旅支度③
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「びっくりしたぁ……」
「な、なんとか勝てたね……怪我とか大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
代々木駅に程近い線路の高架下で、大河と悠理は『剣』を手に息を荒くして放心している。
「飯食ってる最中に急に突撃してくるんだもんなぁ」
「これが、ネームドモンスターのネガアマリリスかな……」
悠理は高架下の車道に大きく横たわる、プスプスと音と煙を立てて絶命している巨体を恐る恐る見る。
その姿は星形に広がる大きく真っ赤な花弁を顔に見立てた、四足歩行する植物。
太い幹から伸びるギザギザの葉っぱを前脚や後脚にして、幾十もの根を尻尾のように揺らしていた。
胴体の太さはもはや植物には見えず、ところどころが筋肉の様に隆起していた。
「多分……っと、クエスト達成通知が来た。やっぱりコイツで間違いないな」
カーゴパンツの右ポケットから、クエストが達成した事を知らせる短い電子音と振動が発せられる。
「せっかく作ったのになぁ……」
ここから30メートルほど離れたカフェのテラス席に、悠理が大河を想って一生懸命作った昼飯が無惨な姿で散乱していた。
ネガアマリリスの襲撃は、奇襲タイミングとしては最適だった。
腹を空かせていざ出来上がったモヤシと牛肉の炒め物に手を付けようとした瞬間に、突然ビルの上から飛来してきたのだ。
完全に油断していた悠理を大河が抱き上げ、なんとかその突撃は回避できたが、少しでも行動が遅かったら危なかっただろう。
「美味しく出来たんだけどなぁ……」
明らかに落胆している悠理の姿に居た堪れなくなり、大河は無言で側に寄りその頭を撫でる。
「残ってる奴だけでも食べるよ」
「……ううん、ありがと。でももうほとんど地面に落ちちゃったから、ちゃんと作り直すよ。材料は勿体無いけど、大河にはちゃんと美味しいものを食べて貰いたいし。今度は横着しないでアルタ前広場まで戻ってから食べよ?」
落ち込んだ顔を上げた悠理は、頭に置かれた大河の手を両手で取って、頬に擦り付けて笑う。
「……うん」
そんな悠理の頬を一撫でして、大河も薄く笑った。
「でも本当に強かったね。【火炎】の魔法が効くって気付けて良かったぁ」
悠理は大河の手に頬擦りしたまま、横たわるネガアマリリスをもう一度見る。
「植物系モンスターの癖に、猫とか虎みたいな動きしやがって。めちゃくちゃ速くて焦ったぜ」
「あの三体の小ちゃい──子供なのかな? あれも邪魔してくるし、やっぱネームドモンスターって普通のモンスターより強いんだね」
「今度からよっぽどの事情がない限り、ネームドモンスターの討伐クエストは避けるべきかなぁ」
悠理の頬から手を離し、大河はスマホを取り出して『ぼうけんのしょ』アプリを開く。
「どうだろうね。星四つのネームドでもちゃんと勝てたんだし、オーブ稼ぎの効率としてはかなり良いんあじゃないかな?」
「それはそうなんだけど……ああ、そっか。クエストの報酬は聖碑から受け取るんだっけか。このバトルリザルトのドロップ品──『獣花の花弁』って奴を聖碑に提出すんのかな?」
スマホに表示されるクエストリザルトやバトルリザルトを眺めながら、大河が呟く。
「あと残ってるクエストは二つだね。今日で終わらせる?」
「採取一つに雑魚の討伐が一つ。頑張れば日が落ちる前までに終われそうだな。飯を後回しにしてさくっと片付けちまおうぜ」
大河はスマホを右ポケットに戻し、腕を組んでネガアマリリスを見下ろす。
「うん、じゃあホットプレートと食器の回収しよ?」
「ああ」
そうして二人は散乱した食器とホットプレートを回収し、代々木を後にした。
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「テントってやっぱ高いねぇ」
「安い物もあるけど、効果が心許ないな……こっちのちゃんとした奴なんか〈レベルの低いモンスターを退ける。持続時間四時間〉ってあるのに、こっちの安い奴は〈
場所は新宿駅南口にある、大型の商業ビル。
その一角のアウトドアコーナー。
大河と悠理は手早くクエストを処理し、アルタ前に帰る道の途中でこの施設を見つけ、ついでに立ち寄っていた。
「これ、効果を重視して揃えたら今日のクエストで稼いだオーブじゃ全然足りないよ……」
タープやハンモック、ランタンなど。
キャンプ用品が幾つも並ぶ売り場を見渡して、悠理が溜息混じりにつぶやいた。
「だなぁ……もしかしたら、道中の宿泊施設とか使えるかもしれないし、今日のところは寝袋だけ買って我慢するか?」
「そうだね……なんか、お金の大切さをこんな形で痛感するの。不本意」
大河はそんなぶすっとした表情の悠理に苦笑する。
「んじゃ、一応他の商品や店も見てみようぜ。たしかここ、本屋もあったろ」
「うん」
結局この商業ビルで二時間かけて購入したのは、寝袋といくつかの本だけでそれだけでも今日の稼ぎの三分の一ほどを浪費してしまった。
あれだけ頑張って、あれだけ危険な目に遭って手に入れたオーブがあっという間に減っていく。
スマホに表示された二人のオーブの総額があっけなく減っていく光景に、なんとも言えない気持ちになる。
金の大切さだけじゃなく、労働の無情さまで痛感した二人であった。
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そんな生活を繰り返しようやく新宿を出立する目処がたったのは、それから二週間ほどあとの事だった。
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