旅支度②


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「これでいいかな?」


 悠理はアルタ前広場中央に鎮座する巨大な聖碑をペタペタと触る。


「ん、パーティメンバーの内一人でも触ってたらリストに載るみたいだな。転移先って項目に『東新宿アルタ前』って表示されてる」


 大河は右手に持つスマホをスワイプしながら、悠理の言葉に返事をした。


「思い出してよかったね。聖碑に触れること」


「これで聖碑さえ見つけられれば、いつでも新宿に戻ってこれるな」


 巨大な三角錐のモニュメント、この『聖碑』はファストトラベル──いわゆる瞬間移動が行える装置だ。

 これからどんな旅路を行くのか未知数な以上、安全な場所に帰還という安心感は正直有り難かった。


「ついでにクエストも受けれるだけ受けとこうか」


 大河はスマホ画面を操作して、【クエスト】という項目をタップする。


「あ、そうか。聖碑からクエストの受注ができるんだっけ?」


「今まで生活を整えるのに必死で、すっかり二の次にしてたもんな。考えて見たら、クエストをこなすのが一番効率の良いオーブ稼ぎかもしれないし」


 大河の『ぼうけんのしょ』アプリに、受注可能なクエストがリストとして表示される。


「どう? 大変そう?」


「んー、いや……ざっと見だけど、現時点で受けられるクエストの難易度、星の数はそんなに多くないっぽい。決まったモンスターを十匹討伐しろとか、ドロップ品を集めて持ってこいとか……あと、採取? なんかの草とか花とか集めてこいってのもある。御苑周りだとこっちの採取系のクエストを中心にこなすのが一番かな?」


 一番多いほしの数で四。

 大河たちが今まで受けたクエストはチュートリアル時に強制的に押し付けられた二つだけで、☆の数は二までしか経験にない。

 

 しかし提示されている討伐モンスターはどれもこの五日間の間に倒した事のあるフィールドモンスターばかりで、その強さは今の二人にとって大したものではなかった。


「一度に受けれるクエストは……五つまで。ああ、俺だけじゃなくてパーティ単位での受注になるんだな」


「あ、これ報酬が高いよ」


 大河と同じ画面が表示されている自身のスマホを見ながら、悠理が大河の腕を引く。


「どれ?」


「この『ネームドモンスターを討伐せよ』ってやつ」


 大河は悠理が言うクエストをリストの中から見つけ、タップして詳細を表示する。


 そこにはモンスターの写真がぼやけて表示され、その横に説明文が記載されいた。


【 クエストNo.075


 〔古代樹の森に生息するネームドモンスター [ネガアマリリス]を討伐せよ〕 クエスト難易度 ☆☆☆☆


 古代樹の森と新宿御苑大樹海を徘徊しているウォークウィードの亜種が発見された。

 これを討伐し、その証を聖碑へ捧げ可能性を満たせ。


 達成報酬 魔草の種子 

      緑のストラップ

      45,000オーブ】


 大河はその説明文を注意しながら読む。


「……うーん。ネームドモンスターって多分、そのモンスターの中でも特別強いモンスターの事なんだよなぁ。今の俺らが敵うかどうか」


 記載されている内容だけじゃ、そのモンスターの強さはわからない。

 ☆の数で押し測るしかないが、クエストに不慣れな大河では☆が一個増えるごとにどの程度難しくなるかもまだ分からなかった。


「あ、そうなんだ……じゃあこのクエストは止めておこっか。わざわざ危ない橋を渡る必要ないもんね」


「──いや、受けるだけ受けておこう。知らずに倒してて後からアイツかってなるのは避けたい」


 倒したモンスターの中に実は──なんて事態になるよりは、事前に受注していた方が良い。


 別に接敵エンカウントしたら必ず戦わなければならない訳じゃなし、敵わないと判れば逃げればいいだけの話だ。


「無駄に二回戦うよりかは、そっちの方が良いのかな……?」


「このピンボケした写真でもある程度の姿形は読めるから、遠目に見て無理そうなら潔く諦めよう。ほら、ここに【受注したクエストを放棄する】ってある」


「一度受けたクエストを破棄できるの? それって、なんかデメリットみたいなのありそう……」


「ああ、なるほど。どのクエストも最初に受注する時に手付金みたいなオーブを支払うのか、これ。それでクエストをクリアしたら報酬とは別でそのオーブが戻ってきて、破棄したら没収。これがデメリットだな」


 クエストリストの一件をタップすると、支払うオーブの額が小窓で表示される。

 その額は☆の数が多ければ多いほど高額になっていき、クエストを破棄した時の損失が多くなるよう設定されていた。


「このクエストは手付金どれくらい?」


「4,500オーブ……痛いっちゃ痛いけど、リターンを考えればかなり割は良い気がする」


「大河がそれで良いなら、私は何も文句無いけど」


「じゃあとりあえず受けよう。他の四つのクエストは無難なのを選んで、地道にコツコツ頑張るか」


「うん、私も頑張るよ」


 そうして二人は五つの受注枠全てを埋めて、準備を整え新宿御苑方面へと向けて出発した。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ヤイバアカタケ……これかな?」


「あ、待て待て。そういうのは素手で触らないように気をつけろ。本当のキノコでも触るだけで酷い目にあうやつだってあるんだから」


 採取系クエストの目的である赤いキノコらしき物を発見した悠理を、大河が止める。


「あ、そうだね。こんな名前からして危険そうなモノ、下手に触ったら何が起こるかわからないもんね」


「俺が事前に注意すべきだったな。ごめん」


「ううん。こっちこそ」


 場所は新宿御苑──今は大樹海という名詞が付与され新宿御苑大樹海と長々しい名称になった場所の程近く。


 ご丁寧にも道路上の青看板すらその名称に書き換えられていて、一目見ただけでわかるほど以前の御苑と違う深く暗い森に変わってしまっている。


「中に入るとめんどくさそうだから、森の奥まで行かないように気をつけろよ。あの地下街みたいに、無限ループとかされたら一気に危険になる」


「うん、私は大河のそばを離れないから」


「あ、うん。いや、そういう感じの話ではないんだけど」


 大河の右腕を抱いて密着し、強い決意の瞳でそう語る悠理に、大河はなんとも言えない気持ちになった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「悠理! こっちに追い込め!」


「うん! 【土砂】!」


 大河の声に応えた悠理の左手から土と砂の塊が五つ、弾丸のような速度で発射される。


「でかした!」


 太い根っこで二足歩行する、鎌のような鋭い葉を持つ雑草──ウォークウィード目掛けて、大河の『剣』が振り下ろされる。


 悠理の放った【土砂】を跳び避けたところでの一撃だ。

 受けの体勢も取れなかったウォークウィードはその茎の中程を斜めに両断され、地面に落ちる。


「ふぅ、強さは大したことないんだが本当に良く出てくるなコイツ」


 戦闘がひと段落した事を確認し、『剣』を肩に構えた大河が呼吸を整える。


「あ、でもこれでクエストクリアだよ。二つ目!」


 スマホの短い電子音とバイブレーションと共に知らされたクエスト達成を喜びながら、悠理が大河に駆け寄ってくる。


「大河、さっき葉っぱが掠ったところ見せて」


「ん? 大したことないぞ?」


「いいから、少しの怪我でも気をつけないと。あのモンスターがなにか毒とか持ってたらどうするの?」


 大河の右頬に走る一筋の切り傷に触れながら、悠理は大河を諭す。

 悠理にセットした『僧侶』のジョブオーブには、【手当トリート】の他に【解毒デトックス】と【祈祷プレイア】の魔法がある。

 前者は文字通り微毒を体外に排除する魔法で、後者はまじないを解呪する魔法だ。


「うん、毒は無さそうだね」


 スマホに表示される大河のステータス画面を見ながら、悠理は切り傷を左手で覆うように隠した。


「【手当トリート】」


 悠理の手から仄かな暖かい光が放たれ、十秒ほどかけて大河の傷を癒した。


「よし、傷跡も無し。こうやって早めに処置しないと、また傷跡が残っちゃうんだから」


「ああ、悪い」


「謝られるより、感謝の言葉の方が嬉しいかな?」


「ん、ありがとな」


「ふふっ、どういたしまして」


 本来、こんな三車線の大きな車道の真ん中でするような会話ではない。

 しかし今の新宿はどういうことか全く車が通っておらず、そして人気ひとけもないためとても静かだ。

 

 ならば車通りなど気にしてもしょうがなく、御苑の深い樹海とビル群との境目であるこの車道が一番戦闘に向いた広い空間だった。

 視界も開けていて見通しもいいし、なにより樹海付近は地面から大量の根が飛び出していて足場が悪くなっている。

 それに比べてこの車道は多少地面に亀裂が入っていたり盛り上がったりしているが、まだアスファルトが残っていて動きやすいのだ。


「もう少ししたらお昼にしよっか」


「そうだな。何作る?」


「さっき倒したあの細くて弱いモンスター、どうやらモヤシだったみたいなの。簡単な肉とモヤシの炒め物にしよっかなって」


 毎回コンビニ弁当や店屋物だと、無駄にオーブを消費してしまう。

 旅支度やレベルアップ、『剣』の成長を目標にしている二人は少しでもオーブを節約して行きたい。


 なので悠理は仲良くなった避難者からの勧めで、アルタ前広場の家電量販店で購入した電気が要らず少額のオーブで充電できる不思議なホットプレートと、携行ガス缶とカセットコンロを使い分けてて自炊している。


 大河も元々自炊に長けているご飯男子なので、このホットプレートとカセットコンロはかなり重宝していた。


 次の二人の小さな目標は、高くて買えなかった『電気がなくても動く炊飯器』か、知識が無いので参考にしたい『飯盒炊飯のやり方の本』を入手することだったりする。


「了解。落ち着いて食えそうなところ探そうぜ」


「ここからだったらアルタ前に戻るのも大変だしね」


 そんな会話をしながら、二人は車道の真ん中をゆっくりと歩き出す。

 今はまだ旅支度の前準備段階だが、その工程は至って順調だった。

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