狂人の凶刃④


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ぐっ! くっそ!」


 次々と襲い掛かる『血の探求者ブラッドシーカー』を、紙一重のところで避け、受け、裁きながら大河たいがは歯噛みをする。


 受けた『剣』の金属音すら鬱陶しい。何もかもに苛立つ。

 透瑠とおるの楽しそうなかおに、嬉しそうな声に、愉快そうな体捌きに、遊んでいるかのような余裕に、そしてそれを必死で受け流すことしかできない、不甲斐ない自分に苛立ちが募る。


「ほぉおおおおらっ! どしたどしたどしたぁ!? もうギブすんの!? 諦めて死んじゃう!? いいよぉ!? 俺ももうさぁ、我慢がさぁ!」


「っうるっせぇええっ!」


 渾身の力を込めて、『血の探求者ブラッドシーカー』を弾き返す。


 すると透瑠の身体が『血の探求者ブラッドシーカー』と共に勢い良く後方へと吹き飛ばされた。

 

「痛ってぇええっ! さっきからなんだよその馬鹿力! 俺もレベル、上げときゃ良かったなぁああっ!」


 みっともなく地面にもんどり打ち、それでも透瑠は楽しそうに嗤いながら起き上がる。


 力では勝っている。

 先ほど透瑠が言っていたように、レベルの数字では大河の方が上なのは間違いない。


 その証拠に力と力でぶつかった時に、勝つのは大河の方だ。


 じゃあなぜ大河の方が分が悪いのか。


 それは一瞬だけ、透瑠の動きの全てが大河を上回るからだ。


 『血の探求者ブラッドシーカー』を持ち上げ一歩を踏み込むまでは、抜剣アクティブしたことにより上昇している大河の動体視力でなんなく見切れる。

 だが次の瞬間、間合いを詰め『剣』を振りきるその時だけ、まるで大河の意識の切れ目を縫うように、透瑠の身体がる。

 陽炎の様にゆらめいたかと思えば、気づけばその身体は大河の間合いの内側へと入り込み、斬られる寸前のところまで気づけない。

 意味がわからない。


 寸前で『剣』を割り込ませ、いなしたり受けたりと堪えてはいるが、対峙している間ずっと気を張り続けることなど不可能。

 いつかは受け損ね、致命的な一撃を受けてしまうことになるのは明白である。


(あの『剣』! 『血の探求者ブラッドシーカー』のアビリティが、俺とアイツとに差をつけている!)


 透瑠が嬉しそうに語った四つあるらしい『血の探求者ブラッドシーカー』のアビリティ、【血の吟味】と【血の追跡】ではこの状態の説明がつかない。

 なら残りの二つ。

 その二つのうちの一つ──もしくは二つともが、大河と透瑠の力量レベル差を埋めている。


(考えろ……考えろ! どっちのアビリティにも名前に【血】って付いてる! 『剣』の名称もそうだ。だから残りの二つも血に関係したアビリティの可能性が高い! 恒常的にステータスの底上げをしていないのなら、瞬間的に──なんらかのトリガー……予備動作とかがあってもおかしくない!)


 大河は『咎人の剣』の成長システムの説明の頃から、システム周りに不安を覚えていた。

 それは『ぼうけんのしょ』が語った【巡礼者に与えられた『咎人の剣』は、他者やモンスターの可能性を喰らう事で成長する剣です】の部分。

 

(モンスターだけでなく、【他者】と言っていた。つまりこの『剣』の成長システムは──巡礼者プレイヤー同士の殺し合いを想定──いや、推奨している! なら、PvP間で一切の予兆無しにスキルやアビリティが使用される訳がない! そんなの初見殺しすぎる!)


 例えば魔法。

 大河は初級魔法しか知らないが、その発動までに複数の予備動作を必要とする。

 ①剣を持つ。

 ②剣を持っていない方の手を対象に向ける。

 ③魔法名の詠唱。


 この三つは、魔法使用者を見てさえいれば最低でも発動前になんらかの魔法が放たれると判断できる。


 例えばスキル。

 大河は『咎人の剣』の持つ斬撃系スキル、『アッパースラスト』を一度だけ使用したことがある。


 それは通路に迷い込んで二日目のとあるモンスター戦の時だ。

 余裕のある雑魚戦だったのに調子づいて、試してみるかと考え無しにそのスキル名を唱えた。

 すると大河の姿勢はスキルを放つに適した体勢へと勝手に動き出し、目の前の雑魚モンスターに向かって『剣』の刃を立て下から上へ──地上スレスレから天井ぎりぎりまで上昇しながら斬り上げた。


 威力だけを見れば、間違いなく強力なスキルなのだろう。

 なにせ大河の身体に纏ったオーラだけで天井の一部を抉ったのだから。

 

 しかしその一撃は対峙していたモンスターがかなり素早く、そして背が低い事が仇となり、見事に空振り。

 自動化されたモーションはあまりにも隙が多く、着地の瞬間まで動けなかった。

 あれが複数の敵に囲まれていた状態なら危なかっただろう。

 スキルの使用による体力の消耗も凄く、たった一発で息切れするほどだ。


 あれ以来、大河は『アッパースラスト』を封印している。

 総合的に判断して。使い勝手が物凄く悪かったのだ。


(つまりスキルも魔法も予備動作がちゃんとあった! 少なくとも、初期状態から一回成長させたくらいでそのデメリットが消えるなんて考えられない! ならこのアビリティにも、予備動作──もしくは気をつければ分かるトリガー、仕掛けがある筈!)


 右に、左に。

 『血の探求者ブラッドシーカー』の往復攻撃をなんとかいなしながら、大河は集中する。

 その一挙手一投足に絶対に違和感があるはずだ。

 そうでなきゃ、大河も悠理もここで死ぬ。


(くっそ、防御と回避を優先してるからなんもわかんねぇ!)


 だが大河は格闘技の素人。

 剣術など更に門外漢。

 街での喧嘩すら、友人との殴り合いすら記憶にない。

 

 人間的な動きの違和感なんて、よほどの事じゃない限り気がつく訳がない。


(くっ! なんとかしないと! つかコイツのツラとか言動とかに苛つきすぎてっ、あとこの甘ったるい香水の匂いでうまく考えがまとまらない! 香水がキツすぎ──え?)


 なぜ、この命の取り合いの最中。

 自分が殺されるかも知れないという瀬戸際にいて、こんなにも苛つき、こんなにも鼻腔にまとわりつく香水の匂いになぞ気を取られるのか。


(匂い──この、シャツが真っ赤になるまで血に染まっている状態で、香水の匂い?)


 大河に血の匂いに、覚えはない。

 軽い怪我は生きていて幾度もしているが、その時流した血のどれもが無臭だった。少なくとも記憶に残るような悪臭ではない。

 よくテレビや漫画などで、錆びた鉄の匂いなどと形容されるが、そんな大量の血の匂いを覚える場面に遭遇した事もない。

 だから、血は匂いのしない物だと思っていた。


 しかし、多量の成分が含まれる血が、しかも今透瑠が身につけているシャツのように所々が凝固し始めているくらい時間が経過した液体が無臭であるなんて考え辛く、もし匂いがしたとしてもけっしてこんな甘ったるい匂いを発するような物では無い──と大河は結論づけた。


(まさか──!!)


 大河は右から薙ぎ払われる『血の探求者ブラッドシーカー』の一撃を『剣』で受け止め、あらん限りの力を込めて跳ね返した。


「っぐぇえっ! 痛ってぇええええっ! このクソガキゃっ! 調子に乗りやがって!」


 透瑠は今度は横に吹き飛び、壁に頭をぶつけて痛みに悶えている。


 その間に大河は上着として着ていたTシャツを脱いで、自分の鼻から顎にかけて押し当てた。


「──ぅん? ありゃ、気づいちまったか?」


 大河の行動を見た透瑠が、あっけらかんと言い放つ。


「随分勘が良いんだな兄ちゃん、そう。その匂いが『血の探求者ブラッドシーカー』の三つめと四つ目のアビリティ。【血の誘惑】と【血の撹乱】。『血の探求者ブラッドシーカー』にこびり付いた他人の血は甘い匂いを放ち──より近くで嗅いだ奴の意識を一瞬眠らせる。血を甘い酒っぽくするのが【誘惑】で、眠らせるのが【撹乱】な? 今の匂いは凄いだろぉ? なにせいっぱい殺してきたからな。たっくさん溜まってる。まぁ欠点としては、上のレベルの奴にはよっぽど近づかないと効果が出ないってところと、すぐに効果が切れるってところ」


 つまり、透瑠が近づいてきた段階で大河に意識は一瞬落ちて、すぐに目が覚める。

 その意識の空白が、透瑠の姿がブレてから現れるまで。


「ふーっ! ふぅううー!」


 自分のシャツで口を抑えながら、大河は荒く呼吸をする。


(これでなんとかなるかわかんねぇけど、アビリティは全部知れた。あとは一個しかないスキルが、何か。くっそ、『剣』を成長させる事がこんだけ戦力差が出るなんて、ゲームバランスおかしいだろこれ! レベル上げるよりそっち優先すりゃよかったか!? いや、あの『血の探求者ブラッドシーカー』は隠し武器──人を大量に殺す事でフラグが回収されて成長の選択肢が増えた特別な成長だ。デメリットもあるって言うし、アレが特別強いだけかも知れない!)


「んじゃあネタバラシは大体済んだし、そろそろ死んでくれねぇか? 俺もうさぁ。早くあの子とシたくてシたくて、股間がはち切れそうになっち──」


 透瑠の視線が大河から悠理ゆうりへと移動した、その直後だった。


「うおっ!?」


 透瑠の顔面の横を、土と砂の大きな塊が物凄いスピードで横切っていき、そして壁に激突して破裂した。


「あっぶねぇ!」


 驚く透瑠を横目に、大河は塊の飛んできた方向を見る。


「な、成美なるみ! お前なんでっ!?」


 そこには憎悪に染まる両目から涙を流しながら、透瑠へと左手を向ける悠理の姿があった。


「おっ、お前さえっ、お前さえいなければ! 未羽さんは! 未羽さんはっ!」


 その後ろには、顔にタオルをかけられた状態の嘉手納かでな 未羽みうが横たわっている。


 大河はそれで、全てを察した。

 間に合わなかった。

 どうする事もできなかった。

 助けられなかった、と。


「んぁあああああ!? なにあの女まだ死んでなかったの!? くっそしぶてぇええええ!! あんだけ斬ってやったのにさぁ! まぁでもぉ!? ながぁあああい間後悔して死んだってことで許してやっか! 俺に偉そうに指図して、バカにしやがった事をさぁ! アイツ俺になんて言ったか知ってるか!? 『メンタル弱すぎ、ビビりすぎ』とかさぁ! ふざけてるよなぁ! だから結構、気をつかって念入りに斬ってやったのよ! 即死しちゃわないようにさぁ! あはっ! あはははははははっ!」


 それは透瑠も同じようで、未羽の遺体を見てケタケタと笑い出す。


「っ! このっ人でなしっ! クソ野郎!」


 その言葉に、悠理が激昂する。

 構えた左手は透瑠の頭部を狙っていて、殺意と共にその魔法は詠唱された。


「【土砂】! 【土砂】! 【土砂】! 【土砂】! 【土砂】!【土砂】!」

 

「ふはははっ! なぁに怒ってんの彼女ちゃあああんっ! 怖っ! 女の子の日!?」


 そんな悠理を茶化すように、透瑠は壁際を横一線に走る事で連発される土砂の塊を回避する。


「なんでっ! なんで当たんないの!? 【土砂】! 【土砂】! 【土砂】!」


 初期状態の『咎人の剣』が持つ魔法。

 その中でも直接的な威力に優れているのはこの【土砂】の魔法だけだ。

 【火炎】も【水流】も【旋風】も、すぐに人やモンスターを殺めるほどの威力は無い。


 ここ数日の戦闘でそれを充分理解しているからこその、【土砂】の連発。


 大河は悠理の目に、本物の『殺意』が宿っているを見た。


「成美! やめろ! そんな撃ち方したら、すぐに体力が!」


「この人はっ! 私がっ!私がぁ!」


 大河の静止の声も聞かず、悠理はなおも【土砂】を放ち続ける。


「ふはっ! ふははっ! あはははははっ! 残念だけど、その魔法の避け方はもう学習済みってな! お前らが律儀にモンスターと戦っている間、俺は人間と戦ってきたんだぜ!? ほら、あのおっさん! 作業服つけたどっかの土建屋の社長とかいうの! あのおっさん、一番しつこくてさぁ! 今のコイツみたいに、他の奴らを逃そうと俺に魔法を連発してきたんだよ! でもぉ!? 俺は強くて賢くて特別だから! こうやって! 華麗に避けてそのデブっ腹にズドンってなぁ!」


 嗤いながら、透瑠は徐々に悠理との距離を縮めるように走る。

 基本は横に、そして魔法の切れ目で前に。

 魔法が悠理の左手から放たれる以上、そして必ず魔法名を詠唱しなけれなならない以上、射線を読み取る事は容易かった。


「くっそ!」


 大河は慌てて悠理の側へと駆け寄る。


「やめろ成美! お前じゃこいつは!」


「私が! 私が未羽さんのっ!」


 涙に濡れた目を大きく開きながら、悠理は無我夢中で透瑠へと【土砂】を唱え続ける。


「くくっ! んじゃあ大サービスだ! ほぉら気持ちよくなりな! 『ブラッドミスト』!」


「っ!? 成美っ!」


「んぐっ!」


 距離を詰めた透瑠が『血の探求者ブラッドシーカー』を下手に構えた時、その剣先から真っ赤な霧状の液体が大河と悠理めがけて噴霧された。


 それが酔いをもたらす血だとすぐに察した大河が、持っていたシャツを悠理の鼻と口に強く押し当てる。


「はーい! 兄ちゃんはもうダメー!!」


「ぐはっ!」

 

 大河の腹部に、透瑠の前蹴りが直撃する。

 くの字に折れ曲がったまま後方に吹き飛び、地面に転がった。


「常盤くんっ!」


「おっと、彼女ちゃん……えっと、成美ちゃん? お前は大人しくしといた方が良いよ? ていうか、今視界が回って動けないんじゃない?」


 悠理の首筋に、『血の探求者ブラッドシーカー』のきっさきが添えられる。

 それは少し引けば、その白い首に容易く真っ赤な線を付けられる形。


「ほら、立ってるのしんどいだろう? 座ってもいいよ。ひゅー、俺ってばやーさしー」

 

 悠理はゆっくりと膝を付いて、地面に座り込んだ。

 それを透瑠が愉快そうに見ている。


「呼吸を止めてもさ、俺の『ブラッドミスト』は肌から吸収して相手を酔わすんだよ。これも研究済み。そっちの女でな?」


 顎で未羽の遺体を示し、透瑠は嫌らしい笑みを浮かべる。


「このスキルを使うとさ、せっかく溜めた血を使い切っちまうからしばらくアビリティが使えなくなっちまうんだよね。まぁでも? 後でお前らからたっぷり吸い上げりゃあいいだけだし、問題なーし」


「ぐぅっ、はぁっ」


 腹を思い切り蹴られた事による呼吸困難と、『ブラッドミスト』を吸った事による酩酊で大河の視界がぐるぐると回る。


「このスキル効果はレベル関係無しに十分ぐらい続くからさぁ。順番逆になっちゃうけど、動けない兄ちゃんの前で成美ちゃん犯すの、そっちの方が興奮すっかな。いやその方が面白そうだな? どう思う? どうされたい?」


「ひっ」


 透瑠の視線を受けて、悠理に怖気が走る。


「やっ、がはっ、やめろっ」


 ふらつく頭と、痛む腹。

 大河はそれらをなんとか耐え、顔を上げて透瑠を睨む。


「んー。じゃあ、成美ちゃんに選んでもらおうっか。どうする? 生きている彼氏の横で犯されるのと、死んだ彼氏の横で犯されるの。どっちが良い? 俺はどっちでも楽しめそうだからさ」


「ふっ、ふぅうう、ふぅうううううううっ」


 目尻に涙を溜め込んだ悠理が、口を引き締めて嗚咽を堪えている。

 悔しさが、怒りが、そして大河への申し訳なさが。

 色んな感情が混じった感情が、悠理の中で渦を巻いている。


「クソがっ、お前っ、おえぇえ」


 動こうにも、足が言う事を聞かない。

 胃の中の物が喉を迫り上がってきて、思わず嗚咽してしまう。

 なんとか左手で口を抑え、吐くまでには至らなかったが、気を抜けば全てを戻してしまいそうだった。

 未成年でアルコールを飲んだ事のない大河には、酔っている感覚なんて初めてで、どう動けばいいのかも分からない。


「なに? 選ばないの? じゃあ俺が決めるな? ほら、脱ごう。せっかく男好きする身体してんだから、俺を喜ばせて──あ?」


 楽しそうに刃先で悠理の首を叩いていた透瑠が、突然静止した。


「あ──い、痛ぇ、んだけど?」


 透瑠は自分の腹を見る。

 真っ赤なシャツから、銀色の鋼が突き出ていた。

 それは腹部の中心、へそのすぐ上。


「な、なんで俺の腹から、『剣』が?」


「お、お前は、やっぱり……最後の詰めが、いつも、甘い」


 透瑠の背中から、声がする。

 視界が回っている大河には、目を閉じて涙を堪えていた悠理には、そして悠理をなぶる事に夢中になっていた透瑠には、何も見えていなかった。


「ガキの頃から……今まで、ずっと一緒だったじゃ、ねぇか。なら、死ぬ時も一緒……に、行こうぜ? 源二げんじよぉ……」


 そこには、気を失って倒れていたはずの裕翔ゆうとが、口元を血で濡らしながら立っていた。

 その手には、透瑠の背中に深々と突き刺さる──『咎人の剣』が光っている。

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