高田馬場→目白→池袋
ドワーフたち
※サブタイトルが間違えてました。「池袋へ①」→「ドワーフたち」
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アルコール臭の漂う甘い夜が明けて、二日後。
大河と悠理は三度ドワーフの大工房を訪れていた。
なおあの夜の翌日、大河は生まれて初めての二日酔いを体験し、側頭部を殴られ続けているかのような頭痛と、慣れない酒で荒れた腸内の具合によって部屋から一歩も出れなかった。
仕方なくもう一泊をあのウィークリーマンションで休み、忘れていた盾の購入と、ジョブオーブの合成を済ませに来たのだ。
「ほれ、これが『
そう言ってドワーフの一人が、深い朱色の宝玉を大河に手渡す。
「ありがとう。値段は2,000オーブだったっけ?」
右手にスマホを持った大河が、左手で受け取った『
「ああ、初級のジョブオーブの合成は一律同じ値段じゃ。他の初級のジョブーオーブと盾も購入するんじゃろ? なら今回は安くしておいてやる」
「マジ? 助かる」
「お前さんとはなんだかんだ長い付き合いになりそうな予感がするからの」
そう言ってドワーフは工房入り口のすぐ横にある、背の低い棚から大きな皮袋を取って大河に差し出した。
「ほれ、基本の初級職のジョブオーブ七種が五つずつじゃ。一つ500オーブじゃから、これに合成代金を足し、少し値引きをして──そうじゃの、15,000でええぞ」
「えっと、500×5で2,500……んでそれが7セットで17,500……合成代金が2,000だから19,500……4,500もまけてくれのか?」
頭の中で計算を終え、ドワーフから皮袋を受け取る。
「初回割引だと思ってくれたらええ。ほれ、お前さんが使えそうな盾からいくつか見繕って来た。実際に持ってみて使用感を確認してみろ」
棚の横に立てかけられていた円形の金属をこんこんと指の関節で叩き、ドワーフは大河に向けて首で促す。
「使用感って言ったって、盾なんか一度も持ったことないからわかんないんだよな……」
「そう思って、軽量かつ小型で安価な取り回しの良いラウンドシールドを選んでおる。これなら『剣』の持ち替えもできるし、重さもそう感じんじゃろ」
促された大河が、壁に立てかけられている中の一つを選んで取る。
盾の内側には革のベルトが二本と、簡単な木製の取手が取り付けられていた。
「えっとこのベルトで腕を固定して、取手を握るんだよな?」
「取手は盾をしっかりと保持したい場合に取りゃええ。『剣』を持ち替えたい時に手を離しても落ちんためのベルトじゃ。ああ、今ここにあるのはどれも安価じゃから、アイテム効果はほぼ無いぞ。防御力が上がるだけのシンプルな物ばかりじゃ」
大河はドワーフの説明を聞きながら、利き手とは逆の左腕にベルトを通し、金具でがっちり固定する。
「うん……まぁ……大丈夫かな?」
取手を持ち、腕をぶんぶんと振り回す。
「色々試してみろ。形状は同じじゃが素材が違うでな。装備した感覚は大分変わるはずじゃ」
「わかった」
頷いて、大河はまた違う盾を触って確かめていく。
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一方、悠理は工房の奥から続くドアの向こう、ドワーフ達の生活する宿舎の台所で、女性のドワーフから食材を購入していた。
「鍛治屋と水は切っても切り落とせない重要な物だからね。だいたいの工房は川の近くにあるんだ」
「へぇ、じゃあそこでもここと同じ食材が買えたりします?」
「ああ、多分ね。と言っても、廃都で一番規模の大きな工房がウチで、他の工房は少し小さい。だから品揃えはあんまり期待するんじゃないよ」
見たことも聞いたこともない魚を、丁寧かつ素早く三枚におろす女性ドワーフは、手を止めずに悠理にそう語った。
「このマッハアユって魚は、焼いて食べるの?」
「基本的に川の魚はちゃんと焼かないと、デバフがかかるよ」
「そっか……」
「その代わり焼くとバフがかかるんだ。覚えておきな」
音速で川を泳ぐモンスター、マッハアユを数匹捌いて、その切り身を銀のトレーに並べていく女ドワーフ。
「この銀のトレーは、食材を長持ちさせるアイテム効果があるんだ。オマケで三枚サービスしとくから、他の食材も買っていってくんないかい? 普通に手に入れるとなると高くつくよ。このトレーは」
女ドワーフは銀のトレーを手に持ち、悠理に見せる。
「どのくらい長持ちするの?」
「アイテムバッグに入れた状態で、二日で腐る魚が一ヶ月。七日で腐る肉が一ヶ月半くらい保つよ。食材によって保存期間が変わるから、こまめに状態を確認しな」
「うん、じゃあ貰っちゃおうかな」
差し出された銀のトレーを受け取り、悠理は魚の切り身をまじまじと観察する。
どうやら捌き方を見て覚えようとしていたようだ。
その他にも別の魚や果実、モンスターからドロップしない調味料などを購入し、ついでに調理方法もいくつか教わって、ホクホク顔で宿舎を後にした。
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「世話になっちまったな」
「何、ちゃんと代金は貰っておるから気にするな。いいな、『剣』の修繕の事を忘れるなよ。使い続けていく内に違和感が出始めたら、何を差し置いてもワシらの工房に来い。お前ら自身の命に関わることじゃからな」
大河は工房を出てすぐ目の前の車道で、職長ドワーフと手を交わす。
「あんたら、これからどこに向かうんだい?」
「池袋です」
少し離れた場所で、悠理も女ドワーフの何人かと別れの挨拶をしていた。
「水没都市か。なら、水上移動ができるモンスターをテイムしたらええ。確かイッカクジュゴンが生息していた筈じゃ」
「すいぼつとし……? テイム……?」
職長の口から聞き慣れない言葉が出て来て、大河が頭を捻る。
「なんじゃ知らんのか。古代の都市のほとんどが水没して、その遺跡の上部が水面から出ていることから名付けられた名じゃ。
「二週間前くらいに、あそこから何人か巡礼者が来たのう」
「確か、人間同士の食糧と水の奪い合いで負けたかなんかで、追い出されたとか言ってたわい」
「無礼で実力も無い奴らだったな。ワシらの食糧を寄越せと急に工房に押し入って来たので、全員川に投げ込んでやったわい」
「あっという間に川魚に
ドワーフたちが軽い口調で人を殺したと語る。
そして笑っている。
大河と悠理はそんなドワーフ達を見て、そして顔を見合わせて複雑な表情を浮かべた。
しかし相手はドワーフたちに対して強盗を働こうとしたらしい。
なら今の東京では、返り討ちにあって殺されても何も文句は言えない。
もうこの世界は、そういう世界になったのだから。
「そのイッカクジュゴンをテイムするには、どうしたら良いんだ?」
思考を切り替えた大河が、職長に質問をする。
「なに、簡単なことじゃ。時間をかけて飼い慣らしたらええ。エサをやったり、身体を撫でたりしてな。相手がテイムされる気になれば身体のどこかに紋章が現れる。それに触れて名前を付ければ完了じゃ」
「……うん、わかった。教えてくれてありがとう」
「じゃあ、私たちは行きますね」
別れの賑わいの中に突如さしこまれた冷ややかな話題に尻込みし、悠理はさっさとこの場を立ち去ることで忘れようとしている。
「また来るよ」
それを察した大河も、別れの挨拶を軽く終わらせる。
そして二人は大工房のドワーフ達、総勢三十名ほどに見送られて、高田馬場から目白へと向かって歩き出した。
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「人の命が……軽い世界なんだね」
「そうだとしても、もう俺にはなんも言えないんだけどな」
「大河は悪くないよ。私を守るために人を殺したんだもん」
どこか元気を無くした二人が、とぼとぼと車道の真ん中を歩いている。
「目白の大学に聖碑があるらしいけど、どうする?」
「一応触りに行っておこうよ。池袋だっていつ到着できるかわかんないんだもん。中継地点は多い方が良いよねきっと」
そう言って悠理は大河の右腕を抱いた。
「顔も知らない他人がどうなったとか、考えても仕方ないことだもんね。前の東京なら、そういうニュースを見たら少し考えたりしたけど、今はもうどこにでも溢れてる話だもん」
「……そう、かもな」
それが善良な人間とされた。
でも今はそんな善良な人間から、食い物にされてしまう。
それはあの新宿駅でもそうだったし、アルタ前広場では日常茶飯事に良く聞いた話だ。
東京は──変わってしまったのだから。
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