新宿→→→高田馬場
今の新宿の日常①
『もしもし大河! お前なぁー、仕事中に電話してくるなって何度も言ってるだろ?』
「はぁ……ぐずっ、はぁあっ……はぁっ」
『……大河? おい、どうした大河。お前……泣いてんのか?』
「おじっ、おじさんっ……おおおおおっおれっ、おれがっ……ぐっ、うぇえっ」
『──どうした? 何があった。落ち着いて叔父さんに話してみろ』
『おれっ、とうさんを……ずずっ、とうさんを、包丁でっ……刺したっ』
『っ!? 大河!? お前今どこだ! 兄貴はそばに居るのか!?』
「がっこうからっ、帰ってきたら……うぇっ、父さんっ、また酒飲んでたからっ……飲みすぎるなって……ふぅううっ」
『ああっ! それで!?』
「父さんっ、急に怒り出して……ふぅっ、俺がっ飯作ってたらっ、殴られてっくくくっ、首っ、締められてっ……俺、怖くなって……包丁で、父さんの腹を……うぇええっ」
『わかった! 大丈夫だ! 大丈夫だから! 兄貴──お前の親父は、
「はっ、腹に包丁が刺さったままっ、うううっうずくまってて、痛いって……ふぅううううっ」
『わかった! お前は怪我してないか!? 動けそうか!?』
「なっ、殴られてっ……ひっ、鼻から血がっ……出てるけどっ、くっ、首が痛いけどっうううううっうごける」
『よし! その包丁は絶対に抜くな! タオルとか近くにあったら、包丁を動かさないように傷を抑えておけ! 変な気を起こさずに待ってろよ! 良いな!? 叔父さんと約束しろ!』
「おじさんっおれ……おれっ、刺すつもりなんてなかったんだ……とっ、とうさんがっ、くくくっ、くび締めるからっ怖くなって、ほんとうなんだっ、おれ、おれっ」
『大河! しっかりしろ大河! おい! 俺の声が聞こえてるか!? 大河! 大河──大河っ!』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「────大河! 大河ってば!」
肩を揺り起こされて、大河は目を覚ました。
いや、まだその意識は朦朧としていて、今見た夢と現実の境目にいる。
「大丈夫? ねぇ、凄いうなされてたよ? 寝汗も凄いし、顔も──」
心配そうに顔を覗き込む人物が
「あ、あああっ」
飛び起きて、周囲を見渡す。
天井の照明がチカチカと明滅し、赤茶色のレンガを模した薄汚れた壁で囲まれている。
「──あ、ああああっ」
顔を両手で覆い、身体がガタガタと震え出す。
「あああああっ、あああああ」
長い時間をかけて封じてきた記憶が、夢の形を取って現れた。
そのあまりの
「っ大河!」
そんな様子の大河を見かねて、悠理はその頭を胸に寄せ力一杯抱き締めた。
「ふーっ! ふぅうううううーっ!」
指の隙間から見える目の焦点が合っていない。
奥歯が小刻みに揺れ、カタカタとぶつかっている。
「大丈夫、大丈夫だから! ほらっ、私が一緒にいるから!」
悠理は大河の頭を撫で、背中を摩った。
小さな子供にするように、その身体を包み込んで優しくあやす。
「ふぅううううっ、ふぅうう……ふぅ、ふうぅーっ」
徐々に、ゆっくりと大河の様子が落ち着いていく。
「ふっ、ふぅっ……すぅ」
そして気絶したかと思うほど唐突にその目を閉じて、また眠りに落ちた。
「大丈夫……大丈夫だよ……大河」
壁に背を預けて大河の身体を引き寄せ、悠理は大河を抱き続けた。
やがて大河は安らかな寝顔を見せ、悠理は一息つく。
「……場所が悪いのかな。昨日まではこうならなかったし」
大河の頭を膝の上に乗せて、目を閉じる。
なんだかんだで疲れていたので、そのまま眠れる気がした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大河たちが今いる場所は、新宿アルタ前広場に程近い雑居ビルの、7階の非常階段。
薄汚れた赤茶色の、タイルを模したデザインの壁に囲まれた狭いスペースだった。
近くの寝具店から持ってきたベッドマットを床に敷いて、道に置いてあったゴミ箱や看板をバリケード代わりにして、ここを二人の仮のねぐらとして使っている。
あの無限回廊を抜けて、すでに四日が経過していた。
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