無限回廊《ムゲンカイロウ》

無限回廊①


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「パーティー登録?」


「そう、オーブと持ち物の共有ができるんだって」


 夜が明けてお昼前、熱心に『ぼうけんのしょ』を読み漁っていた悠理ゆうりが、周囲の人と遺体の整理を行なっていた大河に話しかけた。


 地下とは言えまだ残暑が厳しいこの時期に、熱気の篭る新宿駅中央通路に野晒しに遺体を並べている現状は不衛生だし、何より死者に申し訳ない。

 などの意見が他の生存者から出たからだ。


 ではどうするかを皆で考えた結果、ここから近い場所──大河たいがたちが最初に避難していた広場でまとめて荼毘に付す事となった。


 遺族と連絡が取れなくなっている現状、遺体の確認も難しいだろうし、放置する理由が薄い。

 本来なら数日待つなどの手も取れたのだろうが、新宿周辺にモンスターが徘徊している以上、どれだけの時間ここに居なければいけないのか誰にもわからない。

 ならばと主に男性が集まり、短い距離を協力して遺体を運んでいたのだ。


 遺骨だけ残すほどの高温の火力などここには無いし誰も火葬の正しい作法を知らないので本当に燃やすだけになるが、腐らせてモンスターの餌となるよりは幾らかマシだろう──などと理由つけてはいるが、どちらかと言うと生存者たちの『死んだ人間とずっと同じ場所に居るのは精神が耐えられない』という思いの方が強い。


 人の死体を前にして冷静でいられる人数は決して多くは無かったが、先の虫の襲撃を生き延びた事でみな不思議な連帯感で結ばれていて、想定よりもスムーズに作業が進んでいた。


 あとは燃やすだけであり、その手段を考えている最中である。


 悠理は遺体に触れる事がどうしてもできなかったので、大河が無理やり別の仕事を割り振った。

 本人は無理をしてでも作業に参加したがっていたが、ただでさえ訳のわからない事態に巻き込まれているのに、余計にメンタルを不安定にさせるような事はやらせたくない──というのが大河の正直な思いである。


 なので悠理は他の女性たちと協力し、壊れた自動販売機などから飲料をとって配ったり、水流の魔法で汚れた衣類を洗濯したりと、生活面での補助を主に行なっている。


 この中央通路、ひいては新宿駅に長居するつもりはないが、少しでも衛生面を改善したかったのだ。


 それらの細かい雑用が終わり、次は食をどうにかしようと皆で思案していた時に、悠理が『ぼうけんのしょ』の画面を見せながら話しかけて来た。


「自動販売機の円表記がオーブに替わってたでしょ? だから多分なんだけど、駅の売店とかコンビニの商品とかもオーブを使わないと買えなくなってるんじゃないかなって」


「まぁ……ありえそうだな」


「でしょ? それで、今ここにいる人たちのほとんどがジュース代すら払えないほどオーブが無い人たちじゃない? 私だって100オーブしか持ってないから、飲み物だって本当は買えないし」


 たまたま壊れて中身が露出していた自動販売機があったから良かったものの、そうでなければ円はあるのに飲み物が手に入らないという、現代日本にあるまじき事態となっていた。


「1000オーブ以上を所持している人って、ここだと常盤ときわくんだけなの」


 悠理は大河の右側に移動して、身体を密着させてスマホの画面を共有しようとする。

 昨日から相変わらずの距離感の近さに、未だ慣れない大河は終始どぎまぎさせられっぱなしだ。


「みんなまだ戦うのが怖いっていうし、ここからあまり離れたがらないみたいなんだ。じゃあ、売店とかコンビニを探しに行けてなおかつお買い物ができるのって、常盤くんだけになっちゃう。それは幾らなんでも常盤くんだけに負担が多くなっちゃうから、行くんだったら私も行きたい。ついでにクエストもクリアしなきゃだしね。だからパーティー登録と……あ、あとフレンド登録って言うのもやっておいた方が良さそう」


 悠理は説明しながら『ぼうけんのしょ』の項目画面を器用にスワイプしていく。


「まぁ、あの女の人──嘉手納かでなさんだっけ? あの人たちがなかなか戻ってこないから、食い物はそろそろ探しにいかないと不味いとは思っていたんだ」


 腰に手を当て、大河は思案する。

 いくら新宿駅が世界有数のメガターミナル駅とはいえ、見回りに行くと出ていった人たちはもう半日以上戻っていない。


 大人や大河らの年齢の体力であるならまだいくらかの余裕はあるが、小さい子や赤ん坊はそろそろ何かを口にした方が良い。


 この通路にいる生存者で比較的に体力があり、なおかつ『剣』を持って戦った事のある人物は大河しか残っていなかった。

 そのほとんどが見回りについていってしまったのだ。


「んで、フレンド登録ってのは?」


「うん。登録した人同士でメッセージのやり取りができたり、その人のおおまかな状態がわかるようになるんだって」


「つまり、パーティー登録で俺のリュックを成美なるみと共有して、アイテムとかオーブを成美も使えるようにする。んでフレンド登録でこっちに残ってる人とやりとりしながら、何か異変が起こってないかをチェックする」


 悠理の説明を統括し、簡単に噛み砕いて理解する。


「そう、ついでに私ともフレンド登録しておけば万が一はぐれてもなんとか対処できるでしょ?」


「はぐれさせるつもりはないけどな」


 大河から見た悠理は未だ危なっかしい印象だ。

 一人にしようものなら、心配でたまらない。


「う、うん。ありがとう」


 なにげない大河の言葉になぜか顔を赤らめる悠理は、手の動きを早めてスマホを操作する。


「ほら! フレンド申請送ったから、そっちで承認お願い!」


 なにかを誤魔化すようにスマホ画面を大河に向けて、お互いの顔が直視できないようにする。


「あ、ああ。どうやるんだ?」

 

 大河も慌ててスマホを準備した。

 画面を開けばすぐに『ぼうけんのしょ』アプリを起動する。


「えっと、ほら【フレンド申請が届いています】ってメッセが──」


 画面下部にメッセージが届いた事を知らせる【!】マークが現れる。

 タップして開くと【巡礼者成美 悠理からフレンドの申請が届いています。承認しますか? 《はい》 《いいえ》】と記載されたウィンドウがポップアップした。


「──ああ、なるほど。んじゃ承認して……これがパーティーの申請か」


 承認の選択肢の 《はい》 をタップすると、続いて【巡礼者成美悠理とフレンド登録を行いました。パーティーに誘いますか? 《はい》 《いいえ》】と言う新たな選択肢が現れる。


 大河はそのまま流れで 《はい》 をタップし、悠理を見る。


「あ、届いたよ。この【リーダー登録】って言うのは、常盤くんにお願いしていい?」


「別に構わないけど、リーダーになるとどうなるんだ?」


「パーティー全体のオーブを誰に使わせるかとか、アイテムの優先使用権を設定したりだとかできるんだって」


 つまり、パーティー全体に黙ってオーブかねアイテムしげんを使い込まれない為の措置だと思われる。

 オーブが通貨として、そして経験値として用いられるのなら、よこしまな考えを持つ者が着服したり、勝手に売り払われたりとトラブルに発展してしまうのは想定されてしかるべきだ。


「あ、パーティーメンバーのステータスも詳しく見れるんだな、これ」


「……良かった。体重と書かれてたらどうしようかと思った」


 大河の言葉に、悠理はボソっと呟いて胸を撫で下ろした。

 画面に表示された細かい数字の羅列を見て、すぐにそこに懸念を抱いた。

 

 ステータスという言葉が身体の状態を指すと言うのなら、体重などの数字が記載されている可能性に今の今まで気づけなかったのである。


「本当に良かった……」


 普段から運動はしているので適正体重を維持しているつもりなのだが、それでもそこは乙女にとって秘すべき部分なのであろう。

 体重だけならまだしも、スリーサイズが記載されていたら──悠理は大河以外とのパーティー登録を二度と行わないつもりだった。

 裏を返せば、それらの情報は大河であるならばまだ公開しても構わないという事になるのだが、悠理は自分でもそれに気づけていない。


「じゃあ、ここに居る何人かとフレンド登録だけして、飯を探しに行くか」


「うん。あのおじさんとか?」


 悠理が目線で指したのは、遺体の移動の指揮をいつのまにか取っていた中年男性だ。


「いいんじゃないか?」


 二人は頷いて、中年男性に向かって駆け寄った。



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「やっぱり、オーブおかねを払わないとお店から出れないんだね」


「見えない壁みたいなので阻まれるな」


 中央通路から少し離れた場所に、小さなコンビニを発見した。

 駅構内に併設されているコンビニなので、通常よりもかなり規模の小さな店だったが、食料品は充実している。


「『盗賊のジョブオーブ』とかに、店の品物を盗むスキルとかありそうだな」


「えっと、あんまり気乗りしないスキルだね。それ」


 そう言いながら、悠理はカゴに詰めた大量のおにぎりと弁当をレジ台の上に乗せる。


「んで、どうやって支払うんだろうな?」


「あっ、ほら。もう勝手に画面が支払い画面に切り替わってる」


 大河の言葉にすぐにスマホを確認した悠理が、大河にその画面を見せた。


「それじゃあ、オーブおかね使わせてもらうね」


「遠慮しなくて良いぞ。もうお前の金でもあるみたいなもんなんだから」


 その言葉に、なんだか夫婦みたいな印象を感じ、自分で言った言葉に大河は多いに照れた。



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「レベルアップって、もしかして筋肉がムキムキになっちゃったりするのかな……」


「ああ、女の人だったらそこらへんやっぱり気にしちゃうか。じゃあ俺がレベル上げるから、変化を確認しよう」


 中央通路の生存者に先に食料品を届け、久しぶりの食事を終えて一息ついた二人は、『咎人の剣』を構えて地下広場にやってきた。


 目的は悠理のクエストクリアと、レベルアップを経験しておきたかったからだ。


「えっと、こうか」


 大河がスマホの『ぼうけんのしょ』を開き、ステータス画面の上部にある【オーブを消費する】というボックスを一回タップする。

 するとその横に表示された大河の持ち金オーブが、小さい電子音と共に1だけ減った。


「長押しかな?」


 今後大量に消費されるであろうオーブが、一回の操作で1だけしか使えないなんてありえない。

 ならば長押しで楽に大量消費ができると踏んで、親指でボックスを押し続ける。


「おわっ」


 スマホから簡素なファンファーレが鳴り響く。


「これで、レベルが1上がったって事?」


「どっか変わって……1くらいじゃそう変わらんか」


 自身のステータス画面も、そんな大きく変化しているようには見えない。


 なにせ【力】【防御】【俊敏】【魔法力】【索敵】の5つの項目に分かれているステータスの数字は、未だに一桁だ。

 ちなみに、ステータス表示のどこをどう探しても、【HP】や【MP】と言った項目は見当たらなかった。


「1上げるのに、だいたい100オーブ……これがゲーム的に多いのか少ないのか、さっぱりわからん」


「このあと『剣』も成長させるってなると、あんまり無駄遣いできないね」


「成長かぁ……手当トリートは今の俺らにとってかなり重要な魔法だと思うんだよな。熟練度がMAXになるまでは、成長させない方がいい気がする」


 先のジョブオーブの説明の際に、『剣』を成長させると今まで使えていたスキルや魔法は一新されると聞かされた。


 大河は指を右にスワイプさせ、『ぼうけんのしょ』の最初の画面に戻る。


 そこには色々な項目がやけに古めかしくおどろおどろしいフォントで箇条書きされている。

 その中の【咎人の剣】の項目を選ぶ。


 一番上に、今の姿の『剣』がややデフォルメされたアイコンとして描かれている。

 タップすると、今使用できるスキルと魔法。そして自動発動されるアビリティがアイコンに重なるように表示された。


 画面の空欄をタップしてスキルなどの表記を消し、画面を下にスワイプする。

 最初の『剣』から左右に伸びる、二つの矢印。

 それぞれが『剣』と同じ形の、黒いシルエットアイコンへと繋がっている。


 そこをタップしても、名称が表示されるであろう場所には『???』としか書かれていない。


「これってつまり、『剣』の成長先は二通りあるって事?」


「秘匿されている情報もあるって言ってたから、表示されている数だけとは限らないんじゃねーかな」


「うう……最近のゲームって考える事いっぱいあるんだね。私、スマホのパズルとかクイズとかしかゲームやらないから……」


「俺もやらなくなって結構経ってるからなぁ。間違えてたら、ごめん」


 大河はそう言って、首元をポリポリと掻く。

 先ほど軽く【水流】の魔法で水浴びをしたが、未だに虫の体液の匂いがこびりついている気がする。


「成長先のスキルまでは見えないみたいだし、手当トリートに代わる回復手段がわからない以上、やっぱり『剣』を育てるのはもう少し後にしようぜ」


「そうだね」


 とりあえず現状、二人のレベルを5まで上げる事に決まった。

 大河のオーブはまだ大分残っている。

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