無限回廊③


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「どうなってんだ一体……」


 歩き疲れて壁にもたれ、大河たいが項垂うなだれる。


「おかしいよこんなの。絶対に新宿駅の全長よりも長く歩いてる。ていうか、こんなに歩いたら四駅くらいもう通過しちゃってる」


 その足元には、悠理ゆうりが膝を抱えて座っていた。

 疲労が溜まりはじめている脚が痛み、両足のふくらはぎを交互に揉みながらスマホで何かを操作している。


戸沢とざわさんからメッセ、届いたか?」


「うん、向こうは特に変わった事はないって」 


 戸沢とは、中央通路に残っていた生存者たちを、実質取りまとめていた中年男性である。


 恰幅の良いサラリーマン──管理職を思わせる男性で、その声の大きさや指示出しの圧の強さから自然とあの集団のリーダーとなっていた。


 戦闘経験のある大河が中央通路を離れる事に難色を示していたが、こうやって定期的にフレンドメッセージで連絡を取り合う事を条件に外出を許してくれていたのだ。


 その上から目線の命令口調と、大河を自分の部下のように乱暴に扱うその横柄な態度に悠理は不快感を覚えていたが、余計な揉め事を起こすわけにはいかないと素直にその条件を飲んだ。


 戻れなくなったとメッセージを送ったら、『やはり自由にさせるべきではなかった』や『無責任にも程がある』、『なんとしても今日中に戻ってこい』という、説教じみた返事が返ってきた。


 その文章に思うところはあるものの、軽い気持ちで中央通路を離れ、こうやって戻れなくなっているのは自分たちの落ち度だ。

 言い返そうにも何も言えなくなって、悠理はメッセージの往復をこちらで止める事で溜飲を下げる。

 大河が責任を感じそうだから、メッセージの内容は絶対に伝えないと決めた。


「このコンビニ、もう5回は通り過ぎてるような……」


「うん、ポスターの位置とか看板の位置とか。全部一緒なのをさっき確認したよ」


 今座っている壁の目の前に、昼に食料品を買いに行ったコンビニとは違うチェーンの店がある。


 店員もいないのに電気だけは点いていて、冷房も冷蔵庫も止まっていない。


嘉手納かでなさんたちが戻ってこれてないのも、同じ理由か?」


未羽みうさんたちとフレンド登録できなかったの、痛いね」

 

 昨日、大河が昏睡していた間に見回りに出た嘉手納かでな 未羽みうを含めた戦闘経験のある20人あまりは、今日になってもまだあの通路に戻ってきていなかった。


 新宿駅がそんなに広いわけではないと分かっていながらも誰も何も言わなかったのは、彼女らがすでに死んでいるなんて思いたくなかったからだ。


 だがこれで、なぜ戻れなかったかが判明したことになる。


「やっぱり最初の十字路……かなぁ」


 悠理が膝に顎を置いて思案する。


「昼にコンビニに行った時は、戻れたもんな」


「あの時は十字路の手前にコンビニがあったから、角を曲がったりなんかしなかったもんね」


 さんざん歩いて判明したのは、どうやらこの道はどこかで必ず角を曲がらせようとしている、という事だ。


 ずっとまっすぐ進んでいると行き止まりに不自然なL字の道が現れ、その角を曲がると見覚えのある道に戻っていた。


 ならば引き返そうと同じ角を逆に曲がると、全然違う店が並ぶ道に出る。


 つまり角を曲がる事で視界を遮断し、死角となっている間に道を組み替えている──というのが、大河と悠理の導き出した結論である。

 一度、誰か一人が反対を向きながら角を曲がって見ようとしたが、二人が分断される危険性があることに思い至ってすぐに諦めた。


 それからと言うもの、角を曲がる時は必ず手を繋ぐ事にしている。

 悠理からの提案で、大河的には気恥ずかしさはあるものの、こんな場所で一人彷徨うのはごめんだと渋々了承した。

 

「これからどんくらい歩かされるかわかんねーから、念の為コンビニで食料品を買いだめしておこう。もしかしたらコンビニが見つからないルートとかに入っちまうかもしれない」


「そうだね。アイテムバッグの中身って賞味期限とか切れるのかな」


「昼に買い込んだ時は説明欄に賞味期限と消費期限が書かれてたから、日持ちのしそうな奴を多めに。すぐ食べる奴なら気にしなくていいんじゃないか?」


「商品の補充とかされるかわかんないし、お弁当とかは今のうちに食べておこうよ」


 そう言いながら悠理は腰をあげ、地面に付けていたお尻を両手ではたく。


「飲み物は5種類くらい、20本づつ買っとくか。いくら今の俺が小金持ちだからって、調子に乗って使っていたらあっという間に一文なしだ。おやつとかは我慢してくれな」


「うん、もちろん。オーブを稼ごうにも、モブアントですらたまにしか出てこないもんね」


 二人は並んでコンビニに入り、食料品と飲料をメインにカゴに入れていく。


「水とスポドリ……甘い飲み物って必要か?」


「糖分って考えたら必要なんだろうけど、この状況だと贅沢に感じちゃうね」


「緑茶と烏龍茶、あとジャスミン茶……どっちが好みだ?」


「どっちも飲めるし、どっちも好きだけど……飽きてくる事を考えたら、3種類とも三本づつ買っておいたら? バッグに入れたら重さなんて関係ないんだし」


「それもそうか」


「お弁当とおにぎり、どれくらい買っとく?」


「鮭とツナマヨは全部入れとこうぜ。あとは……生の麺類か」


「まだ冷やし系しか並んでないね。暦ではもう秋なんだけど、全然暑いからなぁ」


「腹に溜まんないんだよなぁ。この時期のコンビニの冷やし麺」


「パンは?」


「日持ちしないんじゃないか?」


「それもそっか。日持ちするって言えばカップ麺なんだけど、お湯がなぁ」


「このポット、持っていけないか? いや泥棒なのは知っているんだけど、背に腹は替えられないだろ? 地下街だったら壁にコンセントいっぱいあるし」


「コンビニのポットって別に売り物じゃないしね。お店の人に申し訳ないけど、持って行けるんなら持って行こうよ」


「あ、ダメだわ。ここからぴくりとも動かん」


「やっぱ、そう甘くないってことなんだね……」


 なんて会話をしながら二人は三十分ほどで買い物を終え、店内に小さなイートインコーナーがあったのでそこで腹ごしらえを済ませる。


 ついでに二人分の歯ブラシやフェイスタオルを数枚と、旅行セットのシャンプーやリンス、洗顔フォームや丁字の髭剃り、さらには悠理が顔を赤らめて提案してきた事で思い出した替えの下着なんかも購入する。


 トイレも済ませておきたかったが、大河の住む田舎と違い、都会──とりわけ新宿などの都心のコンビニは客にトイレを貸し出さない事も多い。

 しかも駅構内のテナントともなれば店内にそもそもトイレが無く、地下街の複数箇所にある一般の人に解放している施設管理のトイレか、裏口から出て従業員しか使えない場所にしか、トイレを併設してなかったりする。


 裏口のドアは探しても見つからなかったし、関係者しか入れない場所は例の謎の透明な壁で仕切られていて入れなかった。


 諦めた二人は、道中でトイレを見つけたら交互に見張って済まそうと決めた。


 そして一息付いて持ち物を再チェックした後、二人は無限に続く地下街の通路を進み始めた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そうして、一日が経過した。


「おい、おい成美なるみ


 大河は身体を丸めて寝ている悠理を揺り起こす。


「……んぅ」


「朝だぞ。起きろ。昨日この時間に起きるって決めたろ?」


「うん、起きる……ちょっと待ってね。私、朝が弱くて……」


 目を開けてもまだ意識が醒めない悠理が、寝ぼけた口調で返答した。


 二人は地下街のテナントの一つ、ファーストフード店のソファ席をベッドがわりにして眠っていた。


 正確には、いつモンスターが襲ってくるかわからないので、五時間ごとに交互に眠りについたのだ。


「朝飯、買ってくるぞ」


「どこで……?」


 上半身を起こして、悠理は瞼を擦りながら返事をする。


「この店、無人なんだけどタッチパネルで注文したら出来立てが奥から飛んでくるんだよ。お前、何食いたい? 飲み物どうする?」


「朝メニューだと……パンケーキが好きぃ。飲み物はお茶でいい……」


「わかった。俺が戻ってくる前にトイレで顔洗ってこい。お前の分の歯ブラシと歯磨き粉とタオル、あとお前の洗顔フォームをここに置いとくから」


「んぅ……ありがとうパパ……」


 どうやら全然起きていなかったらしい。


「パパは行ってくるから、ちゃんと目を覚ましておけよ」


「はぁーい……」


 そんな悠理に苦笑しつつ、大河はレジカウンターへと歩く。

 やはりこの店も駅併設ゆえに店内はとても狭く、すぐにカウンターへとたどり着いた。


「こんなになっても、ちゃんと朝メニューに変わってるって、なんか意味があんのか?」


 大きなタッチパネルを操作しつつ、ひとりごちる。

 ソーセージマフィンとパンケーキのセット、サイドメニューはハッシュドポテトとアップルパイ。飲み物は大河はホットコーヒーで、悠理はお茶。


 決定のアイコンをタップすると、大河のスマホに支払い画面が表示される。

 今の二人の持ち合わせているオーブおかねの総額から見たら大した額ではないが、やはり普通に外食するよりもお高く感じてしまうのは大河が庶民だからだろうか。


 手早く支払いを済ませ、しばし待つ。


 するとキッチンの奥からふよふよと、紙袋が二つ飛んできた。

 優しく受け止めて、中を確認する。

 どうやら間違いはなさそうだ。

 キッチンに人影など全く見当たらないが、紙袋から出来立ての熱が感じられるのは、本当に不思議でたまらない。

 

 席に戻ると、悠理がソファの上で膝を抱えて眠っていた。


「成美、ほら飯持ってきたぞ成美」


「ふぁっ……ご、ごめん寝ちゃってた」


 大河が声をかけるとびくんと身体を揺らせて顔を上げる。

 どうやら眠り自体は浅かったようで、睡魔と戦っていた事は確かなようだ。


「ほら、せっかくこの店にはトイレがあるんだから、今のうちに顔洗っとけって。次いつ見つかるかわかんねーぞ。こんな店」


「う、うん。行ってくる……ふあぁああ」


 欠伸あくびを手で隠しながら、悠理はふらふらと店の奥にあるトイレへと向かった。


「歯ブラシとかタオルとか忘れてるぞー」


「あ、ごごご、ごめんなさい」


 大河の声に慌てて引き返し、諸々を手に取って恥ずかしそうに小走りで駆けていく。


「大丈夫か、あいつ」


 寝起きの美少女にどきどきするべきシチュエーションなのだろうが、いかんせん心配が勝ってしまう。


 大河はホットコーヒーをちびちびと飲みつつ、ソファに座って外の景色を見る。


 ガラス越しの外──地下街の通路はなおも静まりかえっていて、意識しないようにしていた不安感が募る。


 一日を通して歩いても、未だに二人はこの通路を脱出する方法が見つけられていない。

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