覚悟
「し、
「おいおい、腹ぁ、貫通してんのに……余裕そうじゃねぇか
その顔は力なく、でも穏やかに笑っている。
「覚えてる……か? 初めて話した中一ん時の事……名前が似てるからって……馴れ馴れしく喋りかけてきた隣の席のシャバ僧……ああ、お前は……ほんっと昔っから変わんねぇ……なぁ」
「なっ、何言ってやがるっ! 痛ぇ! ぐっそっ、ごはっ、退げぇ!」
源二の喉から、大量の血が溢れ出る。
「誰よりも臆病な……癖に、見栄だけはご立派でよぉ……小心者なのに……デカイ事ばっか言って……本当に滑稽だぜ……大した努力もしないくせに……自分より出来が良い奴が現れると、すぐ被害者ヅラしやがる……俺はツイてないって……アイツばっかり良い目見てズルいって……なぁ……ははっ」
「なっ、なにが可笑しい!」
なんとか真司を振り解こうとジタバタと暴れるが、その『剣』はより深く、そして致命的に源二の肉に食い込んでいく。
「いやぁ……でも、楽しかったなぁ……ってよぉ……なにやるにも、面倒くさがる俺は……お前みたいな……慌ただしい奴が……隣にいて、ちょうど良かったんだ……お前が……東京に行こうなんて……言わなけりゃ……あの海と雪くらいしかない、パッとしない街で……ずっと腐ってた……ああ、こんなんなっちまっても、お前は……俺の……ダチなんだな……」
「そのダチの腹に何ぶっ刺してんだグゾ野郎がぁああ! 離せっ! 退けぇ! 痛ぇ! 痛ぇえええええ!」
腹から伸びる『剣』から血が滴る。
喉から噴き出る血が悠理にかかる。
源ニが暴れるせいで離れている大河の顔にまで、血の滴が飛んできた。
その光景を唖然と見ていた悠理は、ようやく我に返って匍匐前進のように地面を這い、ふらふらとヨタついている大河へとたどり着いた。
大河の身体を支えながら、悠理は再び真司と源二を見る。
「ダチの、不始末は……ダチが片ぁつけねぇとな……すぐ、楽にしてやる……なぁ、に……俺もすぐ行くから、また向こうでバカやろうぜ……なぁ……源二」
「だまっ、黙れ死に損ないが! 俺は、お前のそういうっ、スカしてるとこがずっと気に食わなかったんだ! 地元の奴らと一緒だ! 俺のことを下に見てやがる! バカにしてやがる! 俺はっ、俺はお前らなんかと違う! この東京ででっかくなって! 俺をバカにした連中を! アイツらを!」
泣いている。
源ニは自分がみっともなく泣いている事に気づいていない。
大粒の涙を流し、鼻水を垂らし、まるで子供の様に泣いている。
「……被害妄想が……過ぎるぜぇ……んじゃあ……終いにしようや……ぐっ! かっ、【火炎】!!」
真司と源二の間に猛烈な勢いの業火が走る。
それは二人の身体を包み込む様に、そして飲み込むようにあっという間に広がっていった。
「ぎゃあああああああああああああああっ!!」
「うっせぇ……なぁ……最後くらい……びしっと……締めろよ……馬鹿野郎……」
燃えたのは五秒くらいだろうか。
科学を無視した魔法だからか、その火力は短時間の出火では通常では考えられない勢いと熱。
源二は全身を焼かれているが、真司には火傷ひとつ見当たらない。
「もう……いっちょ……【火炎】!」
「ああああああぁあああああ、あついぃいいいいいいいっ! やめてくれ真司! やめてぇえええっ!」
肉の焦げる匂い、髪が溶ける匂い。
油の爆ぜる音、人の悲鳴。
甘い匂いと定まらない視界でフラついている大河にも、それらがはっきりと聞こえ、嗅ぎ取れる。
それから十数回、その業火は燃え盛った。
断続的な源ニの悲鳴が聞こえなくなる頃、もう真司は──何も言わなくなった。
永遠に。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ゆう、とさん」
まだフラついている頭を片手で抑えながら、大河は事の顛末を全て見届けた。
「あんな、死にそうだったのに……」
大河の身体に寄り添いながら、悠理がぽつりと零す。
すると大河と悠理のスマホが、短い電子音を鳴らした。
「…………」
「…………」
二人はゆっくりと顔を見合い、それぞれのスマホを取り出し、画面を起動する。
【関係性効果の発動を確認しました。説明を聞きますか?】
スマホからはいつもの穏やかで優しい声が聞こえてくる。
「……簡単に……教えてくれ。細かいのは、また今度聞くから」
ぶすぶすと煙を出す源二の死体に覆いかぶさるように、真司は死んでいる。
そんな二人を前にして、悠長に説明を聞いている気にはなれない。
しかし情報に疎い事が命取りになると、
【はい、では簡単にご説明します。関係性効果とは
「それって、つまり」
悠理は、穏やかな顔で死んでいる真司の顔を見る。
「まだ、アイツのこと……友達だと思っていた……思っているんだ」
たとえ気が触れて殺人鬼に成り下がっていたとしても、真司にとって源二は昔からの友人だった。
だからこそ最後の力を振り絞ってでも、その手で殺したかったのだろう。
大河と悠理には二人の事がわからない。
ホストであることと、名前しか知らない。
でもこの二人にも人生があった。
それは、
「くっ」
「常盤くん、大丈夫?」
頭痛と眩暈、そして強烈な眠気で霞む意識をなんとか堪える大河に、悠理が背中を支える。
「ああ、大丈夫だ。それよりも成美、お前は?」
「……わかんない。まだあの人のことは許せないし、未羽さんのこと納得できてない。勝手に暴走して、また常盤くんを危ない目に合わせてしまったことも……もう、どうしたら良いかわかんない。ごめん……ごめんね」
顔を伏せた悠理が、またポロポロと泣き始める。
大河はその頭を引き寄せて、肩に押しやった。
「まぁ、人の話聞かなかったのはもう勘弁してほしいけど……気持ちは、分かっているつもりだから」
「うん……うんっ」
そうしてしばらく二人で抱き合って、酔いが覚めたと感じた大河はゆっくりと立ち上がる。
「ときわ……くん?」
その様子が尋常じゃないと感じた悠理が、名前を呼んで引き止める。
「……こいつとの戦いで、自分が甘いってことを認識した。こいつが言ってた事が全て正しいとは言わないけど、でも確かにって思えた事がひとつだけある」
大河は出しっぱなしにしていた床に転がる自分の『剣』を拾い、歩き出す。
そこには真司と源二が横たわっていた。
そして大河はゆっくりと『剣』を振り上げた。
「まだ、生きてるんだろ?」
大河の言葉に反応したのは──源二だった。
「息を殺して俺らが居なくなるのを待ってたみたいだけど、身体がゆっくりと上下してんの。見逃さなかったから」
「ま、待て! おおおお、俺はあの『剣』のせいで! おかしくなっちまってたんだ! あんなの俺じゃねぇ! な!? 頼むから見逃してくれよ!」
よろよろと上半身を持ち上げ、もたれかかって死んでいる真司の身体を跳ね除けて、源二は大河を見上げた。
ぐずぐずとなった腕と脚では、まともに立って歩く事もできないだろう。
もうこの男に、誰かをどうこうできる力は残ってはいないかも知れない。
だが、大河はもう心に決めていた。
「そう言って、何か体力を回復させる手段を隠し持っていたら俺らが危ない。さっきの戦い、本当はさ。アンタを殺そうと思えば、多分殺せたんだ俺。自分が殺されそうって時なのに、人を殺す事を怖がってた。そりゃそうだ。だって俺は、ついこの間まで普通の子供だったんだから」
「じゃ、じゃあ!」
情けない視線で、源二は大河の良心に
これが人を殺した男の目か。
これがたくさんの人を切り殺した、殺人鬼の目か。
これが、さっきまで大河を殺し、悠理を穢す事しか考えていなかった──人でなしの目か。
大河の心が、呆れと怒りと憎しみでゆっくりと冷えていく。
「でも俺のそんな甘い心が、成美にあんな事をさせる原因になっちまった。俺がさっさと殺してれば、アイツがお前なんかの血で手を汚すなんてバカな事を、考えもしなかっただろうに」
「ひっ」
もう覚悟は済んでいる。
新宿駅から外の景色を大河は知らない。
でもきっと、外も同じ様に混沌としているのだろう。
聖碑や『ぼうけんのしょ』が、それを指し示している。
ならばこそ、これからも源二のような悪党に──人でなしにいちいち良心を見せていたら、自分と悠理の命を護りきれなくなる。
「だから、お前はここでちゃんと殺しておく」
「やめっ、許して、やめっ──」
大河の降り下ろした『剣』が、源二の脳天を割った。
血飛沫が大聖堂の壁と床と、そして大河の身体を染め上げていく。
悠理はその光景を、唖然としたまま見ている事しかできなかった。
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