支配


 篠田しのだは、優秀な学生であった。


 東京都の裕福な家庭に生まれ何不自由無く、すくすくと育っていった。


 母親はかなりの教育熱心であり、小学校低学年から塾や習い事を篠田に強いたが、持ち前の柔軟さと応用力でそれらをこなし、中学・高校と危なげなく難関進学校に入学できた。

 

 大学生になっても、篠田は他の学生と一線を画す優秀さを見せる。


 初年度から教授などの心象を良くし、学生ながらにマーケティングの会社を企業。


 ビジネス面では親の援助と期待を背負い、学業では教授や講師、そして同輩の信頼を勝ち得、まさに彼の人生は順風満帆と言える。


 向かうところ敵無し、と本人も自負していた。


 だが彼には致命的な悪癖が存在した。


 優秀さ故か、それとも元々がそういう気質だったのか。


 彼は女性に対してひどく嗜虐的で、そして支配的だった。


 容姿もそこそこに整っていたのが、悪癖に拍車をかける。


 そう、異性にモテてしまったのだ。


 学生であるが故に当然に、彼は親に隠れて遊び歩くようになる。

 目的はもちろん女漁り。


 外面だけ見れば、彼は将来が有望なエリートだ。


 クラブで酒を片手に声をかけ、ビジネスには必須だと親に購入して貰った高級腕時計と、大学進学記念にと与えられた高級車を見せれば、彼になびかない女子など殆どいなかった。


 始めはただ単純に、性欲を満たすため。


 しかし次第に物足りなさを感じ始める。

 

 女性を性的に支配するだけではまだ足りない。

 心の渇きは潤せない。


 ならばどうする。

 

 次に肉体的な支配を試みた。


 街中でクラブではあまり見かけない大人しめの未成年女子をターゲットに声をかけ、仲良くなるにつれ飲酒や喫煙を勧め始め、その場面を写真に収める。

 もちろん、性行為中の動画の隠し撮りも忘れない。


 自分よりも賢く、裕福で、そして大人を感じさせる男性からのモーションに憧れを抱いていた未成年たちの全てを支配する。


 それが彼の目的だった。

 

 そして、脅す。


 両親に、学校に、友人に、そしてネットを通じて世界中に痴態を広められたくなければ、言うことを聞け──と。


 その後の行為は、筆舌に尽くし難い。


 篠田は歓喜し、そして知った。


 女性を──人を支配すると言うことは、自分にこんなにも快感を与えてくれるのか──と。


 それは性行為以上に刺激的で、アルコール以上の陶酔を篠田にもたらした。


 時に自分は見ているだけで、匿名で募った富裕層に──。


 時にその女性が所属している学校や会社、組織の男性を唆し──。


 一番気に入ってたシチュエーションは、ある少女の遠縁の親類の一人が、その少女を嬉々として弄んだケースだ。


 だがその支配にも、やがて物足りなさを感じ始めた。


 肉体は簡単に支配できる──ならば次は精神を徹底的に痛めつけ──屈服し、支配したい。


 篠田が思い付いたのは、やはり薬物である。


 中学より培ってきた周囲からの信頼関係や、ビジネスで手に入れた富裕層とのつながり。


 それらが彼と薬物をいとも簡単に引き合わせる。

 

 だがそこで彼は足踏みをせざるを得なかった。


 警察から怪しまれだしたのだ。


 発端は彼が懇意とする有名なミュージシャンが、違法薬物の所持で送検された事。


 芋づる的に摘発される予定の関係者の中に、篠田の名前がリストアップされている。

 その情報を篠田に与えたのが、警察関係者だというから始末に悪い。


 すぐに手持ちの薬物を処分し、売人バイヤーとの関係も断ち切った。


 フラストレーションが溜まっていく。


 もうすぐかつての快感を越える、もっと効率的で惨めな支配が得られると待ち焦がれていたのに、後一歩のところで邪魔をされた。


 その思考に、彼本来の賢さなど無い。

 篠田は性癖が満たされる快感に溺れ、我を忘れ始めていたのだ。


 苛立ちが募る私生活は、彼にとって灰色のつまらない日常だった。


 そんな中、東京を異変が襲う。


 彼がオフィスを構える目白にもモンスターが蔓延り、生き残る事で精一杯な日々が始まった。


 逃げ込んだ近隣の大学で信頼できる仲間とクランを作り、日々の糧とするべくモンスターを狩る毎日。


 そんな日々が、二週間ほど過ぎただろうか。


 大学構内の売店でモンスター素材の合成ができると耳にした。


 親指大の妖精を店主としてその売店は、篠田が知る大学の売店とはかなり違っていた。


 様々な雑貨や文房具の他に市販の風邪薬などがなぜか陳列されており、調べてみると全てにゲーム的な効果が付随していた。


 ちょっとした好奇心から、彼は手持ちの素材と風邪薬の合成を妖精に依頼する。


 不思議な液体が満たされた二つの壺に火をかけそれぞれに素材を投入し、そして妖精が作り出したのは元の風邪薬よりも強力な効果のある、新たな薬だった。


 そこで篠田は閃いてしまう。


 化学的な根拠もルールも無視したこの合成で、もしかしたら『薬物』が作りだせるのでは無いか──と。


 それからの彼の行動は迅速で、そして的確だった。


 クランメンバーをうまく言いくるめ、素材を回収しオーブも稼ぐ。


 オーブおかねの許す限り、様々なパターンの合成を繰り返す。


 本来の優秀な学生としての勤勉さと頭脳を用いて、そのパターンを詳細に記録し、傾向を掴む。


 たったの三日。


 それだけの時間で、彼はかつての『夢』のきざはしにその手をかける。


 出来てしまったのだ。

 

 それは『精神安定剤』と銘打たれてはいるが、そのアイテム効果は間違いなく違法薬物のソレで、そして少なくない依存性を持っていた。


 分類としては、『状態回復薬』。


 モンスターやスキルの攻撃により、ステータスに【恐慌】という状態異常バッドステータスが付与された際に、それを回復させるアイテム。


 だが平常時に用いれば、間違いなく薬物の陶酔感や多幸感を使用者に与えくれる、まさに篠田が求めていたもの。


 欲を言えばもっと強烈で、さらに依存性の高いクスリが欲しかったが、この際贅沢は言えない。


 さらに研究し、理想のクスリを追求していけばいいだけのことである。


 そしてそれからすぐに、篠田による大学の『支配』行為が始まった。


 もちろん、彼の思惑に気づいてそれに反抗しようとする者も当然現れる。

 そんなことは、篠田には元々織り込み済みである。


 志しを共にし、篠田にとって有益となる手勢を集め、反抗する気もおきないほどの勢力までにクランを成長させればそれで良い。


 それまではじっくりと、着実に事を進めるつもりだった。


 そんな困難な過程すら、篠田にとっては『支配』への愉悦となる。


 彼は連絡のつかない両親への心配やこれからの生活に対する不安など、そんな事が瑣末に思えるほどの満足感に満たされていく。


 今日、この日までは。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「本当に使えない奴らだな」


 ニヤニヤとスマホの画面を見ながら、篠田は悪態をついた。


 数人の仲間と、そして手下。

 総数にして十五名ほどを引き連れて、篠田は目白の駅前の大通りを堂々と歩く。


「たった三人捕まえるのに何手間取ってるんすかね」


「いや、三人とも外から来たんだろ? じゃあ思ってた以上にレベルが高かったんじゃねぇの?」


「それでも六人もいりゃ囲んで余裕だろ」


「アイツらあんま頭良くなさそうだったし、なんかミスったんじゃね?」


 十五名の集団は、下はまだ成人していない青年、上はもうすぐ中年に差し掛かろうかという年齢層がバラけた集団だった。


 クラン設立時は顔見知りだけの六人しかいない規模だったが、彼らの『目的』と『行動』に理解を示した者を積極的に加入させていった結果、自然とこうなったのだ。


 このクランの『目的』からして、素行の悪い者や下卑た者、下品な男たちが集まる──それこそ犯罪集団のような構成になってしまったが、クラン長である篠田にとってはどうでも良い話だった。


 なにせ篠田にとって、クランメンバーの誰一人とっても、『支配』する対象でしか無い。


 今のところクスリの合成レシピは篠田しか知らない。


 よしんばレシピが流出したとしても、薬剤系のアイテムを300回合成した者にだけ与えられる隠しアビリティ、【調剤効率化】がなければクスリの安定的な生産は行えない。


 そしてその隠しアビリティの取得方法は、クランの誰にも開示していない。


「まあいいさ。まだ元気な女を弱らせるのも、楽しみの内だ」


 篠田が皆にそう告げると、同意を示す下品な笑いが起きた。


学生連合会敵対クランの幹部の一人も、クスリが欲しいとコンタクトを取ってきた。今や勢力で言えば俺たちの方が上だ。あの鼻持ちならない会長オンナを屈服さえ、跪かせるのもそう遠くない話だろう」


「さすが篠田さん」


「いや、この場合凄いのはクスリだよ。俺じゃない」


「いやいや、クスリもそうっすけど、篠田さんの手腕も見事っすよ」


 明らかな謙遜と、明らかな太鼓持ち。

 利害の一致と畏れでしか成り立っていない組織の会話など、こんなものだ。


「ここを右っす」


「ああ、あの公園か」


 大通りを曲がり、本来は池袋までまっすぐ伸びているはずの生活道路に入る。

 環状電車の線路がすぐ右手にある細い道路だ。


 時刻はもうすぐ21時。

 今の東京でも、夜間は街灯が道を照らしてくれる。


 篠田率いる集団は目的の公園に到着すると、奥のベンチに座っている人影を見つけた。


「おい、たった二人のメスを攫ってくるだけで何手間取ってんだよ」


 最初にその人影に近づいたのは、クランの初期メンバーで今は幹部を気取っている青年だった。


「聞いてんのか? んで女は? てか、他の連中はどうした?」


 彼らは日頃から篠田に媚びへつらっているからか、こういう場合自然と篠田を中心として囲むように移動する癖が身についてしまっている。


 道を往く時は篠田が先頭。

 事が起こった時は篠田が中心。

 襲撃があれば篠田は最後方。


 悲しいかな、小者の習性にどっぷりと浸かってしまっている。


「……あ、が……助けて……」


「あ?」


 顔を項垂れてベンチに座っていたのは、ツンツン頭の口ピアスな、あのパンク男だった。


「お、おれは……言う通りに……したのに……」


「お前、何言って──」


 男たちが、ベンチを囲んでパンク男の顔を覗こうと腰を屈める。


「お前ら! 逃げ──」


 一番早く異常に気づいたのは、やはり篠田だった。

 俊敏な動きで公園の出口に向かって走る。


 夜間の公園の暗さ故に、接近し街灯の灯りに目が慣れるまで気づけなかった。

 その男が、喉を掻き切られて血を流している事に。


「遅い」


 大河がぼそりと呟いたその言葉は、誰の耳にも入っていない。


「あ?」


 男たちの頭上から、金属音と風切り音が近づいてくる。


 そして鳴り響く、轟音と破砕音。

 土煙が舞い、微かな水音とほんの一瞬の断末魔。


 パンク男が座っていたベンチとその周囲の男たち、それら一才合切、全てを押し潰したのは──貸し倉庫に使われていたコンテナだった。


「よっし、と」


 トタン、と。

 軽やかな着地音を出して、大河がコンテナの上に立つ。


 固く土で整地されていた公園の地面に、亀裂が入っている。

 上空から投げ込まれたコンテナの重みの分だけ陥没し、沈んでいた。


「何人残ったかな?」


「二人……かな? でも一人はもうすぐ死んじゃうと思う」


「いやー、見事に全員ペシャンコに……ナイスピッチ?」


 肩にハードブレイカーを担いだ大河の隣に、悠理が降り立つ。

 続いて朱音が、目を丸くしながら跳んできた。


「お、おま、お前ら……お前ら!」


 コンテナの落下の衝撃と振動、そして慌てて足をもつれされた事で倒れていた篠田が、三人を見上げて声を張り上げた。


 篠田の位置からは、街灯の逆光により三人の姿がシルエットでしか視認できていない。


「あ、リーダーって奴が残ったのか」


「ああいう奴って無駄に運が良かったりするのよねー。でもこの場合、生きのこっちゃった方が不幸だったりして」


 篠田らが大学を出てこちらに向かってくるのを、大河は全て見ていた。


 『剣』の与えてくれた身体強化をフルに使い、ビルからビルの屋上を伝って上から監視していたのだ。


 まだそこまでのレベルに達していない朱音と少し高所恐怖症気味の悠理を公園に残し、両手足を縛ったパンク男を連れて、しばらく篠田らの集団を観察していた。


 その際に篠田がクランのリーダーである事、クスリの製法レシピは篠田しか知らない事などを、パンク男から聞き出している。


 そして一通りの観察を終え、公園に戻って作戦開始。


 近隣にあった貸しガレージの小さめのコンテナの接続部は、『硬い物ほど切れ味が上がる』というハードブレイカーの特性により簡単に切断できた。

 

 大河のレベルであればある程度中身さえ抜いておけば、この程度のコンテナなら持ち上げて跳躍できることもここで試し済みだ。


 そのコンテナを公園近くの低層アパートの屋上に隠し、もう用済みであったパンク男の手足の腱と喉を掻き切って、ベンチに放置。


 そもそも大河は、最初からこの男を殺すつもりだったので、なんの躊躇も無かった。


 すぐに殺さなかったのは、囮に使うため。

 ある程度生かしておけば、うめき声を上げて篠田らを呼び寄せるんじゃないかと思案した結果だ。

 暗い公園と、街灯の真下ゆえに滲むシルエット。

 そして喉を切られた事で発声できず、うめき声しか出せない男。


 これらの全てが曖昧な光景なら、すぐに怪しまれずにある程度公園に踏み込んでくれるかな……と期待していた。


 そして、全てが上手くいく。


 こうまで計画通りに事が進むとは、発案した大河ですら考えていなかった。

 なにせ大河は戦術やら罠やらの素人。

 人見知り故に他人の考えや行動の機微に疎い自覚もある。


 期待半分で仕掛けた罠がこうも上手くいくと、少し戸惑いも出てくるのが本音だ。


「なんでノコノコとトップが出て来ちゃったのよ。こういうのって普通手下に任せない?」


「さあ? バカなんじゃないですか?」


 コンテナを見上げる篠田に、朱音と大河が冷ややかな視線を送る。


「ぐっ!」

 

 圧倒的な不利へと追い込まれた篠田の脚が、恐怖で震え出す。

 

 その脳裏は、後悔と大河たちへの悪態で埋め尽くされている。


 普通なら、朱音の言った通り手下に命令して自分はあの安全な大学校舎奥で踏ん反りかえっていただろう。


 なら何故、こんな場所まで来てしまったのか。


 それは、篠田の悪癖が全ての原因だった。


 先週あの大学に到着した、スレンダーで高身長の美人。

 自分らのクランを警戒し、クスリの勧めも断り、その上で売人バイヤーを殴ってクランに反抗する生意気な女。

 人数を集めて攫おうにもその女は勘が鋭く、そしてそれ以上に姿を隠すのが上手かった。

 朱音が篠田を苛つかせれば苛つかせるほど、『支配』した時の達成感が増していく。


 そして今日見つけた幼さの残る美少女。

 大人しめの見た目に、良く育った身体。

 全てが篠田の好みで、彼の『支配欲』を強烈に刺激した。

 しかも、彼氏らしき男がいる。

 そいつを拉致し、言う事を聞かねば彼氏を殺すなどと脅せば──そんな計画を一瞬で妄想できるほど、悠理に惚れ込んだ。

 

 一目惚れ──とでも言うのだろうか。

 

 篠田にとって悠理は、今最も求めている理想の獲物だったのだ。


 そんな二人が──『激しく抵抗して縛られている』。

 そんな一報を聞けば、居ても立っても居られなかった。


 篠田にとって『獲物の抵抗』とは、『食材の鮮度』に等しい。


 時間が経てば、獲物に諦めの感情が湧いてくる。


 それでは面白くないのだ。

 

 ならば部下の手ではなく、自分自身の手で──すぐにでも屈服させなければ。


 そう考えてしまったのが、彼の運命を決定づけた。


「んじゃ、サクッと殺しておきますか。あの大学も、アンタが居なくなれば少しは綺麗になるでしょきっと。いや知らんけど」


「あ、朱音さん。俺がるから」


 コンテナの上から、朱音と大河が地面に飛び降りた。


「え、いやアタシだってできるよ?」


「ううん。コイツは悠理に目を付けた。悠理を傷つけようとしてた。だから許せないし、簡単に殺してやりたくない」


 大河は肩に構えていたハードブレイカーを一度大ぶりし、地面を抉る。


「あ……そう、アンタ愛されてんのねぇ」


「えへへ……えへへへへ」


 呆れ顔の朱音がコンテナの上の悠理を見ると、嬉しそうにはにかんだ悠理が、両頬を押させながらくねくねと悶えていた。


(ぶっ壊れてるなぁ……この子たち……)


 今その足元で何人もの死体があるというのに、今目の前で人が殺されるというのに、悠理は熱にうなされているかのような熱い視線を大河に送っている。


(まぁ、悪人と一緒に旅するよりなんぼか気が楽だし、アタシの貞操も安全だし。良いか)


 朱音はそう考えて、コンテナにもたれて頭の後で腕を組む。

 すでに事の顛末を見守るポジションに収まってしまった。

 

 願って二人について来た立場で、口を出せるのはここまでだ。


「よし、覚悟は済んだか?」


「ま、待て! クスリ、クスリやるから!」

 

 もはや震えて言う事を聞かない自分の足を呪いながら、篠田はなんとか大河から逃れようと腕の力だけで公園の地面を後ずさる。


「いらねぇよ。もし必要だとしても、お前を殺してから奪えばいいだけだしな」


「な、なぁ待ってくれよ! 話を、話を聞いてくれ! そ、そうだ! 君を俺のクランのリーダーにしてやろう! あの大学を『支配』してさ! 馬鹿な奴らを言いなりにしてさ! 女も、クスリも思いのままだ!」


「興味ない」


 そして大河は、篠田の右足を切断した。


「ひぎっ、ぎゃああああああああああっ!」


 あまりの痛さに、そして恐怖に悲鳴をあげる。


「お前は、悠理を怯えさせた。悲しい顔をさせた。傷つけようとした。汚そうとした」


 大河は一歩、篠田に近寄る。


 切断された右足を抱え、涙と鼻水と涎で顔をくしゃくしゃに汚した篠田は、大河の顔を見上げる。


「ひっ、ひぃっ、ひぃいいいいいっ!!」


 その表情に、色が無い。


 感情が、一切見当たらない。


 怒りと侮蔑と呆れに染まった大河の感情は強いて言うなら『漆黒』に近く、夜の闇と同化し塗りつぶされている。


「お前が終わる理由だ。ちゃんと覚えて、後悔してから死んでくれ」


 これより篠田の人生にとって最も辛く、最も痛く、そして最も恐ろしい五分が始まる。


 そしてそれは、彼にとって人生で最後の五分間だった。


 彼の人生は、大河によって『支配』されて終わったのだ。

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