5
それから1ヶ月が経った。勇夫は徐々に仕事に慣れてきて、東京に戻りたいとすっかり思わなくなった。それより、ここの歴史を継がなければならないと思う気持ちが強くなった。両親もそんな勇夫の後ろ姿が頼もしいと思うようになってきた。この子なら、きっと智の味を引き継げるだろう。
そんなある日、1人の女性が入ってきた。その女性は高い服装を着ていない。そんなにお金を持っていないような感じだった。
「いらっしゃいませ!」
女性は席に座り、メニューを見た。目の前にははや寿司が置かれているが、全く興味がないようだ。
「すいませーん、中華そばお願いします」
「かしこまりました。中華そば一丁!」
「はい!」
女は智に向って注文をした。それを聞いて、智は中華そばを作るように指示した。
勇夫がその女性の前を通り過ぎようとした時、その女性が反応した。その女性は勇夫の事を知っているかのようだ。だが、勇夫はまったく気にしていない。女性の事を知らないようだ。
「ねぇ」
「どうしたの?」
急に声をかけられて、勇夫は戸惑った。先日、高校時代の親友に会ったけど、また高校時代の親友だろうか?
「私の事、覚えてる」
「覚えてない・・・」
だが、勇夫は覚えていない。高校時代の事はあまり覚えていないようだ。東京での生活の中で、高校時代の青春を忘れてしまったようだ。
「文香! 高校時代の同級生!」
「えっ、あの文(ふみ)ちゃん?」
勇夫は思い出した。高校1年生の頃の同級生で、初恋の相手だった。まさかここでも再会するとは。初恋の相手を覚えていないとは。俺は忘れやすいな。
「うん。そうよ」
「東京に帰ってきたと聞いたけど、本当だったんだね」
それを聞いて、文香は驚いた。もう東京に行ったっきり帰ってこないだろうと思っていた。信じられない、もう帰ってこないだろうと思っていた。だが、本当に帰ってきたとは。
「ああ。あれっ、文ちゃん、大阪に行ったんじゃないの?」
勇夫も戸惑った。文香は高校卒業とともに、大阪に行ったんじゃないのかな? まさか、文香も和歌山に帰ってきたとは。大阪でうまくいっていると思っていたのに。何があったんだろう。
「行ったんだけど、帰ってきちゃった」
「そうなんだ」
だが、文香は何も話そうとしない。そして、下を向いている。何か深い事情があるんだろうか?
と、そこに智がやってきた。注文した中華そばを持ってきたようだ。
「お待たせしました、中華そばです」
「ありがとうございます」
文香は注文した中華そばを食べ始めた。
「まさか、また再会するとは」
「思ってなかったでしょ?」
文香は少し笑みを浮かべた。だが、少し暗い表情だ。やはり何かあるのだろう。
「うん」
「先日も友達と再会したんだよ」
文香は驚いた。先日も高校時代の友人と再会するとは。こんなに立て続けに高校時代の友人と再会するとは。運がいいんだろうか?
「そっか。みんな、勇夫くんの事を覚えてたみたいだね」
「そうみたいだね。嬉しいよ」
文香は笑った。それを見て、勇夫も笑みを浮かべた。とても楽しそうな様子だ。そんな2人の様子を見ていた智と三枝子もほころんでいた。
「東京にずっといたかったの?」
「うん。だけど、家を継がなくちゃいけないからね」
それを聞いて、文香は思った。継ぐのは勇夫の兄、隆利だったはずだ。だが、隆利は交通事故で死んでしまった。だから、継ぐためにここに帰ってきたんだな。
「本当は隆利くんが継ぐ予定だったんだけど、あんな事になっちゃってね」
「そうだね。あれはびっくりした」
文香もその事故をを知っていた。まさか、あの勇夫の兄、隆利が交通事故で突然亡くなるとは。勇夫が知ったら、悲しむだろうな。そして、勇夫があの店を継ぐんだろうなと思った。
「でも、頑張らなくっちゃ」
「頑張って、この店を継げるようになってね」
「うん」
勇夫は元気よく答えた。文香も応援している。だから、智に腕を認められて、店の後を継げるように頑張らないと。
「私、本当は大阪にずっといたかったんだけどね」
「何かあったの?」
何か事情があるんだろうか? 自分が本当は東京にずっといた方と思っていたように、文香もずっと大阪にいたかったとは。どうして和歌山に戻る羽目になったんだろうか?
「あんまり言いたくないの」
だが、文香は言おうとしない。言いたくない理由があるようだ。言えないって、よほど恥ずかしい事だろうか?
「そっか。じゃあ、どこかで話してみてよ」
「うーん・・・」
だが、文香は言おうとしない。よほどの事なんだろう。
「話してよ。だって友達じゃないか?」
ふと、文香は思った。ここでは話しづらいのなら、居酒屋で2人で話そう。きっと騒がしさで話があまり気にならないだろうから。
「ここではあまり言いにくいから、居酒屋で話すって事でいい?」
「いいけど」
勇夫は誘いに乗った。今回も明日が休みの日に考えよう。
「空いてる時間、ある?」
「来週土曜日の夜とか」
勇夫は考えた。日曜日は休みだ。酒を飲むと、明日の仕事に響いてくる。ベストの状態で仕事ができないだろう。
「わかった。その日に予約しとくね」
「ありがとう」
中華そばを食べ終わった文香は、料金を払って店を出て行った。その後姿を、勇夫はじっと見ていた。今度は初恋の人と出会うとは。自分はついているんだろうか?
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