変化③


 腹部から脳天までを両断された若者の身体が、繋がっている部分から逆さに向いたハの字に折れ曲がる。

 それは、人が人にして良い殺し方では無かった。

 

 あまりにも猟奇的で、あまりにも凄惨すぎる死に様に、残った六人の悪党は込み上げて来る吐き気を必死に堪える。


「ひっ、ひぃいいいいっ!」


 最初に動き出したのは、一番出口に近い男だった。

 見るからに運動不足な体型で、動くたびに腹が揺れている。


 その動きは『剣』による身体能力の底上げが行われているにも関わらずとても遅く、足をもつれさせながら必死に出口へと走っていく。


「たっ、助け──ぎゃああああああああああっ!!」


 大河たいがはその背後にあっという間に追いつき、右肩から左の脇腹までを斬りつける。

 男の身体は綺麗に斜めに断ち切られ、二つの肉塊となって床を滑った。


「悪いな。もう決めたんだ。アンタらはここで殺しておくって」


 逃すつもりはない。


 あの大聖堂で源二げんじを殺した時、大河は覚悟を決めていた。


 目の前にいるのが救いようのない悪党ならば、見逃せばどこかで誰かがその毒牙にかかる。

 ならば自分がその手を汚し、確実に殺しておこう。

 他の誰かではなく、覚悟を決めた自分が──。


 罪を犯すのは──咎を背負うのは、少なければ少ないほど良い、と。


 そんな覚悟を持って、大河は源二の命を奪った。

 ここでこの悪党たちを見逃せば、あの日の覚悟から意味が失われる。


 そして大河は、悠理ゆうりに向けられた悪意が、それがどんな種類の物でも許せなかった。

 ドス黒い殺意も汚い劣情も、歪んだ恋慕も度を越した執着も。

 それが悠理を害するとなれば、黙って見過ごすわけにはいかなかった。


「ち、ちくしょう! ちくしょぉおおおおお!」


「こ、殺されてたまるか! 俺は死にたくない!」


 ヤケクソになった一人が、そしてそれに釣られたもう一人が動き出す。

 各々『剣』を両手で握り、一人は上段から振り下ろし、もう一人は横から薙ぐ。


 大河はそれを、たった一瞬の動作で両方とも『剣』で弾いた。


 レベルが10となった大河の膂力によって、弾かれた『剣』は彼らの手を離れて遠くへと飛んでいく。

 しっかりと握っていたはずの『剣』の手応えが突然失われた事に彼らが気づく前に、大河は身体を回転させて二人同時に斬る。


「──あえ?」


「──ひっ、ひぃいいいいっ!」


 一人は自分が斬られた事を信じられず、状況にそぐわない素っ頓狂な声を断末魔とした。


 もう一人は強烈な死を明確に感じ取り、大河に歯向かった事を後悔しながら悲鳴を上げた。


 まるで噴水のような鮮血が二本、百貨店の天井を真っ赤に染める。

 地面に落ちた二人の上半身は十数秒、自らの血を浴びながら絶命する。


 残ったのは三人。


 摂津と呼ばれたスキンヘッドの男と、その両隣で偉そうにしていた取り巻き二人。


 三人とも露出した腕に和柄の刺青が施されていて、おそらく着用している上着の中もびっしりと彫り込まれているのだろう。


 大河はヤクザや半グレを映画やテレビでしか観た事がない。

 だから彼らがどういう人種なのかを、その知識でしか推し測れない。


「くっそ、こんな! こんなガキに俺らが! 兄貴どうしたら!?」


「摂津さん! ダメだ! このガキには勝てない! 逃げないと殺される!」


 明らかに下っ端風の言動で、二人は摂津に指示を仰ぐ。


「ばっ、馬鹿野郎どもが! お前らには教えたはずだ! 俺らみたいな奴は、そこらへんの悪ガキに舐められちゃいけねぇんだ! 舐められたら、俺らは終わりだ! 悪党をやるならとことんやれ! あの女を、あの女を人質にしろ!」


 少し離れた場所の柱の影に隠れていた悠理を指差し、摂津は『剣』を構えた。


「させるかよ」


 大河はそう呟いて、取り巻きの一人の懐に一気に潜り込み、拳を軸にして『剣』を回転させる。


『──お、俺の腕……俺の腕がっ、腕があぁああああああっ!!」


 取り乱してバカみたいに突き出していた両腕が寸断された。

 大河は床に落ちたその腕の一本を足蹴にして、血に濡れた百貨店の床を滑らせる。


 そのままもう一人の取り巻きへと跳躍し、その背丈を超えた高さから一気に『剣』を振り下ろした。


「まっ──」


 最後の言葉も満足に発せず、取り巻きは脳天から股間にかけてを両断された。

 分たれた半身が綺麗に倒れ、大量の血液が床を濡らす。


「ひっ、ひぃっ! 俺のっ、俺の腕っ! 腕が! 俺のっ! 俺のうっ──」


 両腕を失い取り乱す最後の取り巻きへと大河はゆっくりと近づき、そして心臓があるであろう部分に、背中から『剣』を突き立てた。


 握った『剣』の柄をぐるんと回転させ、抉る。

 大きく目を見開き、口をパクパクと開け閉めした後、取り巻きの身体は前のめりに倒れた。


 残された『剣』が粘度の高い血液を纏って引き抜かれる。


 これで生きているのは摂津のみとなった。


「おまっ、お前……こんなっ、よくもこんなえげつねぇことをっ」


「アンタらにだけは言われたくねぇな。今はまだでも、どうせ遅かれ早かれ

アンタらは人を殺していたはずだ」


 大河は『剣』に付いていた血を大振りすることで取り除き、そして摂津を見る。


「もう決めたんだ。迷っている暇なんかないってわかったから。殺すと決めたらさっさと殺さないと、きっといつか悠理がアンタらみたいなのに殺されちまう。もう俺はとっくに人殺しで、人でなしで、咎人とがびとだ。だったら、躊躇なんてする意味がない」


「はっ、はははっ! お前っ、惜しいな! 新宿がこんなんになってなかったら、きっとお前は俺を超える良い悪党になれた! 俺が面倒を見てやったら、悪党の世界で充分のし上がれる器がある!」


 摂津は顔を引き攣らせながら、高笑いをした。

 大河はそんな摂津の顔を、怪訝そうに見る。


「俺だってなぁ、人を殺した経験が無いわけじゃねぇ。一度入ったら死んでも抜けられない渡世だ。兄貴分や親父たちの命令に逆らっちまったら、親兄弟含めて死ぬより酷い目に遭う。だから俺も若い時に一人、組のシノギに手を出して金を持ち逃げした野郎を殺した。兄貴の命じた通り攫って巻いて、痛めつけて殺した。それからも自分で殺した事もあったし、子分に命じて殺させた事もある。でもよ」


 摂津は大河を指差す。


「お前よか、人間味のある殺し方をするぜ?」


 死んだ八人の子分たちの死体を見る。

 寸断され、両断され、首を跳ね飛ばされた凄惨な死に方をした死体。

 いくら『剣』のステータスアップによる膂力があろうと、それは本来人が人にしてはいけない殺し方。


「その言い方じゃあ、お前殺しの経験こそあっても、そう多くを殺したわけじゃねぇな? 多くて二・三人……いや、最近一人ってとこか? そんでよくそんな顔ができるもんだ。殺しへの罪悪感はもちろん、愉しんでもねぇし、気持ち悪がってもねぇ。本当になんも感じてない奴の顔だ。教えてやるよデビューしたての悪党。人を殺すってのはどんなに慣れても、そこに何らかの感情が乗るんだ。良くも、悪くもな」


 摂津はそう言って、伸ばした指をおさめて拳を握る。


「【抜剣アクティブ】」


 握った拳に現れる『咎人の剣』。

 その『剣』を半身に構えた摂津が、大河に再び笑いかける。


「なぁ悪党、悪党よぉ。おまえはこの先、もっと多くの人間を殺すんだろうなぁ。んじゃあせめて悪党の先輩として、お前の記憶に少しでも残ってやるのが俺の意地ってもんだ。人でなしが人でなしに、最後に死に様ってもんをプレゼントしてやるぜ」


 どこかなげやりな、でもどこか愉快そうな、そんな口振りだった。


「悪党ってな、最後は惨めに死ぬべきなんだ。覚えておきな」


 最後にそう言葉を投げかけて、摂津は『剣』を振り上げ大河に迫る。


「そっか。覚えとく」


 大河はそんな摂津の首を、なんの感情も込めず斬り落とした。

 摂津の死に際の表情は、どこか満足そうな顔に見えた。

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