鍛治の音が聞こえる街③
「いいか、まずはお前の『剣』を炉内で溶かし、柔らかくする」
「え、それって大丈夫? ちゃんと元に戻るのか?」
「ワシらならな。普通の鍛治師なら無理じゃ」
大河は工房奥の大型炉の前で、職長の話を聞きながらその作業を眺める。
倉庫に走った後しばらく経って、やがてなにやら素材を大切そうに抱えながら戻ってきたドワーフたちは、呆気に取られている大河と悠理に目もくれずその見た目からは想像もできない機敏な動きで作業に入った。
そもそも、大河も悠理も彼らに何も依頼していない。
それなのにまるでそれが当然の様にドワーフたちは二人の『剣』の修繕と強化を始めている。
文句の一つでも言おうかと考えたが、下手な事を言うと全員から怒鳴られそうで結局大河たちは何も言えなかった。
「並行して、こっちの小さい炉で別の
大型炉から少し離れた場所に、比較して小さい炉が設置されていた。
そこはまるで台所の様な作りになっており、手押しポンプの流し台や太い木製のまな板、そして切れ味の鋭そうな出刃包丁や金属製の槌が置かれていた。
「虫の殻とか宝石で、本当に強度があがるのか?」
「普通の剣なら上がらんな。しかし巡礼者の持つ『剣』は、人間の精神と同様に外部からの影響を受けやすい神秘の器物。この場合、より強固な『硬い』と言う概念を取り込み、その在り方に微細な変化を取り入れることが重要なのじゃ。ワシらはこれを『概念鋳造』、出来上がった金属を『概念合金』と呼称しておる」
「なにもかもが普通の鍛治と違うってことか……」
大河に説明しながらも、職長のその目は大型炉の下部に開けられた火口ただ一点を凝視している。
「
大河の背後で別の工程の準備をしていたドワーフが、その手を一度も止めずに大河に話しかけた。
「え、じゃあ俺ら、今日はどうやって宿に戻れば……」
振り返ってドワーフを見ると、なにやら勝ち誇った様に目を歪ませて笑う。
ここにいるドワーフたちは、皆が口をふさふさの髭で覆っているせいで目でしか表情が読めない。
「心配するでない。送り迎えはワシらの中から手の空いた者がする。お前らが良ければ工房の横にあるワシらの宿舎で寝泊まりできるが、たいていのモンはワシらの部屋の汚さと仕事の音を嫌って逃げ出す。素直に宿に戻った方が案内の面倒が省けて楽じゃ」
この大工房から高田馬場駅までの道程は歩いて五分くらいだが、その間まったくモンスターが出ないわけではない。
大河と悠理のレベルだとこのあたりのフィールドモンスターなら軽くあしらえるが、それは『剣』をちゃんと所持していればの話だ。
「良かった。じゃあ、今日のところは宿でゆっくり休んでおくか……」
予定では今日このまま目白に向けて出発するはずだったが、こうなってしまっては高田馬場から動けない。
大河は工房を見渡して悠理の姿を探す。
「おーい」
工房入り口で別のドワーフから説明を聞いていた悠理が、呼ばれて大河を見た。
「どうしたの?」
説明をしてくれていたドワーフに一旦中座するとジェスチャーで伝え、悠理は大河へと駆け寄った。
「あー、なんか一日じゃ終わらないらしいんだ。宿まで送ってくれるらしいから、今日はもう戻ろうかなって」
「うん、私もさっきその話を聞いて、大河と相談しようと思っていたの。私の『剣』の強化素材の代金はもう支払ってあるから、いつでも戻れるよ?」
ドワーフたちが倉庫を総浚いして運び出したのは、色とりどりの小さな石が二十個ほど。
聞けば純度の高い希少な魔石とかいう素材らしく、本来の価値は今の大河たちにはどうやっても支払えない金額の代物だ。
しかし珍しい『剣』をどうしても触って強化したいドワーフたちの事情から、馬鹿みたいに安い金額を提示され、有無を言わさず了承させられてしまった。
ちなみに大河の『剣』の素材は今まで倒したモンスターからドロップした素材で賄えるため、こちらは安い金額で収まっている。
「わかった。しかし……この調子でオーブを使い続けていたら、あっという間に無一文になりそうだな」
「生活費に宿泊費、レベル上げに『剣』の成長に使う分……こういうイレギュラーな浪費もあるし……池袋についたら、またクエストを頑張らないとダメかもね……」
新宿を出た時に所持していたオーブは、まだだいぶ余裕がある。
しかし一日に使う分が明らかにハイペースで消費されているので、気を抜けばすぐにでも枯渇してしまいそうだ。
「宿に戻るんであれば、ワシが送ろう。ワシは仕上げを担当しておるから、出番はまだ先なのでな」
「お願いします」
暇を持て余していた一人のドワーフが、彼らの体格に合わせて作られた小さな椅子から立ち上がって工房の入り口へと歩く。
「じゃあ職長、お願いな」
「ワシらの
職長に挨拶をし、他のドワーフたちにペコリと頭を下げて、二人は大工房を後にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ああ、ジョブオーブの合成か。中級までの合成ならワシらでもできるぞ。時間も五分とかからん」
大工房から宿に戻る道すがら、大河の質問にドワーフはそう答えた。
「ただ、専門の器具が必要になるのでな。明日でええか?」
「ああ、『剣』が無い今急ぐ必要ないし、それで良いよ」
ドワーフの歩幅に合わせた移動なので、来た時よりもゆっくりとした足取りで歩いている。
なんだかんだで時刻はそろそろ夕方、陽の落ち始める時間だった。
「ちなみに、『戦士』と『ファイター』の合成で何になるんだ?」
「ああ、初級職の『
ドワーフは懐から、海外の映画やドラマなんかで良く見る酒の入った缶──スキットルを取り出し、蓋を外して一気に煽った。
「もう少し出来の良い盾もあるが、今のお前じゃ扱えんだろうし、そもそも値が張る。盾の扱いを覚えるまでは、身の丈にあった物を使えばええ」
「盾、かぁ……なんか嵩張るイメージしかない」
片手に『剣』、もう片手に盾を装備した自分の姿を思い浮かべ、大河は苦い顔をする。
今の大河は『剣』のステータスアップを活かして、身軽さで敵を翻弄して隙を突いて仕留める戦法を得意としている。
盾を装備すれば『剣』を持ち変える事も難しいし、なにより重さに翻弄されてしまいそうで怖い。
「なら、『戦士』と『盗賊』を合成させた初級職の『暗殺者』のジョブにすりゃええ。一撃の威力と防御こそ据え置きじゃが、攻撃速度はグンと上がる。一度熟練度を溜めたオーブは新しいオーブを買えばもうすでに熟練度が満たされておる状態で手に入る。初級のジョブオーブは買い溜めしておいた方がええぞ」
「それも工房で売ってるのか?」
「あるぞ。ありすぎて倉庫の一角を埋めるほどある。ぶっちゃけ邪魔でさっさと売り捌きたいんじゃが、あれも女神様のお力の一端じゃから無下に扱えんくて困っておる。お前ら、それぞれ100個くらい買っていかんか?」
「100個もいらねぇよ……同じ種類のアイテムは20個で一枠埋めるんだぞ? 一種類に五枠なんて、邪魔でしかない」
現在、大河と悠理が持っているマジックバッグは四つ。
三つは新宿駅にいた時から使っているもので、一つはあの半グレクランのメンバーを殺した際に奪ったものだ。
チュートリアルクエストをクリアした物だけが持つマジックストラップ。
アイテムバッグを作るために必要なそれは、新宿では意外と所持している者は少なかった。
それもそうだろう。
本来のゲームと違い、モンスターと戦って負ければ死ぬ。
チュートリアル期間のモンスターはどれも弱かったが、みな当たり前に死にたくないので、あの【モンスターを10体討伐する】というクエストを達成できなかった者は多い。
「初級のジョブオーブはいくらあっても足りないと思うがのう。中級以上のジョブを合成するとなると、初級のジョブオーブが単純に8個必要になる」
「え?」
「たとえばじゃ。初級の『魔法使い』を二つ合成した『魔導師』を更に二つ合成すると『魔術戦略師』となる。更に『魔術戦略師』を二つ合成すると、そこでようやく中級の『大魔導師』じゃ。特殊職や上級職のオーブの殆どは、その中級のジョブオーブと特殊なアイテムの合成となるが、それでも初級のオーブを大量に合成しないといかん」
頭の中でゆっくりと計算し、大河はげんなりとした表情を浮かべる。
「め、めんどくせえ」
「まあ、ワシらもジョブに関しては回りくどいとは思うとるが、その工程の長さに比例して強力なアビリティやスキルが手に入ると思えば、巡礼者なら手間を惜しんではいかん」
(ここらへんの無駄にめんどくさい感じ……やっぱ綾だな)
生前の親友の性格を思い出す。
凝り性ゆえに物事をシンプルに捉えられない性分であった綾は、こういった自身の性格を自虐混じりに笑っていた。
彼が自分の妄想したゲームを『クソゲー』と評したのも、このあたりの煩雑さから来ていたのかも知れない。
「嬢ちゃん」
「えっ、私?」
大河とドワーフの会話をどこかつまらなさそうに聞いていた悠理は、突然話しかけられて動揺した。
「嬢ちゃんはせっかくあの祈祷剣杖を持ったんじゃ。『僧侶』と『学徒』を合成した『看護師』のジョブがワシとしてはお勧めじゃな。回復系の魔法や病気系の状態異常回復の魔法が豊富じゃ。系統を更に深めていけば、たとえば四肢の損失なんかも治せるようになるらしい。ワシらはそこまで極めたジョブを見たことがないが、そういう逸話は良く聞く話じゃ」
かなり大きなスキットルをいつの間にか飲み干していたドワーフは、懐から更にもう一本を取り出し、また蓋を開けてぐびっと煽る。
大河と悠理は一体どこにそんな大きな物をしまっていたんだと一瞬訝しんだが、着用している繋ぎの内ポケットにマジックストラップが見えたので、そこがアイテムバッグ化しているのだとすぐに気がついた。
「えっと、『学徒』? あれ説明を読んだ感じだと全然強くなかったから、あんまり意識してなかったんだけど」
「成り立ての巡礼者はあのジョブを軽視しがちじゃな。たしかにステータスの恩恵もなく、戦闘用のスキルもない。だが【観察】と【学習】のアビリティは以外と有用じゃぞ?」
ドワーフの言う二つのアビリティ。
その内の一つである【観察】は、対峙するモンスターの弱点部位を探ることのできるアビリティだ。
ただその弱点を見極めるまでに短くない時間を要する上に、その時間はモンスターが強ければ強いほど長くなるという、なんとも使い勝手の悪い物だった。
もう一つの【学習】というアビリティは、習得することでジョブオーブの熟練度が溜まるまでを《極小》時間短縮すると言う物である。
こういった少し特殊な技やシステムは、ゲーム未経験者やライトゲーマーではその有用性に気づけない類のものだ。
熟練者ほど、こういった深い理解を必要とするテクを重要視する。
「しかもあのジョブオーブは、他の初級職と違って熟練度が溜まり辛いのでな。余計に軽視されてしまう。お前らも生き残って巡礼の旅を続けたいのであれば、こういった一見して意味のなさそうなアビリティやアイテムを深く考察する癖をつけい」
さっきよりも早くスキットルを空にしたドワーフが、うんうんと頷きながら二人に忠告をする。
「……わかった。ありがとう」
「ありがとうございます」
どことなく上から目線のように聞こえるその忠告に、しかし二人は不快感など微塵も感じず、素直に礼を述べた。
「うむ、若者は素直であれ。良いことじゃ。お前らはきっと強くなるな」
上機嫌のドワーフが、路地から飛び出てきたじゃがいも風のモンスターをあっさりと斧で斬り落としながら笑った。
いつの間にかその手に持っていた斧に驚き、大河と悠理は目を丸くしてお互いを見る。
そしてゆっくりと道を進み、駅前の宿に到着した二人は相変わらず上機嫌で帰路に着くドワーフを最後まで見送って、宿に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます