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 日曜日、勇夫は和歌山市内を歩いていた。今日は休みだ。今週1週間、店を頑張ってきたんだから、今日は少し休もう。しっかりと休んで、明日からまた頑張ろう。


 勇夫は東京にいた頃から、休日はどこかを歩くのが日課だ。歩くことで、日々の疲れを癒す事ができるからだ。


「今日は休みか、のんびりしようかな?」


 勇夫は和歌山城を見上げた。和歌山城はやっぱり素晴らしい。この街のシンボルのようなもので、堂々とそびえ立っている。


「いつ見てもいい景色だな」

「あれっ、勇夫。帰ってきたんだ」


 勇夫は振り向いた。高校時代の同級生の田中だ。まさか、ここで再会するとは。嬉しいな。今は何をしているんだろう。聞きたいな。


「うん」

「隆利が死んで大丈夫かなと思って」


 田中は心配していた。隆利が亡くなり、ほんとに店を継げられるんだろうか? そして、味は変わらないんだろうか?


「もう大丈夫だよ。僕は父さんの店を継ぐためにここに戻ってきたんだ」

「そうなんだ」


 田中はほっとした。これからもあの店は智が死んでからも存続のようだ。


「うん。本当はずっと東京にいたかったんだけどね」

「つらかった?」


 田中は思った。勇夫はずっと東京にいたかったんだろうか? そこで結婚したかったんだろうか?


「最初はそうだったけど、次第にそうじゃなくなってきた」

「そうなんだ」


 勇夫は徐々にあるが、東京に戻りたいという気持ちを忘れてきた。そして、ここでまた頑張ろうという気持ちになれた。


「東京はいいとこだったけど、結婚できなかったんだ」


 田中は意外だと思った。勇夫なら、すぐに恋人ができて、結婚できると思っていた。高校の頃はとてもモテていたのに、どうしてだろう。


「そうだったんだね。ここでいい人と巡り合えるといいな」

「そうだね」


 ふと田中は思った。今日はどこかで飲もうかな? せっかく再会できたんだし。


「そうだ! 久しぶりに会えたんだから、飲まない?」

「いいけど」


 勇夫はその誘いに乗った。久々に会えたんだ。


「ここに18時に来てね」

「うん」


 勇夫は地図を見た。この居酒屋は、出身高校の近くにある。今でもあるのだから、当時を懐かしみながら飲むのもいいな。今夜は楽しみにしていよう。




 その夜、勇夫は約束の居酒屋にやってきた。あたりは人の気配が少ない。今日は日曜日だ。それ以外なら、夜遅くまで部活の練習で生徒の声が聞こえるが、今日はいない。


「ここだったな・・・」


 しばらく待っているが、誰も来ない。本当に来るんだろうか? 勇夫は不安になってきた。


「勇夫くん!」


 後ろで声がして、勇夫は振り向いた。そこには田中がいる。


「大翔(はると)くん!」

「久しぶりだなー」


 2人は改めて再会を喜んだ。今日はここで飲む予定だ。楽しみだな。


 2人は店内に入った。店内には何組かいる。彼らの多くは私服で、休みの日を楽しんでいるようだ。


「いらっしゃいませ、2名様ですか?」

「はい」


 田中はⅤサインをして、2名だと示した。


「こちらへどうぞ」


 2人は案内されたテーブル席に座った。そのテーブル席は1人掛けの席が向かい合っていて、その間にテーブルがある。


「ご来店ありがとうございます。最初にお飲み物はどうなさいますか?」

「生中で」

「僕も生中で!」

「かしこまりました」

「生中2つ入りまーす」


 2人とも生中を注文した。2人とも、まずは生中から飲むのが居酒屋の定番だと思っているようだ。


「久しぶりに会えて、うれしいよ」

「僕もだよ」


 2人は笑みを浮かべている。久しぶりに再会すると、どうしてこんなに嬉しくなるんだろう。理由がわからない。


「お待たせしました、生中です」


 店員が生中を持ってきた。テーブルに置かれると、2人はジョッキを持った。これから乾杯をする予定のようだ。


「カンパーイ!」

「カンパーイ!」


 2人は乾杯をして、生中を飲んだ。


「俺、東京にあこがれたことはあったけど、結局和歌山に残ったよ」


 田中は東京に行こうと思っていた。だが、やっぱりこの和歌山が好きで、ここに残った。そして今でもこの和歌山に残り続けている。自分とは正反対だなと勇夫は思った。


「そうなんだ。僕は東京にあこがれて、東京に来たな。でも結局、恋に恵まれなかったんだ」


 勇夫は少し残念そうな表情だ。夢とあこがれを持って東京にやってきたのに、恋に恵まれなかった。仕事は順調だったのに。どうして結婚に至れなかったんだろうと考えている。


「だけど、東京ではうまくいってたんだ。ずっとここで暮らしたいなと思ってたけど」


 ふと、田中は隆利の事を思い浮かべた。あまりにも突然の事故だった。最初、ニュースを見た時は、本当の事だろうかと目を疑った。現実だと思えなかった。


「隆利くん、残念だったね」

「うん」


 勇夫も残念そうな表情を見せた。だが、隆利の分も頑張って、店の跡継ぎにならないと。その味を守っていかないとと思っている。


「この子が継いでくれると思ったのに」

「だから僕は帰ってきたんだ」

「そうなんだね」


 店を継ぐために、ここに帰ってきたんだ。最初は戸惑ったんだろうな。


「これからもっと頑張って、店を継げるようにならないと」


 勇夫は拳を握り締めた。これからもっと腕を上げて、店を継げるようにならないと。

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