第3話
「あれが契約魔法の魔法陣……」
誰かの呟きがはっきりとロニアの耳に届く。実物を見るのはロニアも初めてであった。
神官が受け取ったトレー上に置かれている羊皮紙には、聖女と守護騎士を結ぶ魔法の源――主従の契約に必要な魔法陣が描かれていると聞いている。
今日の儀式のために、国の魔導士たちが夜通し手書きしてくれたものだ。
「これより聖女による守護騎士任命の儀を執り行う。名前を呼ばれた聖女から前に出て、魔法陣を受け取りなさい」
ロニアはすばやく呼吸すると唇を噛む。ようやく本日のメインイベントが始まるのだ。
(聖女と騎士の契約の儀式……。この儀式でどの騎士を守護騎士に選んだかで、この先の聖女の未来まで決まってしまうのね……)
新米聖女が独り立ちするにあたって、自らの護衛と運命を共にする騎士を指名する儀式――通称・守護騎士任命の儀。
ここで選ばれた騎士は指名した聖女の専属騎士たる「守護騎士」となり、聖女が任を終える時まで生涯を共にするパートナーとなる。
それ故にこの守護騎士任命の儀は、聖女と騎士、双方の将来を決める大切な儀式でもあり、全ての聖女たちにとっての通過儀礼でもあった。
(この儀式が聖女として最初の仕事でもあるんだよね。この契約が成功することで、ようやく一人前の聖女になれる。ここまで本当に長かった……)
ロニアの身体が喜びで打ち震える。熱くなった目頭をグッと瞑り、そして溢れる涙を誤魔化そうと何度も瞬きを繰り返す。
大神殿の最終試験に挑むこと四回。落第ギリギリの最下位ながらもようやく合格ラインを越えられた。
途中、生き別れたフェルディアがロニアを探して騎士団に入団するというアクシデントはあったものの、明日から晴れて一人前の聖女を名乗れるかと思うと清々する。もうフェルディアに怯えることも、「落ちこぼれ聖女」と蔑まれる日々も終わるのだと……。
今日の聖女祝福の儀をもって、大神殿で修行に励んでいた聖女候補たちは一人前の聖女として国に認められる。
その後、国内に点在する神殿に派遣されて、国の繁栄に力を尽くすことになるが、その際に聖女と契約を交わした守護騎士も共に派遣される。
代々聖女に指名された騎士たちは自らを指名した聖女を主人として仕え、互いに全幅の信頼を寄せ合い、やがて情意投合の関係となるとされていた。
ここで指名されて契約を結んだ守護騎士は、契約を交わした聖女を主として、聖女がその地位を引退する時まで忠義を尽くさなければならない。
裏切ることは許されず、聖女と固い絆で結ばれた相棒として苦楽を共にして、もし聖女の意志に反するような行為を行えば、契約によって断罪が与えられる。
契約自体も余程のことがない限り破棄されず、また女神の名に置いて結ばれた主従契約は強固なため、聖女からも反故にすることはできない。
そして一人の聖女が守護騎士に任命できる人数はたった一人。この儀式で指名した守護騎士が、聖女の今後を左右すると言っても過言では無い。
そんな重要な儀式を成功させてラシェルを守護騎士に任命する。主従の契約を交わした後は、他の聖女と同じように国の防衛や医療に貢献する。
平民出身の聖女の中には功績を認められて貴族に取り立てられた者も少なからずいる。ラシェルが言っていたようにロニアも聖女として活躍して爵位を得て、そしてラシェルと婚姻を結ぶ。これまで平民出身の落ちこぼれ聖女であるロニアを馬鹿にしてきた貴族出身の聖女たちを見返すと、心に決めたのだった。
「女神・セラピアの名の元、其方らに相応しき騎士と
最前列に並んでいたカリーンと呼ばれた背の低い聖女が壇上に上がる。
儀式の順番も座席順も最終試験の成績順なので、最終試験で最下位だったロニアの順番はまだまだ先。失敗して最後まで赤っ恥をかかないように、成績優秀者のカリーンを参考にしようとまじまじと観察する。
壇上では鼻筋にそばかすが残る白皙の肌とバランスの取れた金髪の巻き毛が特徴的なカリーンが、緊張の面持ちで神官から羊皮紙を受け取ったところであった。
羊皮紙に巻かれた紐を引くと、どこか禍々しく光り輝く赤色のインクで描かれた魔法陣が姿を現す。
「羊皮紙を掲げて呪文を唱えよ。さすれば魔法陣は聖女と騎士を結ぶ楔となる。さあ、守護騎士となりし騎士を我らが女神に問うのだ」
カリーンはすうっと大きく息を吸うと、頭の上まで掲げた羊皮紙に向かって呪文を唱える。
「我らの母たる女神・セラピアに、聖女・カリーンは問う。我に忠義を誓い、
まだ幼さの残る少女特有の高い声で発せられた呪文に呼応して、魔法陣が力強く明滅し始める。
「おおっ!」
聖女だけではなく、騎士席からもどよめきが起こる。今年は儀式に初めて参列する騎士が多いのだろう。
羊皮紙ごと赤い魔法陣が浮かび上がったかと思うと複雑な紋様が解けて一本の紐になる。うねうねと蠢く姿がまるで蛇のようで、一部の新米聖女たちからは悲鳴が上がってしまったのだった。
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