3

 翌日から、勇夫は店で働き始めた。勇夫は今日から入ったとは思えないほど慣れている。中国料理店で修業をしてきた実力は本物だ。智はそんな勇夫に熱い視線を送りつつ、盛り付けをしていた。勇夫はここに懐かしさを感じつつも、家業を継ぐために頑張らなければという気持ちで頑張っていた。


「いらっしゃい!」


 常連客の1人がやってきた。この近くの工場で働いている男だ。がっちりとした体形で、力持ちのようだ。常連客はカウンター席に座った。


「中華そば、お願いします」

「はい!」


 常連客はメニュー表を見ずに、中華そばを注文した。中華そばはここで言うラーメンだ。この辺りでは、一般的にラーメンは中華そばといわれているらしい。


 と、常連客は今日から働いている1人の男に見覚えがあった。ここの主人の次男、勇夫だ。東京の中国料理店で働いていると聞いたが、長男の隆利が急死したので、ここに戻ってきたんだろうか?


「あれっ、勇夫くんやないか!」


 その声に気付いて、勇夫は常連客の方を向いた。どうやら本当に勇夫のようだ。


「帰ってきました」


 勇夫は常連客に向ってお辞儀をした。勇夫は少し照れ臭そうだ。


「跡を継ぐのか?」

「はい。そのためにこっちに戻ってきました」


 やはり後を継ぐために帰ってきたのか。本当はずっと東京で働きたかったのかな? 兄の隆利が継ぐだろうと思っていたが、予想外の出来事で戸惑っていないだろうか?


「そっか。東京はどうだった?」

「楽しかったけど、恋には恵まれなかったな」


 恋には恵まれなかったか。勇夫は高校時代、けっこうモテていたから、結婚できるだろうと思っていたのに。東京ではそううまくいかなかったのかな?


「そっか。もっといたかったか?」

「うん。でも、継がなきゃいけないから」


 勇夫の意志は固い。隆利が亡くなった今、自分が将来この店を継ぐのは俺だと思っていた。そのために、ここに帰ってきたんだ。頑張らなければ。


「そうだな。隆利が事故死した時はショックだったか?」

「うん。どうしてこんな目に遭わなければならないんだろうと思った」


 常連客もショックだった。隆利はかわいい子だったのに、突然この世からいなくなってしまった。事故を起こした高齢者ドライバーが憎い。そして、それで命を落とした隆利が無念でしょうがない。


「そうだよね。もう高齢者の運転は許せないわ」

「うんうん」


 どうやら、勇夫もその気持ちがわかるようだ。なかなか気が合うな。


「うちの父さん、もう80代なのにまだ運転してんだよ。危なっかしくて」


 常連客も悩んでいた。今、常連客が務めている会社に勤めていた父は、20年近く前に定年退職した。仕事上、トラックを運転する事が多かった父は、運転にはとても自信があった。だから、80代になっても車を使っている。家族は返納するように言っている。運転免許を持っている人に送り迎えしてもらってはどうかと言っている。だが、父の意志は固い。なかなか返納しないという。


「こんな年齢で?」


 勇夫は驚いた。こんな年齢で日ごろから運転しているのが信じられない。どうしてこんなにも自分で運転する事にこだわりがあるんだろうか?


「返納して、返納してって言ってるのに、車が必要だと言って返納しないんだよ。俺が運転すればいいのによ」


 徐々に従業員は怒りに満ちていた。もし、交通事故を起こして家族がバッシングを受けたら、どう責任を取ってくれるんだ。こうなる前に、もう運転しないでほしい。


「その気持ち、わかるよ」

「そうだよね」


 勇夫はその願いをしみじみと聞いていた。


「暗い話してしまったけど、勇夫、頑張れよ」

「うん!」


 常連客は笑みを浮かべた。勇夫は少し嬉しくなった。


「みんな、勇夫に期待してるみたいだね」


 勇夫は振り向いた。そこには智がいる。智はその話を聞いていたようだ。


「うん。これでうちも安泰かな?」

「だといいね」

「うん。そうね」


 と、そこに三枝子がやってきた。三枝子は中華そばを持っている。常連客の注文した中華そばが出来上がったようだ。


「お待たせしました、中華そばになります」

「ありがとうございます」


 と、常連客は気になった。勇夫の腕はどうだろうか? 中国料理店で修業をしていたみたいだが、その腕は本物だろうか?


「腕はどうだい?」

「なかなかいいと思うよ。やっぱり中国料理店で頑張ってきたかいがあるみたいだ」


 智は笑みを浮かべた。智も勇夫に期待しているようだ。


「いいじゃん!」


 ふと、勇夫は気になった。東京では恋に恵まれても、なかなか結婚できなかった。今度こそ結婚に至れるんだろうか?


「うーん・・・」

「どうしたの?」


 勇夫は振り向いた。そこには三枝子がいる。三枝子は、勇夫が何か考え事をしているのが気になった。


「恋に恵まれるのかなと思って」

「また考えてるの?」


 また考えているようだ。まったく懲りないな。それほど、勇夫は早く結婚したいと思っているようだ。とても嬉しい事だな。


「うん。早く結婚したいという気持ちはあるんだけどね」

「そうなんだ。でも、きっといいお嫁さんが見つかるはずだよ」


 従業員もその話を聞いていた。勇夫はいいやつだ。きっといいお嫁さんが見つかるだろう。そして、一緒にここで働くだろうな。


「本当?」

「うん」


 勇夫は少し期待した。ここでなら、きっと結婚に至れるだろう。

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