第10話

「他の騎士に聞きました。守護騎士は聖女と結婚するって。つまり俺が聖女さまの将来の夫に選ばれた……つまり婚約関係になったと言っても同然ですよね」

「確かにそういった話もありますが、だからといって必ずしも聖女と守護騎士が結婚するとは限らなくて……」

「俺には剣の腕しか取り柄がありません。家事は少々できますが、何分、不器用なもので弟には敵わず……。騎士団で貯めた貯金はありますが、貴族では無いので贅沢はさせられないかもしれません。それでも聖女さまの願いは出来うる限り叶えます。欲しいものも遠慮なく申し付けください。天上で輝く月でさえ、貴方が望むのなら必ず手に入れてみせます」

「フェルディアさん……? 何か誤解していませんか。主従契約と婚約は別のものですよ……? まさか主従契約を婚約の申し出だと思って受け入れてくださったのですか?」


 ここに至って、ロニアは思い出す。守護騎士契約の儀式にあたってロニアたち新米聖女の教育係だった先輩聖女から説明を受けた時に言われていた。

 守護騎士の契約について、騎士の中には稀に勘違いする者がいる。聖女と守護騎士の主従関係から恋愛関係に発展することが多いことから、守護騎士に選ばれただけで聖女に結婚相手を申し込まれたと――プロポーズされたと思い込む者がいると。

 まさかフェルディアも守護騎士の契約を婚約の申し出と勘違いするような部類だったとは思わなかったが。

 

「これから貴方を害するものは全て切り捨てます。魔物でも人間でも。目の前で貴方を困らせるラウレールでさえも……」


 そうしてフェルディアはまたロニアの手の甲に軽く唇を落とすと、怒りに燃えるラシェルに向き直る。ラシェルは「この『狂犬』がっ……!」と吐き捨てるとロニアたちに背を向けてしまう。ロニアはまた追いかけようとしたが、フェルディアに片手を掴まれて阻まれてしまった。


「ラシェル様……!」

「やはり君には見損なったよ。私との契約の話は無かったことにしてくれ」

「待って下さい。主従の関係になれなくても、婚約はできます! せめて婚約者としてラシェル様を支えさせてください!」

「それも無かったことにしてくれ! やはり君と私では不釣り合いだったのだ。聖女一の落ちこぼれの君と次期騎士団長である私とでは!」


 ラシェルの足元でパキッと何かが割れる音が聞こえてくる。目線を移せば、ラシェルの足が赤い花の髪飾りを踏みつけて粉々に壊したところだった。


 「私には相応しくなかったということだ。劣等生は劣等生らしく、自分の実力に見合った者と契約を結ぶと良い。たとえば、そこの騎士団の『問題児』とかね!」

「貴様、聖女さまに何てことを……!」

 

 フェルディアが奥歯をギリッと噛んで柄に手を掛けるが、ラシェルは相手にするどころか醜いものを見たというように顔を歪めたまま足早に去ってしまう。ラシェルの靴音が離れていく中、ロニアは呆然としてその場にくずおれてしまったのだった。


(ラシェル様に嫌われてしまった……私が契約魔法を失敗してルディにかけてしまったから……。五年前からずっと待っていてくれたラシェル様の期待を裏切ってしまったから……)


 ロニアの心の支えでもあったラシェルを失って、絶望に支配される。誇らしい気持ちで聖女として成人するはずが、傷心での旅立ちとなってしまった。

 これまでの能無しを挽回するべく、ラシェルと共に聖女として尽力すると誓っていたのに……。

 見かねたフェルディアが片膝をついて、「聖女さま」と声を掛けてくれる。


「聖女さまはあいつと……ラウレールと契約を交わすつもりだったのですか?」

 

 ロニアがゆるゆると頷くと、何故かフェルディアはほっとしたように表情を緩めた。


「……契約を結ばなくて正解でした。相応しくありません。聖女さまの守護騎士には到底……」

「貴方も私には相応しくないって言うの!?」


 涙交じりにずっと堪えていた言葉をフェルディアにぶつけてしまう。口にしてからロニアはハッとしたように我に返ったが、フェルディアはバツが悪そうに目を逸らしながら、「すみません」と謝罪を口にしたのだった。


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