変化②


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「おっと、君たち。お買い物か?」


「二人だけ? 随分不用心なんだねぇ。おじさん、心配になっちゃうなぁ」


 下着を買い終えて、百貨店から出ようと一階に降りた直後だった。


「……なんですか? 俺ら、急いでるんですけど」


 入り口を塞ぐように立つ、九人の男性。

 見た目はいかにも『悪ぶってます』という出立ちで、ツーブロックの髪型をした者が多い。

 中でも奥に立つ三人は、頑張って鍛えたであろうモリモリの二の腕を露出させていて、そこには和柄の刺青が煌びやかに描かれている。


「いや、君らがエスカレーターを降りてくるのをさ。外から見ちゃったもんでね。こっからアルタ前まで結構な距離があるだろ? 二人だけじゃ危ないから、お兄さんたちが送っていってあげようかってさ」


 一人毛色の違う、爽やかな笑みを貼り付けたイケメン男性が前に出る。

 

 大河は左腕で悠理を背中に押し隠し、右手を前に出す。

 いつでも『剣』を抜剣アクティブできる様に、その手を目の前の九人の男たちに見せた。


「いや、結構です。俺らこの後に行くとこあるんで」


「じゃあ、なおさらだよ。今の新宿をたった二人だけでデートなんて危険すぎる。彼女のことも考えてあげな? 彼女を危ない目に合わせるなんて、そんなの彼氏として失格だって」


 イケメン男性はそう言いながら、また一歩大河たちと距離を詰めた。


 大河は落ち着いて、九人の男性たちを一人一人じっくりと見る。


 その中に、先日広場で半グレクランに声をかけられていた二人組の若者の姿があった。

 だがその顔つき、雰囲気が先日と少し違う。

 あの時は囲まれた男たちの威圧感に怯んで、どことなくビビっていた印象を受けた。

 だが今の彼らは、なぜか自信に満ち溢れているような──これから良い事でも起こると期待しているような、そんな表情をしている。


「止まれ。そっから近づくな」


 大河ははっきりと、声でイケメン男性を静止する。

 集団の雰囲気を見るに、この男性の後ろに立つスキンヘッドの男が中心人物だと推察した。


「あ?」


 後ろにいた取り巻きの一人が、ドスの効いた声で声をあげた。


「なに? 俺ら優しくしてんじゃん。なんでそんな態度されるのか、わかんないんだけど? ちょっとムカついてきちゃったなー俺」


「ああ俺も俺も。人の好意に対してそんな返しある? どういう性格してんの?」


「大丈夫だって。なにも怖い事ないよー? ほら、何も持ってない」


 ニヤニヤヘラヘラと、軽薄そうな笑いが巻き起こる。


 大河はそれらを聞きながら、小声で詠唱しその右手に『剣』を取った。


「あんたらの顔、何人か見覚えがある。特にそこの筋肉モリモリの──ハゲたおっさん。あんた、かなり評判悪いだろ。あんたに無理やり襲われたって女の人を知っている」


 半分嘘で、半分本当。

 大河はその女性と面識もなく、顔も知らない。

 ただ悠理が他の集団の女性から聞いた話で、そういう女性が居たからスキンヘッドの男性に気をつけろと言われた事を思い出したのだ。

 夜に女性が一人でいると複数人に雑居ビルに連れ去られ、そこで乱暴される──と。

 

 その話を悠理から又聞きした大河は、毎朝必ず広場の隅に座って、危険そうな人物とそうでない人物を覚える時間を取っていた。


 だから、彼らの顔は知っている。


「なんだ知ってんのか俺のこと。じゃあもう演技する必要ねぇな。分かってんな小僧。その女を、一時間──いや、三時間だけ俺らに貸してくれるだけでいい。なぁに、見返りならやるさ。お前を俺らのクランに入れてやるよ。飯にも服にも、女にも困らねぇ。俺らはほら、ちゃんと毎日頑張ってレベルアップしてるからよぉ。強いぜぇ?」


 スキンヘッドの男が、いやらしい笑みを浮かべる。


「大丈夫、こう見えて俺らは紳士だ。彼女の痛がることは絶対にしない。まぁこの人数だとちょっと疲れるかもしれんが、彼女も絶対に喜んで──」


「うるさい」


 瞬間だった。


 大河の姿がかき消えて、イケメン男性の喉を斬ったのは1秒にも満たない速さで──その場にいたどの男にも現実の認識を遅れさせる速度だった。


「は?」


 喉から噴出される赤い液体を目にし、そして自分の右手で喉を触り、斬られたと実感する。


「はぁ、はっ、はぁああああああああっ!?」


 イケメン男性が疑問と驚きの声を上げた。

 静かな百貨店の店内にその声が響き渡る。


「おれ、おれっ、血っ! 血が! だれかっ! だれか早くなおかひゅー」


 言葉の最後は言い切れず、空気が漏れるような音になる。

 膝から崩れ落ち、血を止めようと必死に両手で抑えるがまったくの無意味。

 パクパクと口を動かしながら、イケメン男性はやがてゆっくりと倒れた。


 その背中に、大河は『剣』を突き立てる。

 おそらく心臓があるであろう場所、そこめがけて、なんの迷いもなく。

 イケメン男性は十数秒間身体をビクつかせ、腕や脚をピンと伸ばし──そして動かなくなった。


「てっ、てめぇ!」


「お前、急に! 卑怯だぞ!」


「あああっ、『抜剣アクティブ』!」


「アクティ──うわぁ!」


 にわかにざわつき始めた男たちの中で、大河はまだ『剣』を出していなかった一番近い場所に立つ男の腹を、全力で薙いだ。


 寸断される男の上半身が、吹き飛ばされて百貨店の入り口の横の壁にぶち当たる。


「ひや、ひゃあああああああああっ! 俺の! 俺の身体が! 俺の身体が二つに! 俺の脚が! 脚がぁあああああ!!」


 遅れて顕現した『剣』によるステータスアップ、そのせいですぐに死ねなくなってしまったその男は、置き去りにされて地面に倒れた己の下半身を目撃してしまう。


 さっきまで自分であったモノ──いまはもう独立してしまった肉塊となってしまったモノ。


 それを見た男の恐怖は、いかほどの物なのか。

 大河にはわからない。


「くっそ! お前ら囲め! 絶対に逃すな!」

 

 スキンヘッドの男の号令に、男たちはよたよたと明らかに精彩を欠いた動きで展開する。


「悠理、そっちに隠れてろ」


「──あ、うっ、うん!」


 悠理ですら、大河の動きにまったく反応できなかった。

 それは男たちとは違い、見えてはいたがあまりにも急な展開に脳が追いついていなかったからだ。


 だから大河に声をかけられてようやく自分が今、護られているという事に気がついた。


「わ、私も闘う──」


「ダメだ!」


 大河だけに手を汚させないと、悠理は自らも闘う覚悟を口にしようとしたその時、今まで聞いた事のない大きな声で大河に静止される。


「──え?」


 右手を前に出して『剣』を出そうと構えた姿のまま、悠理は固まり大河を見る。


「お前は殺すな。こういう奴らは、全部俺が殺る。モンスターは良い。人間は──お前に近づく悪党は全部、俺が殺す」


 大河はそう宣言し、悠理の返答を聞く前に動く。


 右側に立つ、先日見た若者の一人を狙いに定めた。


「おおおっ、俺はレベル3だぞ!? お前よりも俺の方が──」


「いや、俺の方が腕も覚悟もレベルも上だ」


 無限回廊を出て、己の力不足を痛感した大河は、あれからさらにオーブを費やしてレベルを上げている。

 その数字は10。

 

 源二げんじのように『剣』を成長させて、『血の探求者ブラッドシーカー』のような強力なスキルを持つ武器を持った方が良いかと迷ったが、『咎人の剣』が今成長に必要とするオーブは【500,00オーブ】。

 生活費のことやこれからのことを考えると、そこまでの浪費は痛い。


 だから悠理には少し我慢をしてもらい、先に大河のレベルを上げた。

 それならまだオーブにも余裕が残ったし、ステータスに表示される数字も見違える変化を見せたからだ。


「お前らどうせ、クランに入れられてから昨日の今日で女の人を襲って、良い目って奴を見たんだろ?」


 大河はそう言いながら、レベル3の若者の右手首──『剣』を持つ手を寸断する。


「ぎゃっぎゃあああああああああああっ! 痛ぇ! 俺の手、俺の手がぁあああああっ!」


「そんな悪党になっちまったっていうなら、俺も罪悪感も感じないで済む」


 手首と『剣』を失い悲鳴を上げる若者に、大河はそのまま『剣』を返す勢いでその首を落とした。


 大口を開け、驚愕の表情を貼り付けたまま、若者の首が大噴出する鮮血と共に百貨店の床に落ちる。


摂津せっつさん! こいつ強え! 俺らじゃ、俺らじゃ無理だ!」


「う、ううううっ、うるせぇ! ここまでされて逃げ帰ったら、俺らはあの広場で舐められちまうだろうが! いいか! 俺らみたいなのは、舐められたらもう終わりなんだよ!」


 取り巻きの一人の弱音を、摂津と呼ばれたスキンヘッドの男が大声で跳ね除けた。


「おおおおっ、お前よくも俺のダチを!」


 二人組の若者のもう一人、こっちはメガネのおとなしそうな男だ。

 メガネ男子は『剣』を振り上げながら、大河に突撃してくる。

 それは死んだ友人への想いからくる、仇討ちか。


 これが普通ならメガネ男子の行動も正義なのだろうが、彼らはもうすでに、悪事──力で女性を弄ぶ行為の蜜の味──を知ってしまった。


 だから最初に大河たちに声を掛けた時、あんなに楽しそうにニヤニヤと笑えたのだろう。

 大河はそう脳内で結論つける。

 実はその考えはまったくの正解であって、この時すでに若者たちは──三人もの女性を集団で乱暴するという悪事に──染まっていたが、その内容までは大河もわからない。


 しかし大河は自分の思考に一切の疑問も持たず、突撃してくるメガネ男子の懐に一気に飛び込み、その胸の中心めがけて『剣』を突き立てる。


「ぎっ!」


 歯と歯が噛み合い擦り合う音が、そのまま言葉としてメガネ男子の口からこぼれる。

 ぶつかってきた大河の身体はそのままの勢いで、メガネ男子の身体を貫いたまま百貨店の壁へと突撃し、彼を壁にめり込ませて止まった。


「ダチなら、ダチが悪いことしてたら──止めろよな」


 思い起こされるのはあの大聖堂で、源二を殺そうとしていた真司しんじの姿。


「一緒になって悪いことしたら、誰がダチを止めてくれるんだ」


「ひっ、やめ、ごめんなさっ、やめてぇえええっ!」


 口から血の固まりを吐きながら、そしてその血で大河の顔を汚しながら、メガネ男子は懇願する。


 しかし唾棄すべき悪党と化した彼の言葉は、もう大河には届かない。

 口を真横にきゅっと締め、腕に渾身の力を込めて、大河は腹から喉へ息を吐きながら『剣』の刃を天に向かって握り返した。


 そして──。


「【アッパースラスト】!」


 大河の身体が、不自然なまでの跳躍で天井まで飛ぶ。


 身にまとう謎のオーラが、『咎人の剣』が、メガネ男子の身体を縦に両断しながら百貨店の天井までもを破砕した。


 悠理は、摂津は、そして残りの悪党どもは、そのあまりの威力に口を半開きさせて身動き一つ取れなかった。

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