今の新宿の日常②
「おーい、そっちのブルーシート少し譲ってくれよ」
「馬鹿言ってんなって。怖い思いして建築現場から掻っ払ってきたんだぞ。欲しけりゃ自分で取りに行けよ」
「無茶言うなよ。ここらへんで一番近い工事中の場所って歌舞伎町だろ? あんなおっかない場所、俺らが行けるわけないだろ」
「大ガード下を越えた先に建設会社のヤードがあるだろ? あそこに行けばまだ残っているかもな」
ガードレールに腰掛ける
聖碑の加護によってモンスターを寄せ付けないアルタ前広場には、多くの避難民が密集しており、各々が自分達のテリトリーを勝手に決めて生活している。
広場の隅であったり、路面店の店内であったり、雑居ビルの一室だったりとさまざまだが、人数が多すぎるせいでもう寝床となるところがあまり残っていない。
なにせ雑居ビルの中には、あの不思議な見えない壁で入れないビルもあるのだ。
かといって野宿をするのは
避難民の中には素行の悪そうな──いわゆるチンピラや半グレ、ヤクザ紛いの不逞の輩も少なからず存在していて、モンスターとは別の意味で身の危険に注意せざるをえない。
だからなのか、自然と避難民たちは自分達のプライバシーと安全を守るために、テリトリーの構築に精を出し始めた。
聖碑の規模によって加護の範囲が変わるらしく、アルタ前広場における安全地帯はそこそこの規模だ。
だが面積に対して避難民の数が余りにも多すぎる。
いつしかテリトリーの占有に関するトラブルも日を追うごとに増えていき、今では小競り合いが絶えなくなってしまった。
そこかしこでやれはみだしているやら、やれ資材を融通しろやら、やれ食材をよこせやらの怒鳴り声が聞こえてくる。
大河はそんなアルタ前広場の様子を、ぼんやりと眺めていた。
「大河、おまたせ」
近くの雑居ビルでトイレを済ませてきた
「ああ、大丈夫だったか?」
「うん、他にも女の人いたからね」
集団行動を強いられる避難民だからか、特に女性たちの団結力が強い。
近辺のビルにはトイレの他に風呂もあったので、悠理は他の女性たちと共によく行動し始めるようになった。
と言っても共同での洗濯や炊事の手伝いを終えれば、すぐに大河の隣に戻ってくる。
避難民の中には、皆で協力してこの難局を乗り越えようとする派閥があって、悠理がよく世話になっているのはこの人たちだった。
災害時の行政の支援も、ボランティアによる支援も期待できないこの状況で、なんとか一致団結して生き延びようとする集団だ。
しかし、場所が場所だけにそれに反発する者も多い。
なにせここは東新宿。
アジアで最も活発な繁華街を擁する不夜城の入り口。
居住者よりも観光客や夜の店の利用者の方が多いせいかまとまりが絶望的にない。
先に述べたチンピラや半グレ、ヤクザ紛いの不逞な輩たちが中心となって、無人となった新宿を荒らす野党団のような物まで結成しかかっている。
「んじゃあ、行くか」
「うん、どっち方面にする?」
「歌舞伎町とかはなんか強そうなモンスターが多いイメージがあるから、やっぱり百貨店の方に行くか」
「おっけー」
そんな会話をしながら大河と悠理は聖碑の加護が届くエリアを出て、新宿の街へと歩き出した。
今日は今から、百貨店などで生活に必要な物を揃えに行くつもりだ。
と言っても、字面通りの気軽な物ではない。
危険なフィールドと化した新宿を、危険を承知で往くサバイバルじみた買い物だ。
歌舞伎町の入り口にある有名なディスカウントストアも選択肢に入れていたのだが、大河が言ったように今の歌舞伎町は以前とは違う意味で危険な場所となっている。
そっちから逃げてきた避難者に話を聞いたところ、コウモリの翼を生やした醜い女性型のモンスターや、二足歩行する筋肉モリモリの狼男などが現れるようになったらしい。
場所が場所なだけに、二人には歌舞伎町に良いイメージがあまりない。
そんな所に現れるモンスターは、きっと厄介に違いないと決めつけた。
「行く途中で食材系の奴が出たら、一応全部狩っておくか」
「そうだね。でもあんまり他の人に戦っているところ見られたくないから、もう少し歩いてからにしない?」
「ああ、そうだな」
どうやらダンジョン内部と違い、外──フィールドモンスターの中には食用となる個体がいるらしい。
目つきが悪く人を見つけるとすぐ突進してくる牛のモンスター、『迷い暴れ牛』を討伐すると、ロースやホルモン、バラやランプなどが報酬として手に入った。
サーロインはレア食材であるらしく、十匹倒して手に入ったのは一つだけだった。
他にも『アングリーチキン』や『眠らせ羊』、『エスケープダイコン』に『スピアキャロット』と言った食材系モンスターが、聖碑の加護の外にうじゃうじゃと徘徊している。
その強さはそこそこで、大河や悠理みたいにこの三週間を戦い、切り抜けてきた者にとっては大した事のない敵ではあるが、他の避難者──あのダンジョンを経験せず、戦闘を避けていた者たちにとっては充分に脅威であった。
「俺らが戦えるって知られたら、あの怖いおっさんたちに付きまとわれるしな」
「『クラン』だっけ。嫌な感じだったねあれ……」
あの広場に寝泊まりするようになって二日目のこと。
ゲーム知識とセンスを活かしてフィールドモンスターを狩っていた二人の若者に、半グレ集団が声をかけているのを目撃した。
レベルを上げて魔法を使いこなせるようになった若者に対し──。
『兄ちゃんたち、強いじゃん」
「俺らと一緒にこねぇか? なぁに、悪いようにはしねぇさ。用心棒みたいなもんだよ」
「見返りはちゃんと用意するからさぁ。な?」
──といかつい顔の男たちが取り囲み、有無を言わさず彼らを自分達の集団──『クラン』に所属させていたのだ。
四人までの個人とオーブやアイテムを共有できる『パーティ』。
大河と悠理が今登録しているそれは、言うなれば一つのユニットを結成するような物だ。
更にその『パーティ』を集め、より巨大なチームとするのが『クラン』。
パーティと違うのは明確な上下関係が必要なシステムであり、クランリーダーが『共有するアイテムの選択権』、『パーティ単位でのオーブの配分率の決定権』、『パーティ単位の貢献度によるランクアップ・ランクダウンの裁量権』などの、集団を統率するための機能を持ったシステムだった。
つまり、機能を悪用すれば立場の弱いパーティから一方的な搾取ができるシステムである。
自らの利にめざとい半グレ集団は誰よりも早くクランシステムの負の部分に気づき、日に日にその勢力を増し始めていた。
大河と悠理が他の集団に属しようとしないのは、それを目撃したからだ。
今のアルタ前広場の空気はとてもじゃないが良いとは言えず、どこか殺伐としている印象を受ける。
半グレ集団の暗躍もそうだが、悠理がよく世話になっているさきほどの集団も、避難民を統率しようとするあまり、どこか強権的になっていた。
「もう少ししたら、あそこから離れた方が良いかもな。いつかきっとヤバいことに巻き込まれそうで怖い」
「そうだね。でも大河のそういうとこ、中学の頃から変わってないね」
「……人付き合いが、得意じゃないんだよ」
悠理の不躾な指摘に苦虫を噛み潰したような表情をして、大河は不機嫌そうに答えた。
「あはは、ごめんごめん。ほら、機嫌なおして」
そんな大河の顔を見て、悠理は嬉しそうに笑う。
無人となって閑散とする新宿を、二人は進んでいく。
大河は昨日の夜の事を一切覚えてはいなかった。
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