鍛治の音が聞こえる街②


「ここが、大工房か」


 高田馬場の駅前にあるウィークリーマンションで一泊して、翌日の昼過ぎ。

 大河と悠理は駅から少し離れた場所にある、ドワーフの工房へと赴いていた。


「大きいねぇ……」


 悠理は口を大きく開けて、レンガで造られた平家の天井を突き抜ける巨大な煙突を仰ぎ見ている。


「何作ってんだろうな」


「気になるね」


 大工房の存在は酔っ払いの警備員男性の証言しかなく、探すのに手間取ると思っていたが、朝早くから鳴り出した槌の音と、この大きな煙突が目印となって意外にも早く見つけられた。


 場所は駅から目白方向に向けて少し歩き、神田川を渡ってすぐの場所。

 高田馬場周辺も結構変化していたが、神田川も大河の記憶にある静かな川から、そこそこの幅と急激な流れを持つ荒々しい川へとその姿を変えていた。


 車が走らなくなって久しい車道を挟んでしばらく大きな煙突を見上げていると、工房の入り口から誰かが出てきた。


「なんだ、どこの暇人かと思ったら巡礼者か。『剣』の修繕と強化に来たのならさっさとワシらを呼ばんかい」


「え、あ、あの」


 ぶっきらぼうに声をかけられて、大河が一瞬萎縮する。

 その声の持ち主はずんぐりむっくりとした体格で、背の低い老人だった。

 布製の繋ぎの上から皮のエプロンを着て、袖を大胆に捲っているその姿はいかにも職人然としている。

 捲られた袖から露出された腕の太さは大河の腿と同じくらい太く、背の高さは大河の半分も無い。

 

 もみあげから口元までを立派な髭で隠していて、その先端を麻紐で一纏めにしていた。

 そんな姿なので、話すともごもごと髭が動いて見える。


「すみません。旅の途中でここに工房があると聞いて、一度見てみようと立ち寄っただけなんです。『剣』の修繕ができるんですか?」


 もじもじと言い淀む大河を見かねて、悠理が返答する。


「最近の巡礼者は何も知らんのぉ。この一月で会った奴らはまともに『剣』も扱ったことが無い素人ばかりで呆れるわい。こっちに来い、説明してやる」


 その太い腕と太い指で手招きをして、老人は工房の入り口へと戻っていく。


「ど、どうする?」


「聞いといて損はないんじゃない?」


「それもそうか……よし、行こう」


 二人は顔を見合わせて、そしてゆっくりと老人の後を追った。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「良いか。お前ら巡礼者の身に宿る『咎人の剣』は、精神の海から具現化した神秘の器物じゃ。だが器物である以上、どうしても劣化はしてしまう。そこで定期的に修繕をして、精神を整える必要があるわけだ。ワシらドワーフは女神アウロア様より役目をいただき、感応金属オリハルコンを溶かす事のできる炉を扱う術を磨いてきた。ほれ、あれが炉じゃ」


 自己紹介もなく、老人は淡々とした口調で設備の説明を始めた。

 一番奥で存在感を放つ、大きな炉を指差す。


感応金属オリハルコンは厳密に言えば精神の光が凝縮された金属じゃ。よって普通の火ではそのかけらすら溶かすことができん。ああ、炉の中については聞いてくれるなよ。ワシらドワーフの中でも、腕の立つ限られた職人しか知らぬし知ってはいけないことじゃからな。ワシはここの職長じゃから当然知っておるが、お前ら巡礼者はそんな余計なことを知ろうとせず、巡礼の旅の事を考えておったらええ」


 老人改め職長は、そう言って歩き出す。

 説明をしている割に、大河たちの事は一切見ない。


「職長、またナヨナヨした巡礼者を連れてきたのう」


「最近の巡礼者は弱そうなのばかりだわい。女神様もきっと嘆いておる」


「折角の『剣』の扱いもぞんざいじゃからな。昔の巡礼者たちはもっとギラついておったがなぁ」


 広い工房の中には、十五名ほどのドワーフの姿があった。


 みな違うデザインの繋ぎやエプロンを身につけ、その手に持つ道具も大槌・小槌やタガネなどバラバラだった。


 大河は工房の中をぐるりと見渡す。

 いくつかの工程を簡単な仕切りだけで小部屋に分け、奥の炉から入り口に向かって作業が進むようデザインされているようだ。


「……なんか和洋折衷っていうか。統一感無いな」


 この工房は西洋風と和風の道具やインテリアが、節操なく雑に置かれているように見える。


「そりゃそうじゃろ。廃都には女神アウロア様が助力を願った、廃都の外の神々の力も満ちておる。そのおかげでお前らの持つ『咎人の剣』は洋刀にも日本刀にも成長できるんじゃ。工房は鍛治に纏わる神の力が必要不可欠でな。ほれ、あそこに祀られておるのは天目一箇神あめのまひとつのかみ様の神棚で、あそこの神像はへーパイストス様じゃ。こっちにはトバルカイン様をモチーフにしたレリーフもあるし、中庭にはキュプロクスを鎮めるための石碑も建っておる」


 大河の言葉に職長が呆れた様にため息を吐いて説明する。


 和洋折衷どころでは無い。

 大河や悠理はあまり神話に明るくないので、説明された名前の殆どに聞き覚えがなかったが、どうやら様々な神話や逸話から鍛治に関係するであろう神や神的存在をかき集めて、それらを一応の形だけで祀っているようだ。


(いろんな国の神話からパクったりモチーフにしたりしたから、こういう設定でむりやり物語に説得力を出そうとしたんだろうな……)


 親友の考えそうな事だと、大河は白けた目でまた工房内を見回す。


 窓際の木製テーブルの上であぐらをかいたドワーフが、口をモゴモゴさせていた。

 有名ファーストフード店の包装紙に包まれたハンバーガーを頬張っていて、その口周りと髭がソースでべっちゃりと汚れている。


「さて、お前らの『剣』を見せてみろ」


 職長のその言葉に、周囲のドワーフたちの目が一気に剣呑な物に変わった。


「え、えっと」


 じりじりと集結しつつあるドワーフの職人たちの圧に気圧けおされて、いつの間にか二人は工房の壁際まで追い詰められていた。


「どうせ、折角の女神の祝福である『剣』を、しょうもない使い方で消耗させとるんじゃろ?」


「説教の一つや二つは覚悟せえよ」


「見せるまで工房からは出さないからの」


 ちくちく言葉に脅迫まがいな言葉で、ドワーフたちは二人に迫る。


「わ、わかったよ。出すから。出すからそんな近寄るなって」


 悠理を背に隠して、大河が右手を差し出して小声で抜剣の呪文を唱える。


 優しい光と共に現れたのは、新宿を出る直前に成長させた大剣、『蛮勇剣ハードブレイカー』だ。


「ほう、蛮勇剣とな。なんじゃ小僧、お前他の巡礼者と違ってちゃんと心得とるじゃないか」


「久々に見たのう。昔は駆け出しの巡礼者から一歩成長した者は殆どがこの蛮勇剣か儀礼剣を持っておったな」


「うむ、懐かしい」


「どれ貸してみい。ふぅむ、多少刃こぼれこそあるものの、しっかりと芯が通った良い『剣』じゃ。だがまだ未熟も良いところじゃのう。もっと精進せぇよ」


「なんじゃ、まだなんの強化もされとらんじゃないか。お前ら巡礼を甘く見とりゃせんか?」


 大河の手からハードブレイカーを奪い取り、触ったり裏返したり叩いたり振ったりと、十五人のドワーフが群がっている。


「よし、小僧。蛮勇剣の特性を言ってみろ」


「え?」


 突然、職長が鋭い目つきで大河を睨む。


「え、えっと。鎧とか外骨格とか、甲羅とかの硬い敵が相手だと切れ味が上がる……?」


 それは『ハードブレイカー』の説明文に記載されていたアビリティ、【対硬質】の効果だ。


「ふむ、この大剣はその重量もそうじゃが、とにかく硬い敵を斬ることに特化しておる。見てみたところ、お前はまだそういう敵を斬った事がないようじゃがな」


 職長のその言葉に、他のドワーフ達がうんうんと頷いた。


「そうじゃな……蛮勇剣と相性の良い素材ならば我が工房にいくらかストックがあるが、手持ちの素材を見せろ。もう持ってるやもしれんしな」


「え、は、はい」


 職長の言葉になぜか素直に従って、大河はスマホを操作して『ぼうけんのしょ』アプリから素材用のアイテムバッグの中身を表示させて見れる。


「ほら娘、お前の『剣』も見せろ」


 大河と職長が素材の吟味を行なっている間に、何人かのドワーフが悠理に迫っていた。


「ひゃ、ひゃい」


 むさ苦しい老人の顔に威圧されて、悠理は大人しく抜剣の呪文を唱える。


「ほう! ほうほうほう!」


「これはまた珍しいのう! 職長、今日は良き日だ! 酒を飲もう!」


「まさかヒーラズライトとはのう! 何十年ぶりに見るかのう!」


「なんだなんだ、あの祈祷剣杖を持つ巡礼者がまだ居たのか!」


「娘、お前は良い巡礼者になれるぞ! 絶対に死ぬなよ! そしていつか、話に聞くかの神聖剣杖をワシらに見せてくれ!」


「小僧、お前は後回しじゃ! 野郎ども! 奥の倉庫から祈祷剣杖と相性の良い素材を探してこい!」


「あるかのう? ここ何年もそういった在庫は仕入れてないはずじゃが」


「倉庫の中を洗いざらい探してみるかのう!」


「一個くらい見つかるじゃろきっと!」


 にわかに活気立つ工房内、直前まで大河と会話していた職長すら、大河を置き去りにして悠理から奪った『ヒーラーズライト』を取り囲み興奮している。


 そして鼻息を荒くして、みな一斉に工房を出て隣の建物へと走っていった。


「ええ……?」


「な、なんなの?」


 そんなドワーフたちのテンションについていけない大河と悠理は、工房の壁際に追いやられた状態のまま呆然とするしかなかった。

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