朱音③


「ねぇ君たち、なにしてんの?」


 目白駅から少し離れた、線路沿いの公園のベンチ。

 そこに座って飲み物を飲みながら朱音を宥めていると、六人ほどの男性が話しかけてきた。


「……休憩、してるんすけど」


 剣呑とした目つきで大河は答える。


「なんか用?」


 朱音も同じく、彼らに対して敵対心を隠そうとしない。


「いや、ね? ほらここらへんモンスター多いじゃない? 迷ってるんだったら、俺らが目的地まで送っていくけどってさ」


「女の子二人に男一人じゃ、危険じゃん?」


 そう言っている男たちの目は、一度大河をちらりと見た程度で後は悠理と朱音の顔と身体をジロジロと不躾に品定めしているように見える。


「はぁ……」


 朱音がさきほど取り乱してボサボサとなってしまった頭を掻いて、大きなため息を吐く。



「大河と瀬田さんの言ってた通りになったね」


 悠理はそう言いながら、新宿で購入したお気に入りのタンブラーを傾けて、中身に入った紅茶をちびちびと飲む。

 ちなみに絵柄はここ数年SNSでバズった可愛らしい動物キャラがピクニックをしているイラストだ。


「まぁ、こういう人たちは辛抱強くなさそうなイメージだったから」


 大河も同じ絵柄の、色違いのタンブラーでコーヒーを飲んでいる。

 悠理の強めの押しに負けて購入したものだが、別にタンブラーの絵柄に拘りなんてものは無いので、なんの問題もなく使用していた。


「白々しい嘘に、わざとらしい演技。なんか見ているこっちが恥ずかしくなるわ」


 朱音の飲んでいるタンブラーは、大河の予備分として購入したシンプルな銀色。


 それぞれに注がれた紅茶やコーヒーは、悠理がドワーフたちから購入した茶葉や豆を、これまたドワーフたちから聞いた方法で淹れたものだ。


 出来ばえは未熟さこそ感じるが、全然飲めるし市販よりも好みの味だと、大河からお墨付きをもらっている。


「なんの話?」


「おい小僧、年上と会話する時は立った方がいいぜ? 社会人経験のあるお兄さんからのアドバイスな?」


 六人の男は、そんな三人を見ながらまだヘラヘラと笑っている。


「瀬田さん、見覚えは?」


「ある。後ろのツーブロックの奴。アイツ三日前に女の子にクスリを売りつけてたのを見た」


「じゃあ確定──」


 そう言って大河は、男たちから見えないようにベンチ横の植栽に隠していたハードブレイカーを引き抜き、そして力一杯起き上がって跳躍した。


「──だっと」


「へ?」


 最初に一人、一番後ろに居たロン毛の男の身体を横に薙いだ。


 勢いそのままに、ロン毛の左横に立っていた金髪の男を、右脇腹から左肩にかけて逆袈裟に振り上げた。


「は?」


 斬られて地面に落ちた男二人は、自分が斬られたという事実さえ認識できず、未だ立ったままの己の下半身を見る。


「ひゃっ、ひゃあああああああっ!?」


「お、おおおおおお、俺っ!?」


 腕をバタバタと動かして、自分の血を浴びる。


「なっ、テメェ!!」


抜剣アクティブ!」


 残った四人が慌てて『剣』を顕現させ大河に向けて構えるが、今の状況が既に詰んでいる事に気づけていない。


「アタシから目を離しちゃダメでしょーよっと」


 一番近くに居た──最初に話しかけてきたニット帽の男の背中を、朱音が『咎人の剣』で突き刺した。


「あがっ、がああああああっ!?」


 大河の初動に対処できなかった時点で、この男たちの未来は決まっていた。

 あのまま尾行を続けてもそもそも三人をどうこうできる訳は無かったが、こうして挟み撃ちにされ、人数の有利も無くなった時点で終わりだったのだ。


 辛抱強く尾行を続けていればまだ死ぬまでの時間が稼げたし、諦めて大学に戻っていれば死ぬ事もなかった。


 公園から動かない大河らに焦れて、数の多さに慢心して出てきたのが間違い──いや、そもそも大河に、そして悠理に目をつけたのが絶望的に間違っていた。


「瀬田さん、その口ピの奴にする。さっきからそいつがこの中のリーダーっぽかった」


「了解、今日のラッキーマンは君だ」


 そう言って朱音は『剣』を持っていない左手を固く握り、近くにいたツンツン頭のパンクな口ピアスの男に向かってまっすぐ突いた。


「がっ──!」


 パンクな口ピアス男はその拳を腹に受け、肺の空気を吐きながら地面に倒れもんどり打つ。


「おりゃ、寝とけ」


 腹を抑えて暴れる口ピアス男の後頭部をピンポイントに狙い、軽く蹴る。

 男は言葉も発さず、白目を剥いて昏倒した。


「良し」


「それじゃ、あとは話した通り要らないんで」


「おっけー」


 公園のベンチ座っている間、ずっと作戦を練っていた。

 なにもずっと朱音が暴走していたわけでは無いのだ。


 大河は最初から尾行者を殺すつもりでいたが、悠理はともかく朱音が人殺しを了承するかはわからなかった。


 なので休憩がてらに『俺はアイツらを殺せるし、殺すつもりだけど、どう思う?』と質問すると『いいんじゃない? アブないクスリで人を操ってるクソやろーどもだし、アタシもこの一ヶ月で何人か……殺してるし』と軽く返ってきたので、作戦を一気に練ることができた。

 

「ひっ、助け──」


「クソっ! 舐めん──」


 残りの二人はあっけなく、大河の目にも止まらないハードブレイカーの往復で首を落とされ、その首は勢いよく飛んで線路の向こうへと飛んでいった。


 残された身体がばたりと倒れ、両手足を突っ張らせて痙攣している。


「邪魔」


 朱音がそんな男たちの身体を蹴って、公園の広場の中央へと飛ばしていく。


「終わりっと」


「いやー、手応えなかった。別に『剣』を出さなくても済んだわねこりゃ」


 朱音は鼻息荒くそう呟くと、『剣』を右肩に構えて腰に手を当てる。


「悠理、血は?」


「大丈夫、付いてないよ」


 悠理の持つヒーラーズライトは、強力な回復魔法が使える代わりに、他者やモンスターの血液をその身に浴びると魔法の効果が激減するという特性を持つ。


 だから戦闘後に『ぼうけんのしょ』アプリのステータス画面で、自分のステータスに変化が無いかを確認する癖が付いていた。


 ちなみに少しでも血液が付着すると、『穢れ』というバッドステータス表示が赤く表示されるのでとてもわかりやすい。


「それにしてもレベル15はさすがに強いわねー。アタシ最初の跳躍、全く分からなかったもん」


「でも瀬田さん、俺のこと目で追ってませんでした?」


「目はね。追えるっちゃ追えるんだけど、意識が追いつかなかったのよね。アタシももっと頑張ってレベル上げないとダメだわこりゃ。10離れるだけで手も足も出なくなっちゃうなんてね」


 手に持つ『剣』を納剣イナクティブしながら、大河と朱音が感想戦のような会話を続けていく。


 悠理はそれを紅茶を飲みながら眺めている。


 人の死に慣れた若者たちの、人を殺すことに慣れた若者たちの、ありふれた光景がそこにあった。


「ああ、そういやアンタら。瀬田さんじゃなくて朱音って呼んで欲しいな。なんか苗字で呼ばれるの堅っ苦しくてさ」


 朱音は二人にそう言って、自分を指差す。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……あがっ! 痛ぇ!」


 両手両足を古びた麻縄で雑に固く縛られた口ピアスのパンク男が、頬を張られて目を覚ました。


「なっ……何が……ってお前ら!」


 事態の把握が遅れて認識できた口ピアスの男は、自分を見下ろす二つの影に向けて叫ぶ。


 場所はさっきの公園からそう離れていない、民家のガレージの中。

 シャッターをハードブレイカーで破って侵入してきたので、入り口から光が射している。

 

 その光を背後にして、大河と朱音が男を見下ろしている。


「おはよー」


 あっけらかんとした口調で、朱音は男に右手をひらひらと振る。


「お前以外の奴は全員殺したぞ」


 大河はなんの感情も篭っていない視線で男を見て、冷たい口調で言い放った。


「おおおおお俺にっ、なんの用だ!」


 強がりつつも既に身体は恐怖で震え、奥歯がカタカタと音を鳴らす。


「質問があるだけだ」


 大河はそう言って、ガレージの脇に並べてあった一斗缶を手に取り、口ピアス男の顔のすぐ横にわざと大きな音を出して乱暴に置いた。


「まず、俺らを狙った理由。だいたい察してるけど、お前の口から聞いておきたい」


 その一斗缶の上に行儀悪く足を広げて座り、大河が問う。

 ちょっと演技くさいかな? と恥ずかしくなったのは必死に押し隠した。


「ね、狙ってなんかいねぇ! たまたまあの公園で見つけただけ──」


「──じゃないよねぇ? 大学の聖碑の周りでずっと私とこの子たちのこと見てたの、気づいてたよ?」


 男が良い終える前に、朱音がその腹に軽く蹴りを加えた。


「──がはっ!」


 朱音的には軽く小突いたつもりだったが、その予想に反して男の身体はガレージの壁にしたたかに打ち付けられる。


 大河が朱音の顔を見ると、『やっちゃった☆』みたいな顔で舌を出しておどけている。


「まっ、待って! ちゃんと話す! ちゃんと話すから!」


 自分の涎と胃液と涙でぐちゃぐちゃになった口ピアス男は、その端正な顔を歪めて哀願した。


「よし、キリキリ話せ!」


 朱音はキリッと顔を引き締めて、男に命令する。

 そんな朱音に、大河は冷ややかな視線を送った。


「そ、そこの女の子が正門に入った時から、リーダーがずっと目をつけてたんだ! お、俺らは命令されて、連れて来いって言われただけで! 本当だ! 俺らだってリーダーには逆らえないんだ! 仕方なかったんだって!」


 ボロボロと涙を流しながら、口ピアス男はガレージの入り口のすぐ横で大人しく立っていた悠理を見た。


「……また、そういう話」


 悠理は眉を顰めて、悲しそうに俯いた。

 容姿が他人より秀でていると自分でも評価しているのは、こういった異性からの注目を良くも悪くも頻繁に受けてきたからだ。

 新宿でもそうだったし、ここでもそうだ。

 悠理はそれが、大河の迷惑になっているのがとても悲しい。


 そんな悠理の姿に、そして男が悠理を見たことに腹を立てた大河は、一斗缶から立ち上がって口ピアス男にゆっくり近づく。


「よっと」


 男の横で腰を落とし、前もって回収しておいた男のスマホを左ポケットから取り出し、見せる。


「今からアンタの手を解放する。暴れたら──わかるな?」


「あ、ああっ!」


 大河の言葉に、口ピアス男は何度も頷いた。


「フレンドメッセでリーダーをあの公園に呼び出せ。理由は──そうだな。あんまりにも暴れるから遊具に縛りつけたとか、そういうのでいいだろきっと。お前らみたいな性欲に頭ヤラれた馬鹿はそれで騙せる。画面は俺と朱音さんが監視してる。もし変な文章書いて助けを求めようとしてみろ。俺の思いつく限りの方法でお前を痛めつけて、散々苦しめてから焼き殺す」


 怒気と軽蔑と殺意の篭った視線を送る。


「わ、わかり、ましたああ」

 

 口ピアス男は大河のあまりの殺意に怯え、小便を漏らしながらそう答えた。

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