旅支度④


 二人が旅支度としてオーブ稼ぎを始めて二週間。

 いくつかの軽いトラブルはあったものの、全体として見ればかなり順調にそれは進んでいった。


 貯まったオーブの総額は約250,000オーブ。

 これは並行して徐々にレベルを上げていった結果、受注できるクエストの難易度も比例して上がっていった結果でもある。


 どうやらクエストは巡礼者プレイヤーのレベルに対して選択できる内容が変化するらしく、悠理がレベル10にまで達すると単純な採取系のクエストはリストに載らなくなり、『四時から六時までの間にトレントの枝に生る実』や、『月の光を浴びた時だけ輝く花』などの少し特殊で採取が難しいクエストばかりになったのだ。


 また討伐系も5,000オーブ以下のクエストは無くなり、高額な代わりに手強いモンスターばかりが目標となっていった。


 今ではクエスト難易度を示すほしの数は最低が7であり、二日に一件しかリストに載らないネームドモンスターの討伐クエストなどは、ついに☆の数が二桁まで高まってた。


 大河と悠理は最初こそ上がった難易度に驚き、慎重にクエスト達成を目指していたが、レベルを上げた恩恵が如実に現れ、今ではあまり緊張せずにクエスト攻略に取り掛かれるようになっていた。


 オーブ稼ぎやレベル上げ、そして旅を快適にする道具の購入も済み、これでいつでも出発できる態勢が整ったところなのだが、意外なところで二人を悩ます事案が発生した。


「……うーん、まさかここに来て」


「増えちゃうなんてね……」


 すっかり馴染んだアルタ前広場雑居ビル、七階の非常階段踊り場。

 綺麗好きな悠理が日々コツコツと整え、大河が新宿の至る場所で使えそうな建材を少しずつ持ち寄ったこの場所は、今ではワンルームマンションの一室の様な内装へと変わっている。


 より快適さを求めた結果分厚く柔らかい物に変更になった大きなベッドマット。

 その上で二人は各々のスマホを置き、挟むように座って思案している。


「いやぁ、まさか『血の探求者ブラッドシーカー』以外に隠し成長があるとは……」


「えっと、『回復系魔法を500回使用する』で出てきたってことは、戦闘用の魔法も同じ条件で出てきたりするのかな……」


 その問題とは今日の昼、討伐クエストを進めていた時に突然悠理のスマホに届いた【新しい『剣』の成長条件を達成しました】というメッセージ。


 元から用意されていた二つの成長先は、主に前衛向きのアビリティとスキル構成が揃った『蛮勇剣 ハードブレイカー』という両手剣。

 後衛からの魔法支援を想定されている『儀礼剣 ルナアーチ』というレイピア。


 本来の予定なら大河が蛮勇剣、悠理が儀礼剣へと『剣』を成長させ、それぞれの役割に沿った戦力強化を行う筈であった。


 しかしここに来て新たな選択肢が追加されたのだ。


「うーん、アビリティやスキルはさすが隠し武器だけあって強力なんだけど、性能が尖っているというか……偏っているというか……」


 大河は悠理のスマホを手に取り、もう一度その説明文を精読する。


【 祈祷剣杖きとうけんじょう ヒーラーズライト


 必要オーブ 50,000


 信心深き癒し手の清浄な魂を具現化した、祈りの為の儀式杖。

 戦う為の術を捨て、全てを人を癒す為だけにつぎ込んだ者にのみ手に取ることができる。

 杖の先に備えられた剣身はあくまでも自衛のための飾りであり、血に濡れた杖では清き祈りは決して届かない。


 《抜剣することで[魔力]に+24の値を追加。レベルアップ時に[魔力]に+4の上昇値を追加》



 アビリティ

 ●【清廉なる祈り】

 回復魔法の効果が《倍化》する。

 この『剣』は血を嫌い、巡礼者プレイヤーの身に他者やモンスターの血が付着することで効果は《激減》する。

 身を清め洗うことで効果は復活する。


 ●【魔力の波動】

 回復魔法の効果が伝播する。

 術者の周囲にいる他味方巡礼者プレイヤー、術者本人に回復効果をもたらす。

 効果範囲は術者が立つフィールドによって変化する。


 ●【抗呪】

 清きオーラを纏うこの『剣』には、生半可な呪いは通用しない。

 初級・中級の呪いスキルを無効化する。



 スキル

 ●治癒ヒール

 深い切り傷や重篤な打撲傷、骨折や内臓疾患を癒す中級魔法。

 回復量は術師の[魔力]の値を参照する。※上限が定められている。

 効果を発揮するまでに五秒と短くない時間を必要とする。


 ●解呪ディスペル

 初級・中級の呪いを媒介無しに解く中級魔法。

 上級の呪いを解く場合は、その呪いの強さに応じた媒介があればこれを解く事ができる。


 ●抗毒アンチベノム

 対象者の身体からあらゆる毒性を取り除き、また一定時間その毒に対する耐性を付与する。 】


「まぁ、また見事に徹底した回復役ヒーラー構成で……」


 大河はあぐらをかいた自らの足に肘を立て、頬杖をついてスマホをベッドマットの上に置いた。


「怪我を治すのが速くなったり、いっぺんに治せるのはかなり強力だよね?」


 悠理はベッドマットの上をにじり寄り、大河の隣へと移動しながら問う。


「かといって、単純に戦力が一人減るのはなぁ……」


 新宿近辺のフィールドモンスターに限れば、レベルを15にまで上げた大河なら一人でもかなりの余裕を持って倒す事ができる。


 しかしこれから向かう池袋や、その道中である高田馬場・目白にどんなモンスターが現れるか分からない以上、悠理が戦闘に参加できないのはあまりにも怖い。


「ていうか、私いつの間に500回も手当トリートしてたんだろう」


 悠理は自分の身体を横にして、大河の膝に頭を置いた。


「お前、他の人らの怪我もちょくちょく治してたろ。それでじゃないか?」


 置かれた悠理の頭を右手で優しく撫でながら、大河は答える。

 地雷天使レナとの邂逅を目撃されてから、悠理の大河へのアプローチはその過激さを増している。

 この二週間ですっかり自然となったボディタッチや過度なコミュニケーションに一見慣れた風を装っているが、今の大河の脳内は荒れに荒れてたりする。

 具体的には、もう少しでも悠理の頭が大河の股間に近づくととても不味い。

 風呂上がりの良い匂いや、女子特有の身体の柔らかさが大河の大河を激しく刺激しているのだ。

 そして意図してか無意識か、悠理はこういった二人だけのシチュエーションの場合、普段の身持ちの固さや警戒心を限りなくゼロにしてしまう。


 現に今も、寝巻きに着用している大河から貰い受けた濃紺のTシャツの中身に、ブラを着用していない。

 身につけているのはTシャツとショーツのみで、メンズサイズな上に度重なる洗濯によって広がった襟から、本来男性に見せてはいけない部分が見え隠れしている。


「んー、なんだか放っておけなくて」


 悠理は大河の膝の上に置いた頭をぐるんと回転させ、その顔を見上げて答えた。


「良いんじゃないか? 俺はお前のそういうところ、好きだぞ」


「……んふっ、ありがと。私も大好きだよ」


 悠理のアプローチを過激にさせる要因の一つに、この大河の思わせぶりで明け透けでストレートな表現方法に問題があった。

 大河的には素直に好みを伝えているだけなのだが、受け取る悠理からして見れば愛の告白にしか聞こえない。

 悠理への好感度で言えばもはやそれは恋人に向けるそれほど肥大化してはいるものの、大河の中で今ひとつ何かが踏み出せないでいる。


 その何か、が。

 大河と悠理の今の関係性を保っていた。


「うーん、『ヒーラーズライト』で悠理を完全な回復役ヒーラーにするか、それとも『ルナアーチ』で後衛役バックにするか……悩ましいな」


「ねぇ、今気づいたんだけどさ」


 大河が顎に手を当てて考え込んでいると、悠理が下からその手を引いた。


「ん?」


 引かれた手を取って、繋ぐ。


「これ、『血が付着することで効果は《激減》する』ってことは、大河の後で魔法を撃ってるだけなら大丈夫なんじゃないかな? 血が付かないようにすればいいんでしょう?」


「あ」


 言われた言葉に大河は目を丸くする。

 説明文に度々書かれた『戦闘を避けろ』と言わんばかりの言葉に、先入観が植え付けられていたのだ。

 てっきり一切の攻撃も許されないとばかり思い込んでいた。


「うわー、恥ずぅ。そっか、前で戦わなければ良いだけだもんな」


「もう少しで〔魔法使い〕のジョブオーブの熟練度も貯まるし、攻撃手段が残るんなら私的には『ヒーラーズライト』の方が嬉しいかな。大河、結構怪我しがちだからさ」


 すでに二人が最初にセットしていたジョブオーブはその熟練度がMAXにまで溜まっており、現在二つ目のジョブを習得中だ。


 大河は〔ファイター〕、悠理は〔魔法使い〕のジョブをセットしている。


 ファイターは『剣』を用いない己の拳や足を使った攻撃スキルを複数持っていて、超接近戦や『剣』の取り回しに難のある狭い場所などで重宝している。


 一方、悠理のセットしている〔魔法使い〕は『咎人の剣』の初期スキルとまったく同じスキル構成をしているが、他の『剣』に成長させる前に属性持ちの攻撃手段をしっかり確保しておこうと思案して選んだものだ。

 選んだ当初はあくまでも保険としてだったが、現在それが功を奏している。

 なにせ『ヒーラーズライト』のスキルには攻撃手段が一つも無いのだから。


「ん、じゃあ『ヒーラーズライト』一択だな」


「でも50,000オーブは高いね……」


 悠理はまた膝の上で頭を回転させ、今度は大河の腹を視界に納めて呟く。

 大河的にはたまったもんじゃない頭の位置だが、取り乱すとまた悠理に茶化されるのでぐっと堪えた。


「大丈夫だって。明日東口にモンスターの素材を売りに行くつもりだったからさ。希少レアドロップも幾つかあるから、50,000使っても多分元は取れると思う」


「なら良いけど……大河の『ハードブレイカー』は幾らだっけ?」


「30,000。必要経費だ。心配するほどじゃねぇよ」


 とはいえ、この二週間で必死に貯めたオーブの約三分の一が一気に消し飛ぶと考えると恐ろしい。

 二人で貯めたとはいえ、メインで戦闘をしていたのは大河だ。

 男として、稼ぎ頭として多少なりとも見栄は張りたい。


「んじゃ、とりあえず成長させるのは明日にして、素材を売っ払ったら試し切りに行こうぜ」


「うん、問題なかったらやっと出発だね」


 大河が話を締めだした事を察して、悠理が大河の膝から身体を起こす。

 そして立ち上がり、ベッドマットの横に畳んでいた二人のタオルケットを持って広げた。


「ああ、時間掛っちまったな」


「しょうがないよ。ゲームっぽいことしてるけど、私たちは死んだらゲームオーバーじゃ済まないんだもん。慎重になるのは何も悪い事じゃない」


 現状、この新宿でこれほどまでに精力的に活動をしているのは大河たちを除いて数えるほどしかいない。

 悠理が仲の良いクラン、『東新宿共同生活会』の一部の男性メンバーがおパーティーを組んでクエスト攻略をしているのと、例の半グレクランの生き残り達がまた別のクラン──ほぼ窃盗団を結成して聖碑の加護の外で活動を始めた程度だ。


 大河にはあの新宿駅でゴールデンスパイダーを倒した事で手に入れた100,000オーブものアドバンテージと、そして望む望まずに関わらず蓄積された戦闘経験がある。

 悠理も魔法の補助で言えばすでにある程度の熟練者となっていて、たった二人だけのパーティーにも関わらず、この東新宿アルタ前広場において二人は上位者となっていた。


 悠理なんかはその整った容姿と抜群の愛嬌で、一部の者からまるでアイドルの様に扱われてたりする。

 その分大河に向けられる嫉妬や敵愾心は日々膨らむ一方なのだが、本人はそれを全く気にしていないので何も問題は無い。


「じゃあ、電気消すぞ」


「うん」


 空き缶を切って作ったおなじみの蝋燭立てに火を灯していた悠理が返事をし、大河は手すりに足をかけて蛍光灯を取り外した。


「おやすみ大河」


「ああ、おやすみ」


 そして二人は寄り添って、同じタオルケットに包まれて眠りに就く。


 大河の脚には悠理の脚が絡まり、大河のはだけた胸元には悠理の頬が密着する。


 それはもう、二人にとって当たり前の日常になっていた。

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