。そこで国に尽くすと良い」

「オズモルって……国境付近にある小さな村だな。そんなところに神殿があったのか」


 ガイスト王国は周辺を他国に囲まれた小さな国だが、特に西側はロニアが生まれる直前まで小競り合いが起こっていた。その時の聖女の一人が小競り合いを止めたらしいが、それ以降はお互いに様子見を続けている。いつまた争いが勃発してもおかしくない地域であり、聖女や守護騎士たちが最も派遣されたくない地域でもあった。

 

「……前任者が亡くなり、長らく空位となっている小規模の神殿だ。隣国との関係は良好で、あの辺りは魔物による被害はほぼ無い。実力が不足している聖女・ロニアでも充分に問題ない」


 それは劣等生の自分でも問題なく務めを果たせるということだろう。神官たちにまで軽んじられているのは悔しいが、事実なので何も否定はできない。すると、フェルディアが「お言葉ではありますが」とロニアの代わりに不服を口にする。


「聖女・ロニアをかなり侮っているように見受けられます。他の聖女と同じように扱わないのは何故でしょうか」

「他の聖女と同じように大神殿のこれまでの成果と本人の実力を鑑みた上での判断だ」

「それなら危険を伴う地方の神殿には優秀な聖女、安全な王都内の神殿には力が弱い聖女を派遣した方が効率が良いように思えます。王族が住む王都内と違って、地方には結界が張られていないので、場所によっては命の危険があります」


 王族が住まう王城や大神殿がある王都には聖女や神官たちが定期的にかけ直す結界によって守られているが、国の国境付近などの地方に行けば行くほど結界から遠ざかるので魔物による被害が多い。更に聖女や神官も少ないので神聖力を求めて神殿に来る者が多く、怪我人や病人の治療なども一人で担わされる。

 これが貴族ならお金を積んで安全な王都の神殿に務められないか交渉もできるが、ロニアは平民出身の孤児なので、そんなことをできるはずもない。

 実力が無ければ、貴族でも無い聖女は地方の神殿に行かされるのが、ここ数十年での暗黙のルールとなっていた。


「そのための守護騎士であろう。其方も守護騎士に任命されたのならば、命を賭して自分の聖女を守ることだ。明日の朝には出立できるように準備を進めるように。私からは以上だ」


 神官は颯爽といなくなり、後には儀式の片づけをする新米神官とロニアたちが残される。新米神官をひと通り眺めたフェルディアに促されて、ロニアも大聖堂を後にしたのだった。

 部屋まで送るというフェルディアを断って、ロニアは途中で別れる。ロニアは昨日までにほとんど荷造りを済ませていたが、急に守護騎士に任命されたフェルディアはこれから荷物をまとめなければならない。フェルディアは話し足りないのかどこか寂しそうにしていたが、ロニアは気付かない振りをして聖女たちが共同生活を送る大神殿の奥の生活の間へと戻ったのだった。

 生活の間に戻ると他の聖女たちはまだ戻ってきておらず、ロニア一人であった。自分の守護騎士と話している者もいれば、すでに着替えて大神殿の食堂に向かった者もいるのだろう。

 毎年、聖女たちが独り立ちする前日の夜には祝いの宴が食堂で催される。いつもは質素な食事しか許されていない聖女たちも、今夜ばかりは豪華な食事が提供されるので、この日を楽しみにしている者も多い。

 これまで最終試験の不合格続きだったロニアは一度も参加したことが無く、独り立ちが決まった今年こそ顔を出してみたいと思っていたが、とてもそんな気分にはなれなかった。ローブを脱いで肌着になってしまうと、ベッドに倒れたのだった。

 癖で頭に手をやって空を切ったところで虚しさが募ってくる。そうして深いため息を吐いたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る