第4話
紐状になった魔法陣がカリーンの右手の甲に吸い込まれると、やがて手の甲には赤い光と共に先程の魔法陣が現れる。それと同時に騎士席の一角からも魔法陣と同じ赤い光が輝き出したので、その場にいた全員が光源を探して騎士席を振り向く。
「聖女・カリーンの問いかけにより、女神に選ばれし騎士よ。ここへ参れ!」
神官の声が厳かな大聖堂内に響き、そして騎士席からおずおずと一人の少年騎士が進み出る。
全員の視線の先にいたのは、左手の甲にカリーンと同じ魔法陣が刻まれた赤茶髪に丸眼鏡の少年だった。
「其方の名は?」
「ミヒャエル・フォン・リンク、です……」
「うむ。リンク子爵の末息子か……」
緊張しているのか消え入りそうな声で答えるミヒャエルを一瞥した神官は、騎士団長から渡された別の羊皮紙と照らし合わせる。おそらくその羊皮紙には騎士団に所属する騎士が、この中のどの聖女と主従の契約を交わすのか書かれているのだろう。
騎士側からしたら急に指名されたように思えるが、実はどの聖女がどの騎士を指名するのかといった話はあらかじめ騎士団には伝えてある。
表向きは女神が聖女に相応しい騎士を選んだということになっているが、それは形だけの話。実際は聖女が自分の守護騎士になって欲しい騎士を騎士団に所属する騎士の中から選ぶ、いわゆる騎士のスカウトによって決めていた。
大昔はこの儀式の場で初めて従者となる騎士を聖女が指名していたが、契約を拒否する騎士や望まれぬ主従契約で仲違いする者たちが後を絶たなかったため、今ではあらかじめ大神殿を通して騎士に打診を行うようになっていた。契約を承諾されれば良し、その時点で騎士が断れば、騎士団から別の騎士まで紹介してもらえる。その後、騎士にはこの守護騎士任命の儀に参加してもらい、聖女の求めに従って契約を結んで完了となるのだった。
それを良いことに貴族の中には良い家柄の騎士と契約を結ばせて、いずれは婚姻を結ばせようとする政略結婚として利用する者も増えてきたが、近年聖女や神官の不足が懸念されていることから、大神殿は黙認を貫いていた。
この国では聖職者の結婚は禁止されておらず、むしろ聖職者の子供が聖女や神官に必要な能力――神聖力を有していることが多いため、結婚を後押ししている風潮がある。
表立っては言っていないものの、主従として長い時間を過ごす聖女と騎士たちが男女の仲になることを歓迎しており、両者の間で産まれた子供が聖職者になることを密かに望んでいるようにも感じられる。
騎士団としても仕事に没頭するあまり、婚期を逃してしまうような若い騎士の将来を心配しなくても良くなった分、その代わりにこちらも人材不足に悩まされるようになった。それもあって、たとえフェルディアのように入団理由が疑わしげなものであっても、良識と実力さえあるのなら身分に関係なく、入団を許されるようになったのだった。
「騎士・ミヒャエル、汝はその命果てるまで、聖女・カリーンに忠義を尽くすと誓うか?」
「ちっ、誓いますっ!」
「聖女・カリーン、汝はその命の限り、聖女としての役目を全うし、騎士・ミヒャエルと共に国に尽くすと誓えるか?」
「誓いますっ!」
ミヒャエルのか細い声に対してカリーンの声は大聖堂に響き渡るほど大きいが、声が裏返っていた。最終試験を首席で合格したカリーンでさえも、この守護騎士任命の儀には緊張を隠しきれないらしい。
「その誓いの元、騎士は聖女に守護騎士の誓いを立てよ。さすれば女神・セラピアは其方らの契りを祝福するであろう」
「ぼ……私、ミヒャエル・フォン・リンクは聖女・カリーンを
「聖女・カリーンは騎士・ミヒャエルを守護騎士として認めます。我が守護騎士に祝福を……」
片膝をついて誓いを立てるミヒャエルの頭にカリーンが触れる。その瞬間、カリーンの掌から溢れた祝福の白い光――神聖力がミヒャエルを包み込む。二人の手の甲で禍々しく光っていた赤い魔法陣は聖なる純白へと色を変えて、やがてすうっと手の甲から消えたのだった。
二人の契約が締結されたのを確認すると、神官がまた話し出す。
「新たな聖女と守護騎士に祝福を。次の契約に移る。次席聖女はこちらに参れ……」
ミヒャエルの手を借りて仲睦まじい様子で――この二人も男女の仲なのかもしれない、席に戻っていくカリーンと引き換えに次の聖女が壇上を上がっていき、ロニアの周りではカリーンの相手がミヒャエルであることを噂するような小声まで聞こえ出す。
自分以外の聖女がどの騎士と主従の契約を結ぶのか知れるのがこの儀式であり、それまでトラブルを避けて自分がどの騎士と契約を結ぶのか言ってはいけない決まりになっている。稀に同じ騎士に主従契約を申し出てしまう聖女がおり、その場合はどちらの聖女と契約を結ぶかは騎士の判断に委ねられていた。
この時も主従契約を断られた聖女には騎士団から別の騎士を紹介することになるが、過去に自分の契約を断った騎士がどの聖女と主従契約を結ぶか話してしまったことで、聖女間で生家も巻き込んだ大きな問題に発展したことがあった。そういった経緯もあったことから、聖女たちはどの騎士に主従契約を申し込みするのか神官長以外には誰にも話してはならないことが定められ、同じく騎士たちも自分がどの聖女から主従契約の申し出をされたのか騎士団長以外には言わないようになったのだった。
それからというもの聖女が騎士団の中からどの騎士と主従契約を結ぶのか、最初に知れるのがこの守護騎士任命の儀となってしまった。
「あら、クレアの守護騎士はマイセン伯の嫡男なのね。知らなかったわ……」
「クレアとマイセン伯の嫡男は幼馴染みらしいわよ……リリスの守護騎士はナーヴィス様ね。そういえば噂で聞いたかも。神殿の裏庭でキスしてたらしいわ……」
「やだっ! 大胆っ!」
聖女といえども噂話が大好きなのは年頃の娘と変わらず、それが婚姻にまで発展するかもしれないと思うと、殊更に興味を持つ。同じ貴族なら今後聖女仲間以外にも貴族としての友好関係を築く可能性があり、また平民出身の聖女でも騎士団からの紹介で貴族出身の騎士と契約を結んで貴族の仲間入りをすることや功績を称えられて爵位を得ることもある。
聖女として独り立ちした後――貴族の女性としても独り立ちすることも考えると、この儀式は聖女の成人の儀以外に家同士の繋がりを見極める場とも言えるだろう。
貴族の令嬢として、そして恋愛やゴシップに興味を持つ年頃の娘として、聖女たちは主従契約に興味津々であり、この儀式がメインイベントと言われているのもその辺りに由来しているのだった。
(ルディ……全然呼ばれない……。まさか守護騎士に指名された訳じゃないのに儀式に参加してるの?)
そうしている間にも守護騎士任命の儀は進んでいくが、フェルディアが選ばれる気配は全くなかった。他の騎士や聖女たちと違って無表情で壇上を眺めているので、何を考えているのかは分からない。それでもどことなく退屈そうにも馬鹿馬鹿しいように呆れているようにも見えたのだった。
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