第8話

「きゃっ!」

「大丈夫ですか!? お怪我は……!?」


 ロニアがゆるゆると顔を上げると、目と鼻の先にはフェルディアの顔があった。どうやらフェルディアの腕の中に倒れたらしい。

 吐息がかかる距離で心配そうにロニアを覗き込むフェルディアに向けて、ロニアは「大丈夫ですっ!」と顔を真っ赤に染めながら答えたのだった。


「助けていただきありがとうございます……」

「これくらいは守護騎士として当然のことです。俺が席まで運びます。聖女さまはこのままでいてください」

 

 近くで見られてしまった以上、タスロだとバレてしまっただろうかと危惧したが、どうやら今のフェルディアはそれどころでは無いらしい。転びかけたロニアに怪我が無いか頭から爪先までまじまじと見ていたフェルディアだったが、不意にロニアの背中と膝裏に腕を回すとその場で抱き上げたのだった。


「きゃあ!?」


 小さな悲鳴を上げたロニアをものともせずに、フェルディアは音もなく抱えると、先程ロニアが座っていた聖女席の最後尾へと連れて行く。

 子供か怪我人のように横抱きにされて運ばれながら、ロニアはフェルディアに訴えたのだった。


「自分の足で歩けます! 下ろしてください!!」

「いいえ。また転んでしまったら大変です。ここは俺に任せてください。貴女はとても軽い。まるで羽毛のようです」


 そんなフェルディアはさすが騎士といえばいいのか、ロニアを軽々と抱える腕はたくましく安定していた。別れた時はここまで男性らしい身体をしていなかったので、きっと騎士として身体を鍛えてきたのだろう。自分の知らないフェルディアの姿にどこか寂しさを覚える。

 

「違います! そんなわけがありませんっ!! お世辞はいいので早く下ろしてください……っ!!」

「聖女・ロニア、神聖な儀式の最中です。静かになさい! 騎士・フェルディアも聖女さまを運ぶのなら、速やかにお連れしなさい!!」

「了解した」


 ここに来てようやく神官から注意が飛んでくる。フェルディアが原因で騒いでいるのに、自分が叱られるのは納得いかないが、神官の言葉でフェルディアの歩くスピードが速くなったのは嬉しかった。早く席まで運んで、この衆人環視の状態から解放してほしい。

 ようやく自分の座席に辿り着いて下ろされるかと思っていると何故かフェルディアが長椅子に座り、その膝の上にロニアを乗せる。幼子のように座らされたロニアは小声で訴えたのだった。


「フェルディアさん!? 何をしているんですか?」

「こんな固い椅子に聖女さまを座らせられません。俺をクッションだと思って、身を預けて下さい」

「大丈夫です。普通に座るので下ろしてください!」

「先程、神官長の話の時は長時間の着座がとても辛そうに見えました。他の聖女もそうでしたが、貴方の姿が一番目に入ったので……」

「あれは神官長の話が長かったから飽きてしまっただけで、椅子が原因なだけでは……」


 心配そうに見つめてくるフェルディアから目を逸らす。ラシェルと一触即発の空気になった時にも言っていたが、やはりフェルディアが儀式に参加したのは他ならぬロニアが理由だった。ロニアが探している家族だと気付いていないようだが、それなのにどうしてロニアを気に掛けるのか。聞いてみたいが、それだとロニアが探している家族だと――「タスロ」だと名乗りでなければならない。もしフェルディアが「タスロ」を探している理由が自分を捨てたことへの復讐だとしたら……。

 そんなことを考えていると、不意に視界の隅にラシェルが大聖堂を出て行く姿が入る。


(そうだ。ラシェルさまの誤解を解かないと……)


 この契約はロニアの意志によるものでは無いと言わなければならない。ロニアが聖女になれると信じ、待ち続けていたラシェルのためにも……。


「フェルディアさん、すみません。すぐに戻ります」


 フェルディアの膝の上から降りるとロニアはラシェルを追いかける。後ろから「ロニアさん!?」と慌てるフェルディアや「聖女・ロニア、儀式の途中ですぞ」という神官からの叱責が飛んできたが構っている余裕は無かった。今はラシェルの誤解を解くことで頭がいっぱいだった。


「待ってください! ラシェル様!! これは何かの間違いなんです! 私は決してフェルディアさんに契約魔法を掛けたつもりはなかったんです……!」


 ローブの裾をたくし上げて追いかけたロニアの声が聞こえたのか、大聖堂を出たところでラシェルが待っていた。ようやく追いついたことに安堵して息を整えるロニアに向かって、ラシェルは侮蔑の色を示す。

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