第6話
「どうして、契約魔法の陣がル……フェルディア……さんの手に……?」
つい癖で「ルディ」と幼少期の愛称で呼びそうになったのを誤魔化しつつ、おっかなびっくりロニアが問えば、フェルディアも戸惑ったように口を開く。
「それは俺にも……」
「神官殿、契約魔法のやり直しを所望します!」
そんなフェルディアを遮るように間髪入れずに不服を申し立てたのは、フェルディアの二つ隣の席で立ち上がったラシェルだった。
白い顔を烈火のごとく赤く染め、怒りで目を吊り上げたラシェルが乱暴にフェルディアを指さす。
「この契約は無効です。聖女・ロニアの儀式の仕切り直しを求めます!」
これまで見たことがないラシェルの激しい怒気にロニアだけではなく、その場にいた誰もが度肝を抜かれてしまう。
ラシェルと言えば、温厚な性格と物腰柔らかな姿から騎士や聖女、神官だけではなく、国中の人たちからも慕われている偶像的な存在でもある。そんなラシェルが取り乱した姿を見せたことは一度だって無かった。
遠征先で魔物に囲まれた時も、パニックに陥った騎士たちを落ち着かせて冷静にまとめ上げたという逸話さえある。どんな状況に陥ってもラシェルだけは平静さを保ち、卓越した手腕で人々を導く。それもまた泰然自若たるラシェルが慕われている所以でもあった。
「其方の気持ちは分かる。しかしこれは女神が選定された結果であるが故に……」
「ですが、聖女・ロニアと契約を結ぶ騎士はこの私です! そのように大神殿にもお伝えしているはず。この契約は何かの間違いです。今一度、聖女・ロニアに主従の契約を……」
ハイトーンとロートーンの中間といったラシェルの声が大聖堂内に響き渡り、そしてロニアを見守っていた聖女たちの間で衝撃が走る。その勢いは騎士席まで波及すると、やがて誰もが口々に話し出しのだった。
「歴代の主席聖女や侯爵令嬢たちでさえ断られたラシェル様と契約を結ぼうなんて……落ちこぼれのくせして図々しいわ……」
「貴族でも無ければ、後ろ盾がある訳でも無い。そんな聖女が騎士団のエリート騎士を指名するとは身の程知らずだな……」
「でもやっぱり落ちこぼれはどこまでいっても落ちこぼれ。ラシェル様じゃなくて『騎士団の狂犬』に主従契約をかけてしまうなんて、なんてざま。でも落ちこぼれと問題児で良い組み合わせね……」
絶えず聞こえてくる嘲笑にロニアの顔がかあと熱くなる。落ちこぼれである自分の契約魔法が失敗したこともそうだが、場違いにも自分が誰もが羨む騎士団のエリート騎士であるラシェルと契約を結ぼうとしていたことを改めて突き付けられる。
いくらラシェルから守護騎士の契約を申し込まれたとはいえ、聖女の出来損ないである自分がその申し出を受け入れるのは間違っていたのだ。
落ちこぼれの自分は騎士団から勧められる騎士を守護騎士に指名すれば良かった。それこそフェルディアのようにロニアと同じく問題児や落第生扱いを受けている騎士と――。
「見苦しいぞ、ラウレール」
カンッと鞘に入った剣先が床の石畳を打つ音が耳に入る。無意識のうちに目を瞑っていたロニアが顔を上げると、フェルディアが愛用の剣先で床を叩いたようであった。
「なに……?」
「神官殿の言った通りだ。この契約はこの国を守護する女神が定める。聖女・ロニアの守護騎士に相応しいのはお前ではなく、俺だということだ。お前は女神の判断に異論を唱えるつもりか?」
「……っ! お前に何が分かる! 私がこの日を何年待ち望んだと思う!? 五年だぞ! ロニアが聖女として一人前になるのを待っていた! 途中から入団して、他人の功績だけではなく聖女まで攫ったお前に何が分かる!? この『狂犬』が!!」
「聖女さまが成人する日を待ち望んでいたのは俺だって同じだ。たとえその聖女さまの守護騎士に任命されなくても、これから聖女として活躍する姿を見られるのならそれで良かった。けれども、そんな聖女さまの守護騎士に任命されたのなら話は別だ。聖女・ロニアは俺が守る! まずは聖女さまの儀式を邪魔するラウレール……お前から消してやる……っ!」
舌鋒から一転、フェルディアだけではなくラシェルまで剣の柄に手を掛けたところで、「そこまでっ!」と騎士団長の怒号が飛んだ。
「ブロスサード、ラウレール、剣を収めろ。聖女の旅立ちを祝う儀式の邪魔をするのなら二人揃って退席を命じる。たとえ聖女・ロニアの守護騎士であってもだ!」
さすがに騎士団の長たる騎士団長には逆らえないのか、フェルディアは舌打ちをすると剣を下ろし、ラシェルも不承不承といった様子で柄から手を離す。ようやく治まった一触即発の空気にロニアは安堵の息と共にそっと肩の力を抜く。それは他の聖女や騎士たちも同じようで、大聖堂内に神官がわざとらしい咳払いをしたのだった。
「儀式を続ける。聖女・ロニアによって、女神に選ばれし騎士よ。ここへ参れ」
「はい」
フェルディアは騎士席から出ると靴音高くロニアへと近付いてくる。それでも変わらず聖女たちからはひそひそとロニアを揶揄する声が囁かれ、途中で足を止めたフェルディアが睨み付けたことでようやく元の静寂を取り戻す。
久方ぶりに近くで見たフェルディアは身長が伸びて、ほどよく筋肉のついた体型もしっかり整っていた。黒色のくせ毛と宝石のような赤い瞳は、何も変わらない。先程聞いた声は最後に話した時より幾分か低くなっており、有無を言わせぬ鋭ささえあったものの、ロニアを庇った時の話し方は年相応の男性そのものであった。
自分に向けられた悪口なんてもう慣れたつもりでいた。それでもフェルディアに護られて――心が震えそうになった。
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