クエスト報酬とジョブオーブ④


「この小さい玉がジョブオーブってことだよね?」


 悠理ゆうりは六個ある玉のうち、赤い玉を右手で摘んで拾い上げる。

 しげしげとしばらく眺めたあと、空いている左手で自分のスマホの画面を覗いた。


「んー、【太古の戦で死した戦士の魂が宿る、可能性の宝玉。所持者に戦士の心得を授ける】だって。そっちは?」


「似たような文章だな。【太古の戦で死した魔法使いの魂が宿る、可能性の宝玉。所持者に魔法使いの心得を授ける】。他の色違いの玉もジョブが違うだけで同じ文章かな?」


 大河たいがが摘んでいるのは、青い玉だ。

 大きさは良く知るビー玉よりも一回り大きい程度。

 手のひらにすっぽり収まるが、ポケットの中だと若干鬱陶しくなるサイズである。


 その時、二人のスマホが同時に電子音を発した。


「ん?」


「なに?」


 スマホの画面に、新しいウィンドウがポップアップする。


【ジョブシステムが解放されました】


 それは一番最初に『ぼうけんのしょ』が発した、あの優しい口調の女性の声だ。


【はじめに、『オーブ』について説明を致します】


 画面下部に表示された太枠のテキストウィンドウに、女性の声が語る言葉と同じ文章が、同じ速度で表示されていく。


【オーブとは、生物の可能性が凝縮された宝玉の総称です。モンスターや巡礼者の今までとこれからの可能性が詰まったこの宝玉は、時に巡礼者の成長を促す糧となり、時に『咎人の剣』を成長させる贄として用いられます。罪禍の廃都『東京』ではこのオーブが通貨としても用いられており、巡礼者の旅に欠かせないものとなっていますので、オーブを全て失うような行動は控えた方が懸命と言えましょう】


 画面に成人男性を思わせるシルエットが現れる。

 目も鼻も口もない影を模したそれは、まるで3Dモデルのように画面の中で回転している。


【巡礼者の成長に用いられるオーブはレベルが上がる毎に必要とされる量が増加していきます】


 画面の中の成人男性のシルエットがズームされていき、上半身だけのバストアップショットに切り替わる。

 シルエットは滑らかな動きで右手を前に出し、そこに剣の形をしたシルエットが現れた。


【巡礼者に与えられた『咎人の剣』は、他者やモンスターの可能性を喰らう事で成長する剣です。ありとあらゆる姿に成長するこの器物は、大量のオーブを贄として捧げることで『剣』が強化されていき、やがて姿や能力を変化させます】


 剣のシルエットが突然光り輝き、一回り大きく剣先が広がった不思議な姿に変わった。


【レベルアップに使用し成長するか、それとも『剣』の贄とし新たな剣を得るかの選択は、巡礼者の自由意思です。消費される際は充分考慮した上で、慎重に使用しましょう。注意点として、他者やモンスターを『剣』や、『剣』が内包するスキルで殺傷した場合のみオーブは顕現します。それ以外の方法で殺傷した場合、オーブは手に入らない点にご留意ください】


 3Dモデルが引いていき、男性のシルエット全体を表示すると、ゆっくりと消えていく。

 続いて現れたは、悠理が今手にもっている『戦士』のジョブオーブだ。

 赤い宝玉が画面の真ん中で輝きながらふよふよと浮いている。


【続きまして、『ジョブオーブ』の説明を致します。これは通常のオーブと違い、強い未練を持った強靭な魂の、可能性が凝縮された宝玉です。元となった強靭な魂の知識と経験が内包されており、所有した巡礼者に魂が持つ技術とスキルを与えてくれます。また所有者の成長に特殊な方向性を加えます】


 画面内の『戦士』のジョブオーブが一瞬きらりと光り、新しいウィンドウがポップアップする。


【例として、この『戦士』のジョブオーブは複数の斬撃系のスキルを所持者に授け、巡礼者のレベルアップの際に『力』と『防御』の数字の上げ幅を増やす副次効果を持っています。ジョブオーブは一つの『剣』につき、一つをセットする事ができます】


 画面内の『戦士』のオーブが左にズレて、そこに『剣』のシルエットが現れた。


【ここで最大の注意点がございます。巡礼者が持つ『咎人の剣』は、成長した姿ごとに複数のスキルや魔法、アビリティを持っています。しかしこれは、剣が姿を変える度にその効果や内容、個数が変化します。例に挙げると、初期の『剣』が持つ斬撃系スキル『アッパースラスト』は、次の『剣』の姿では使用できません。各種魔法も同様です】


「え?」


 その言葉に大きく反応したのは、悠理だった。


「じゃ、じゃあ手当トリートも、使えるのは今の剣の姿の時だけって事?」


 不安そうに大河の顔を見る。


「解釈が間違ってなければ、そういう事になると思う」


 大河は画面から目を離さずに返答する。


 オーブ周りのゲーム的システムに、若干の既視感──おそらく大河がいままでプレイしてきたゲームと似ている点がある。


 かなり前から家庭用ゲーム機を所持していない大河にとって、それは親友の新條しんじょう りょうが所持していたゲームで、彼の家でプレイさせて貰ったソフトという事になる。


 その部分になにか大きなひっかかりと、漠然とした不安感を感じた大河は、深く考え込んでいて悠理の言葉に薄いリアクションしか取れなかった。


「そんな……じゃあこれから怪我とかしたら、どうやって治せばいいの?」


 虫との戦闘に参加できなかった分、悠理は大河を補助する形で助力しようと考えていたのだろう。

 その表情には明らかに不安が募っている。

 

【巡礼者の疑問にお答えします】


「え?」


「は?」


 スマホから発せられる女性の声が、悠理の言葉に突如返答した。


【『ジョブオーブ』には熟練度が設定されており、取得したオーブの総量で徐々に満たされていきます。これはオーブを消費せず、単純に取得したオーブの総数が参照されます。熟練度を満たすとどうなるかについてですが、これは三つの特典として巡礼者の成長に深く関わってきます。巡礼者『成美悠理』の疑問は、この特典によって解消されます】


「え、えっとあの」


「……会話、してる?」


 今まで二人は『ぼうけんのしょ』から発される声は自動音声のナレーションだと思っていた。

 だがどうやら、疑問に対する回答を行えるだけの知能と、質問者を特定できる程度の柔軟性があるように感じられる。


【特典の一つが、『スキル・魔法・アビリティの完全なる履修』です。それぞれの『ジョブオーブ』には複数のスキル・魔法・アビリティが内包されているのは先に述べた通りですが、熟練度を満たすとそれらのスキル・魔法・アビリティを完全に習得する事ができます。巡礼者『成美悠理』が気にされていた魔法『手当トリート』は、『僧侶のジョブオーブ』にて習得が可能です】


「……『僧侶』ってこれ?」


 悠理は六個のジョブオーブのうち、緑色の玉を床からつまみ上げる。


【はい。続いて二つ目の特典として、『奥義』の習得条件を満たすことができます。『奥義』は非常に強力なスキルで、絶大な攻撃力を持つ技であったり、広範囲まで影響を及ぼす魔法であったり、他者を瞬時に回復する魔法など、様々な種類がございます。その威力・効力ゆえに習得条件が厳しく、たとえば初期状態の『咎人の剣』の奥義取得条件は、『戦士のジョブオーブ』の熟練度を満たす事と、《アッパースラストによる効果的な攻撃を規定回数行う・戦闘に規定回数参加する》などをクリアする事で習得可能です】

 

 これもまた、何かのゲームで経験した事のあるシステムだ。

 正確には、二つ以上のゲームシステムをごっちゃにしている感じを受ける。

 大河の中に芽生える不安感が、また一回り大きくなった。


【そして最後の特典として、二つ以上の熟練度を満たした『ジョブオーブ』を合成する事で、『中級職』・『上級職』・『特殊職』の宝玉を作り出す事が可能です。それらのクラスチェンジジョブは、『初級職のジョブオーブ』に比べて強力なスキル・魔法・アビリティを持ち、ステータスへの補正数値も大きくなっています。留意すべき点としては、必ずしも数値の上昇補正だけでなく、『ジョブ』によっては下降補正がなされる場合があるという事にご注意ください】


 長々しいテキストが表示された画面が、そこで動かなくなる。


 どうやらこちらの返答を待っているのか、テキストの末に留め置かれているカーソルが規則正しく点滅していた。


 大河は目を閉じて、右手で眉間をやんわりと揉む。

 画面に集中しすぎたのと、テキストの進行速度が速すぎて追いつくのに苦労したため、目が疲れ始めていたのだ。


「……わかった、ありがとう。他に説明は?」


 もしかしたら、とスマホに向かって話しかける。


【いえ、『オーブ』と『ジョブオーブ』についての説明は以上です。また何か質問がございましたら、いつでもお問い合わせください】


 やはり『ぼうけんのしょ』は言葉の内容に合わせて返答をしてきた。

 感覚的には、AIに質問をしているイメージが強い。


「……全部のジョブを満遍なく、って都合のいい事はなさそうだね」


「途中で付け替える事もできそうだけど、熟練度をさっさと貯めた方が効率は良いのか……いや、わかんねぇや」


 ポップアップが全て消え、ジョブオーブの説明画面に戻ったスマホを手に二人で考える。


「私は……『魔法使い』か『僧侶』を先に覚えた方が良いのかな。でもそうしたら、モンスターと直接戦うのは常盤くんだけになっちゃいそうだし」


「他の人たちと一緒に行動できるってなると、選択肢はもっとありそうだ。もう少し考えてみようぜ」


 全てのオーブを大河のリュックに収納し、二人はまた壁に背をもたれかけて座る。


 中央通路には他にも多くの生存者が居るが、ほとんどが項垂れていたり、寝込んだりしていてとても静かだ。


 大河が一度スマホで時間を確認してみると、もう日付が変わって大分経っている。

 そういえばとついでにスマホの充電を気にしてみたが、見慣れたアイコンは消えていてどこにもなく。消費量の確認ができなかった。


「……このスマホ、きっと今は電気で動いてないんだろうね。電池切れになる気がなぜかしないもん」


「ああ、多分そうだろうな」


「……本当に、なんでこんな事になったんだろうね?」


「……さぁな。考えても俺らにはどうせわかんねぇだろ。きっと」


 うつらうつらと眠気に負け始めてきた悠理の言葉に、簡単に相槌を打つ。

 最初の地震から今まで、ずっと気を張っていたのだ。

 相当に疲れているだろう。


 やがて悠理は大河の右肩に頭を置いて、穏やかな寝息を立て始めた。


 大河は悠理の息遣いを聴きながら、疲れているのに眠れない夜を過ごしている。

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