第9話

「間違いじゃない……? それならいったいこれはどういうことだ。どうして、君の契約魔法が『騎士団の狂犬』にかかる?」

「それは……私が落ちこぼれだから魔法を失敗しただけで……」

「落ちこぼれだから失敗した? そんな理由だけで許されると思っているのか!? 私は恥をかかされたのだぞ! 『狂犬』と一緒に貶めた裏切り者め!!」

「きゃあ!」


 ラシェルに突き飛ばされて、ロニアの背中が壁にぶつかる。その弾みでロニアの髪から赤い花の髪飾りがするりと落ちると、床に当たって軽い音を立てた。髪飾りを踏みながら、ラシェルは近づくとロニアの両肩を掴む。


「君と『狂犬』はいつから謀っていた? 私を貶めて満足か? 君も『狂犬』も爪弾き者同士、ここにいる聖女や騎士たちの鼻を明かせてさぞかし愉快だっただそうな!」

「話しを聞いてください! 私とフェルディアさんはそんな関係では無いんです。これは誤解なんですっ! 神官長に言って、すぐに儀式のやり直しを……」


 両肩を掴むラシェルの手に力が込められる。ロニアは「いたっ」と声を漏らすが、解放する気は無いらしい。

 

「あのように仲睦まじい関係まで見せて、言い訳をするのか!?」

「あれはフェルディアさんが勝手に……!」


 それにまさかルディが契約を受け入れるとは思わなかった。こういうことは嫌がるか面倒くさがって不服を唱えて、神官に契約の破棄を申し出ると思っていた。契約を受け入れて、しかもどの騎士よりもドラマチックに宣誓するとは想像もしなかった。フェルディアが騎士団に入った目的は家族を探すため。聖女と契約して守護騎士になってしまえば、騎士団から離れて聖女と共に国内の神殿に遣わされてしまう。

 大神殿を尋ねて家族を探すどころではなくなってしまうが、フェルディアはそれでいいのだろうか。だからといって、騎士団に残ってロニアが探していた家族だと知って追いかけてこられても困るが……。


「ラウレール、聖女さまを離せっ!」

 

 その時、大聖堂からフェルディアが姿を現わしたかと思うと、すぐにロニアたちに気付いて引き離してくれる。ロニアを背に庇いながら、フェルディアがきっと睨み付ける。


「女神に選ばれなかった報復か? それで聖女さまに当たるなど、見当違いも甚だしい!」

「黙れっ! お前に何が分かる! そもそも契約の時にお前が破棄しなかったから、こんなことになっているんだ!」

「この国の女神も聖女さまに相応しいのはお前じゃないと気付いたから俺を選んだのだろう。自分の思い通りにいかなかったからといって、聖女さまに当たり散らすような奴が守護騎士になんて相応しくないからな」

「なんだとっ……!?」


 またしても不穏な空気を感じ取ったロニアは「あの、フェルディアさん……」とおそるおそる声を掛ける。


「一応、表向きは女神によって騎士が選ばれることになっていますが、実は事前に聖女側から騎士に守護騎士の意思確認をしていまして……」

「そうなのですか……?」

「やっぱり知らなかったんですね……」


 赤い目を見開いたフェルディアにロニアは小さく溜め息をつく。守護騎士に選ばれたことでどことなく気持ちが舞い上がっているように見えたが、やはりドンピシャだったらしい。


「し、しかしこの契約が偶然だったとしても、これはきっと運命です。俺の気持ちを汲んでくれた女神による意向だと信じております」

「フェルディアさんの気持ちですか?」

「はい。俺はずっと前から貴方を想っていました。そんな貴方が晴れて一人前の聖女になると聞いて居ても立っても居られず、儀式への参加を騎士団長に許可を申し出ました。それだけでも幸福だというのに守護騎士に選ばれて、しかも将来の夫になれるなんて……」

「将来の夫……?」

 

 フェルディアはロニアに向き直ると、ロニアの両手を掴む。温かい大きな手にロニアの心臓がどきまぎする。いつの間にフェルディアに好意を抱かれていたのだろうか。それも家族だった「タスロ」ではなく、一人の女性である「ロニア」に。

 

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