第3話 莉子的な正義

「小雪ってムカつかない?」


美咲は戸惑ったように辺りを見回す。

本人は休みだが他の人間に聞かれていないかをしっかりと確認して


「どうしてあんなこと言ったんだろうね。」


と答えた。

これを私は私への同意と捉えた。

まだ受かっていない人が大半の中で自分だけ抜け駆けしたという宣言はよろしくない。


「ミサキはさ、受験なんかしたくなくて。でも良い結果残さなきゃって毎日勉強してる...。

頭良くないけどがむしゃらに。

だから、そんなに勉強しなくても頭いい子が最初に報われて正直..嫌だった。」


美咲の中にも鬱屈とした感情が溜まっていたらしい。私だけではなかったと胸を撫で下ろす。


「私ずっと小雪のこと嫌いだったんだよね。

美咲はどう?」


「小雪ちゃん自体のことは嫌いじゃ無かったよ。

小雪ちゃんの才能を羨むだけのミサキが嫌い。」


「でもさ、小雪に才能が無ければそんなこと思わなかったでしょ?」


「うーん、結局誰かにそう思っちゃうよ。」


「誰も才能のある人がいなかったら美咲は美咲を好きでいられるでしょ?って聞いてんの!」


「それは...まぁ。」


曖昧な返答に苛々しながらも、やっと及第点の返事を聞けた。

才能がない人で溢れていたなら私達は惨めな思いをしないのだ。


「この前の模試はどうだった?」


「全然良くなかった。国語は全国で下から数えて100番目くらい、世界史も英語も同じ感じ。」


「そう。私は日本史が全国で上位10位内だった。その他はお察し。」


美咲は私より馬鹿だ。

私より勉強しているのに成績の悪い人を見ると凄く安心する。

下には下がいるんだって思える。

担任は上を見ろと言う。

きっと上を見た方が上を目指して頑張ろうと思えるのだろう。

けれどそれは、担任の彼女が教師だから言えることだ。結局は頭が良いから私が見上げる上よりも上が少なくて質の良い上しかいないんだ。

私が見あげる上には質の悪い奴だって含まれている。そんなロクでもない奴が上にいると知ってモチベーションなんて上がらない。

下を見れば私より惨めな世界が広がっている。

下との距離を突き放して結果として上になる、という方が私のモチベーションは上がる。

美咲は私の栄養になってくれるのだ。


「ねぇ莉子ちゃん...。あの場で言えなかったんだけどね。ミサキ、推薦落ちたの。」


「、、そう。」


驚いた。

まさかこんな性格の悪い話をしている相手に自分の合否、しかも否の方を打ち明けるなんて。

バカにされるとは考えなかったのだろうか。

そこまでの馬鹿なのだろうか。

何にしろ、推薦から一般受験を目指す方が最初から一般受験を目指すより難しいはずだ。

美咲は今格段に私の下にいる。


「辛かったね、私と一緒に一般受験頑張ろうね。絶対小雪みたいに裏切ったりしないから。」


嘘だ。別に私が受かるなら美咲がどうなろうが関係ない。

どうせ志望校は違うわけだし、美咲の志望校なんて滑り止めにも入れてない。眼中に無い。

私が受かって美咲が落ちるなら優越感にも浸れて最高なものだ。

むしろ是非とも裏切ってやりたい。


「ありがとう、莉子ちゃん!今回の模試は前回よりは良いと思うし莉子ちゃんと一緒なら頑張れる気がするよ!」


「私も。」


さて、本題を切り出さなくては。


「小雪の秘密とかって知らない?」


「小雪ちゃんの...あ!」


「何?」


「小雪ちゃんね、この前こっそり万引きしてた。」


「万引き!?」


「映像もあるよ。流す気は無かったんだけど....ほら、小雪ちゃんって口より先に手を出すタイプだから..何かあったらって思って。」


つまり怒らせてしまった時に暴力を受けそうになったら脅そうと思っていたわけだ。

中々にイカつい精神をお持ちらしい。

正直、陰でネチネチと根に持って弱味を握る美咲のことも好きかと聞かれれば嫌いと答える程に癪に障るのだが今は使える。

私は美咲よりも小雪が許せない。


「万引きってカードを使ってどうしてやろうかなぁ。」


「やめようよ..悪いことはしちゃいけないよ?」


「悪いこと?しないよそんなの。私は万引き犯を裁いてやる正義の味方なんだからさ。」


警察沙汰にするなら現行犯の方が良い。

証拠だけ持っていっても時間が経ってるから、何でその時に持ってこなかったと聞かれても厄介だ。そもそもこの映像を流すことを美咲が渋っている。なら、現行犯を捉えればいい。

大事になって私達に被害が及ぶことなく、小雪だけを懲らしめられる程度に。

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