第7話

(でも、ルディは私のことを……)


 いや、フェルディアはロニアがかつて共に育った家族だと知らない。フェルディアだけではなく、別れた後のロニアも随分と変わった。

 少年のように短く刈っていた銀髪は女性らしい手入れの行き届いた艶のある長い髪に、膝小僧が剥き出しのスラックスは止めて足首まで長さのあるローブに。顔つきや身体は女性らしい丸みを帯びて、甲高い声も鈴のような声に落ち着いた。

 そして幼少期に名乗っていた「タスロ」というの名前は捨てて、少女に――「ロニア」に戻っていた。

 今日までロニアがフェルディアから逃げ続けてきた理由。それは別人のように変わってしまったフェルディアだけが原因ではない。

 入団の際にフェルディアが答えたと噂される、騎士団を志した理由によるものだった。

 

 ロニアは面接を担当した騎士たちが語っていたのを聞いただけだが、フェルディアは他の騎士たちとは違って、武勲や栄誉を求めて志願したわけでも、生活のために誰かの勧めで騎士団を希望したわけでも無かった。他に類を見ない一風変わった動機から、騎士団の門戸を叩いていたとされていた。

 その理由というのが、「大神殿に入ったと会うために、騎士団を志願した」というものであった。

 大神殿に入った家族を追い掛けるだけなら騎士団に入らずとも、希望すれば面会はいつでも叶う。実際に貴族出身の聖女や神官たちには毎日のように家族や使いの者が会いに来ている。

 ロニアは数年前に唯一の家族だった母親を亡くし、大神殿に入るまで世話になった高齢者の聖女と騎士も田舎に隠居してしまったので、面会で誰かが来たということは一度も無いが、大抵の者は定期的に家族や友人が面会に訪れている。むしろ誰も来ないロニアが珍しいと言えるだろう。

 面接を担当した騎士はフェルディアの志願理由に絶句したものの、どうにか平常心を取り戻して騎士団に入らずとも家族に会えると諭したらしいが、フェルディアは「それでは意味が無い」と一蹴した。そして赤い両目をぎらつかせながら、こう答えたとされていた。

 ――自分を置いて勝手に大神殿に入った意図を問い質し、そしてこの手で全てを終わらせたいのだ、と……。

 そんなことを考えている間に、フェルディアはロニアの前で片膝をつくと跪いていた。神官に促されたロニアは慌てて儀式に集中する。


「騎士・フェルディア、汝はその命果てるまで、聖女・ロニアに忠義を尽くすと……」

「誓います」


 誓いの言葉を遮ったフェルディアに神官は不機嫌そうな顔になるが、気を取り直して儀式を続ける。

 

「続いて、聖女・ロニアはその命の限り、聖女としての役目を全うし、騎士・フェルディアと共に国に尽くすと誓えるか?」

「誓います!」


 他の聖女たちと同じならここで神官から促されて、フェルディアが女神に誓いを立て、ロニアがフェルディアに祝福を与えることになる。

 しかし神官が話すより先にフェルディアはすっと頭を上げてしまう。ガーネットのような赤い瞳に真っ直ぐに見つめられてロニアが内心でどぎまぎしていると、フェルディアはロニアの左手を掬うように手に取ったのだった。

 

「私、フェルディア・ブロスサードは、聖女・ロニアを主人あるじとし、これから永久とこしえにお仕えすることを、女神・セラピアに宣誓する。この剣は聖女・ロニアに、この心はロニアさま個人に捧げる。変わらない愛を永遠に誓おう。病める時も、健やかなる時も。死が二人を分つまで……」


 そう誓約を述べると、フェルディアはロニアの手の甲に口付けを落とす。

 唇が触れた瞬間、ロニアは手の甲から電流が走ったように感じられて、身体が大きく跳ねたのだった。

 

「ちょっ……フェ、フェルディアさん!?」


 これでは騎士の宣誓というより、婚姻の誓いの言葉ではないか。

 ロニアは助けを求めて周囲を見回すが、神官や騎士団長は口をあんぐりと開けたまま固まっており、壇上のロニアたちを見守る他の聖女たちはほうっと感嘆の息を吐いていた。

 ラシェルにいたっては、憎悪を込めた表情でフェルディアを睨み付けている始末。ここはロニアが一人でどうにかするしかなかった。

 そうしている間にフェルディアが唇から手を離してくれたので、ロニアは気を取り直すと儀式を続けたのだった。


「せっ、聖女・ロニアは、騎士・フェルディアを守護騎士として認めます。我が守護騎士に、しゅっ、祝福……を……」


 そうしてロニアが首を垂れるフェルディアの黒い頭を触れれば、掌から白い光が溢れる。やはり力が弱いのか、他の聖女たちに比べたら幾分か弱々しい明かりではあったが、他の聖女たちと同じように光は吸い込まれるようにロニアの守護騎士であるフェルディアの中に消えて、二人の手の甲からは魔法陣が消えたのだった。

 白い光が消えてフェルディアが立ち上がっても、神官は固まったままであった。予想外の出来事に未だ頭が追い付いていないらしい。

 フェルディアが「終わりでいいのか?」と尋ねたことで、ようやく我に返ったくらいであった。


「ああ。新たな聖女と守護騎士に祝福を……」


 ほとんど流れで言ったともいうべき祝福の心がこもっていない神官の言葉にフェルディアはさっさと背を向けて壇上を後にしてしまう。ロニアもその後に続こうとするが、いつもの癖で足を大きく開いてしまったからかローブの裾を踏んでしまった。


(あっ……)


 身体が傾いて、誰もが壇上から転倒するだろうと思った時、すかさず先に壇上を降りていたフェルディアが戻ってきてロニアの身体を支えてくれたのだった。

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