黄金の蜘蛛③


 虫の死骸、破損した設備、そして人の死体。

 それらを避けながら大河は雄叫びと共に中央通路を駆ける。


 すっかり手に馴染み始めている『剣』を両手に握る。

 蜘蛛の視界にできるだけ入らないよう、不思議な仲間意識が芽生え始めている人たちの背中側をぐるりと回った。


 ボロボロに破壊され押し倒された自動販売機を踏み台にして、普通ならあり得ない距離を一気に跳躍し、吼える。


「うぉおおおおおおおっ!」


 特撮ヒーローにでもなったかのような、脳天唐竹割り。


 黄金の蜘蛛の八本脚に間をするりと抜けて、そのグロテスクな頭部目掛けて一直線に『咎人の剣』が振り下ろされる。


 鈍い金属音が通路に響き渡る。

 渾身の『剣』の一撃は大河の予想通り、その硬い外骨格に弾かれた。


 だが大河は落胆の表情を見せず、『剣』から左手を離して、蜘蛛の頭部に向かって突き出した。


「【火炎】っ!」


 手のひらから放射される、猛烈な炎。

 それは勢いこそ火炎放射器のような激しさだが、その勢いに対して不自然なまでに射程が短い。


『ギュュアァアアアアアアアアアアアッ!!』


 蜘蛛の鳴き声と言うものを、大河は始めて聞いたかも知れない。

 それはガラスに爪を立てた音と似た不協和音。

 全身に鳥肌が立ち、思わず肩を竦めて耳を塞ぎたくなるような不協和音。


「っ届いた! 効いた!」


 前のめりの倒れる様に地面に着地した大河は、蜘蛛を見上げて喜びの声を上げる。


「やっぱり、火で合ってたか!」


 蜘蛛は炎に飲まれ、のたうち回って苦しんでいる。

 その勢いは【火炎】の魔法以上で、天井までもを焦がし燻している。

 頭部に放射した炎は瞬く間に蜘蛛の全身へと周り、今では嫌な匂いを放ちながら、時にパチパチと何かを弾けさせながら、渦を巻く様に燃え広がっていた。


(思ってたよりもかなり射程が短かったから、やっぱり飛び込んで正解だった!)


 大河は内心の喜びを顔に表し、皮膚に炎の熱を感じて慌てて蜘蛛から距離を取る。


 それが大河が危険を承知で蜘蛛に肉薄した理由。

 それは『ぼうけんのしょ』に記載されていた、【有効射程は巡礼者の周囲の環境により変化する】という文章から生まれた懸念点。

 わざわざ初級魔法と冠すると言うことは、その効果と威力はたかが知れているのだろう。

 一度試しに放った【水流】の魔法は、家庭にあるホースなどで充分再現可能なお粗末な物だった。

 なら【火炎】の魔法も、そうであると考えるべきだ。

 特に燃える物や燃え広がる要因が見当たらないこの場において、使用回数に限界が見えている貴重な魔法と言う手段を、無計画に遠くから放つなどできるわけもない。


 ならばこその、『剣』がぶつかる距離までの肉薄。

 打撃・斬撃以外の攻撃手段として魔法それが用意されているのなら、『剣』以上の射程はあって当然。しかしその考えが正しいという根拠が大河には無かった。

 なので目測を見誤らないようにと一番効果的に思える頭部を狙っての肉薄、からの近距離での魔法発動が確実に当てる手段と考えた。


 これで【火炎】が効果が無ければ全くの無意味だったが、どうやら憶測は正解だったようだ。


(あの金色の体! あれはケツから出した糸に自分の黄色の毒を塗って固めた物だ! よく見れば線状の模様がぐるぐると身体を巻きついているように見えた! ていうか、糸なら燃やすってのがゲームだろ!)


 親友から得たゲーム的思考おやくそくを必死に模索した結果が功を奏した。


「──すぅうううっ」


 大きく息を吸う。

 近くで蜘蛛が燃えているせいで地味に喉が熱いが、それよりもなによりも酸素が不足していた。

 身体中に行き渡る様に空気を取り込むイメージ。

 そして限界まで吸ったのち、一度呼吸を止めて、腹の底から全力の気合を吐き出し、叫ぶ。


「──畳み掛けるぞぉおおおおおおっ!!」


 本当にこれで蜘蛛に攻撃が通るようになったか、それは確定されていない。

 しかしもう大河に残された選択肢はそう多くは残っていなかった。

 肉体疲労は【火炎】を使ったことで更に深まっている。これ以上の酷使は、普通に動けなくなる可能性があった。

 今までになかった『燃えて苦しむ』という蜘蛛のリアクションに、敵ながらに信頼をして突っ込む。


「おらぁあああああっ!!」


 己を奮い立たせるような雄叫びと共に、八本の脚の内一番近くで蠢いている一本に袈裟掛けに斬る、


 スパッと、気持ちの良い感触が大河の手に伝わった。


 やはりその黄金は、毒で着色された自身の糸で間違いなかったようだ。

 煙を出しながら燻っている糸が剥がれると、その中に暗い茶色をした蜘蛛本来の外骨格が現れた。


 それは他の雑魚虫たちと同様の手応えで、『剣』により容易く切り裂けるほど脆い。


「斬れる! 斬れた!!」


『よっしゃぁああっ! 手の空いてる奴ぁ坊主に続けぇええええっ!』


『いけいけいけー!』


『さんざん手間取らせやがってクソ蜘蛛が!!』


 大河が喜びの声を上げたと同時に、周囲の『剣』を持つ人らが一斉に蜘蛛へと襲いかかった。


『こいつ、脚が再生する!』


 斬ったはずの脚が謎の液体を噴出しながら、根本から生えるように再生する。


『なら脚を斬る奴と、胴体を斬る奴とに分担しよう!』


 そう提案したのは、空調服の作業員男性だ。

 戦っているメンツの中でも年長だからか、皆その言葉に素直に頷いた。


『私は身体!』


『なら俺は脚を切り続ける!』


 さっきまで口喧嘩をしていた気の強そうな女性と、ホスト風の男性が息を合わせて、蜘蛛に突撃していった。


「兄ちゃん、イケる! 兄ちゃんのおかげでアイツをぶっ殺せるぞ!」


 もう一人のホスト風の男性が、大河の背中に手を置いて嬉しそうに笑う。


「……っはい!」


 恥ずかしそうにはにかんで、大河は『剣』を握り直した。


「終わらせますっ!」


「おおっ!」


 二人はそう言葉を交わして、未だに燃え続ける蜘蛛へと走り出した。

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