黄金の蜘蛛②


「くっ!」


 疲労により震え始めていた脚に力を込めて、大河は全力で後方へと跳んだ。

 蜘蛛の爪が大河の立っていた場所に突き刺さり、床が円柱状にえぐられる。


 すぐさま『剣』を構え、その床に突き刺さる蜘蛛の脚めがけて振りかぶった。


「──くっそが!」


 金属音に似た音を鳴らして、『剣』が跳ね返される。

 大河は悪態をついて体勢を整える。


「硬い!」


「こいつ『剣』が刺さらねぇぞ!」


 大河に助力しようと幾人かが蜘蛛へと斬りかかるが、そのどれもが同じ様に異常に硬い外骨格に跳ね返される。


「関節だ! 関節を狙え!」


「ダメだ! 関節部分が一番硬い!」


「じゃあどうすんだよこんなの!」


「文句言ってねぇで攻撃しろ!」


 蜘蛛はなおも大河を仕留めようと、八本の脚爪を雨のごとく降らせた。

 それらをぎりぎりのところで避けながら、大河は必死に考える。


(明らかに他の雑魚と強さが違う! ってことはボス──いいとこ中ボスってとこか! 攻撃が通らないのは……そういう仕掛けギミック! 考えろ、考えろ!)


 家庭の事情でテレビゲームを所持していなかった大河はプレイ経験こそあまりないが、親友の横でそのプレイをずっと見ていたおかげで知識だけならそれなりにある。


 頭の中にある親友の姿とその言葉を、必死になって思い出す。



『高難易度アクションRPGの序盤のボスって、HPは多いし攻撃は早いし硬いしでめちゃくちゃ強そうに見えるんだけど、実は攻略方法さえちゃんと見つけられればサクッと倒せちゃうんだよね。今タイくんが相手にしてる葬送の騎士はかなり硬くて全然HP削れないから強敵っぽいんだけどさ。ほら、よく見たら体が少し燃えてるじゃない? ちょっと前に拾った水風船を投げてみなよ。ね? 炎が消えて攻撃が通る様になった。ふふふ、プレイヤーの観察力と洞察力が試されるんだよねこういうのは。ていうか、この前のエリアの碑文にヒント書いてあったし。タイくんは読み飛ばしたけどさ』



 そう自慢げに語った親友──新條しんじょう りょうの姿を、少しの懐かしさと共に回想する。


(何かないか……アイツに攻撃が通じない理由が。チュートリアルって言うんだったら、倒せない敵が出てくるとは思えない。なら、倒し方があるはずなんだ。今俺らが持っている手段か、それとも周囲になにかギミックがあるか。蜘蛛と言えばなんだ? 脚、複眼……やっぱり糸か? アイツのケツから出てる糸を切ってみるか?)


 脚爪による攻撃を回避し続け、なんとかその金色の体躯を迂回して蜘蛛の後方へと回り込む。


「──っらぁ!」


 大河は気合を込めて、腹部後端に複数存在する糸の射出孔──出糸突起から伸びる真っ白な糸、その根本めがけて『剣』を振り下ろした。

 最大まで張り詰めたゴムが切れる反動に、似た手応えを感じる。


 糸の切断を確認して距離を取り、その様子を伺う。

 巨大な体躯ゆえにこの狭い中央通路では簡単に転身することができないのであろう。

 複眼の視界から消えた大河を探して、蜘蛛はもたもたと身体を蠢かせる。

 その間にも他の『剣』を構えた人らによって攻撃を加えられているが、やはりまったく効いている気配がない。


(違う──か。じゃあなんだ? そういえば、なんでこの蜘蛛だけ金色なんだ?)


 息を整えながら、大河はなおも思案する。

 今まで葬ってきた虫は、それぞれの虫が特徴とする部分が過剰に誇張されている様な姿をしていた。

 カブトムシならその角が、クワガタならそのハサミが、カマキリならその鎌が。


 巨大ってだけで充分に巫山戯た誇張なのだが、どの虫も一目で元の虫が何かが分かる姿をしている。


 ではこの蜘蛛は、どうか。

 明らかに体全体が過剰だ。


 金色に光り輝く体躯。

 鋏角よりしたたり床を溶かす、毒々しい黄色の液体。

 脚の先が鋭い槍を思わせる形状。


 なにか、特別扱いされすぎている感のあるデザインをしている。

 

(考えろ……考えろ! 何か、絶対に何かがあるはずだ!)


 もたつく脚を必死で動かしながら、時に壁蹴り、時に天井から下りる看板にぶら下がり、大河は考え続ける。


親友あいつならどうしてた⁉︎ これがチュートリアルってんなら、序盤も序盤──最序盤の筈だ! ならそう難しくない、単純なギミックのはず! そうでなきゃ、ここで全滅しちまう! 俺らが取れる手段で、わかりやすくて、簡単に実行できる──)


 ふと、思い出した。

 スマホ画面に映った『咎人とがびとの剣』の詳細には、大河が流し読みした部分より先に長々とした文章が続いていたはずだ。


 今『剣』を手にして戦っている人たちは、大河の呼びかけに応えて剣を抜剣した。

 だから『ぼうけんのしょ』を確認していない。


 自分たちが知らない情報──自分達が発見できていない手段に、活路があるのではないか?


「ごめんなさい! 五分だけ俺に時間をください! 誰でも良い! 俺を五分だけ守ってくれ!」


 思いつくや否や、大河は腹と喉を絞って大声を挙げる。


「五分でいいんだ! 絶対にこいつは俺が殺してみせる! 誰か!」


 蜘蛛の標的になっている以上、足を止めてスマホを見るなんて真似は到底無理だ。

 右手に持つ『剣』の力で常人よりも遥かに頑丈になっているとは言え、他の虫ですら微細なダメージを受けた。

 もしこの蜘蛛が大河の想像どおりに中ボス級の格を持つのなら、その攻撃が当たれば痛いで済まない可能性が多いにある。


 走りながら、攻撃を避けながらスマホを操作し文字を読むなんて器用な芸当を大河は持ち合わせていない。

 だから誰かに守ってもらい、安全な場所を確保しなければいけない。


「よ、よくわからんが! 坊主を守ればいいのか⁉︎」


 最初に返事が戻ってきたのは、空調服を着た作業員風の中年男性だった。

 ぎこちなく『剣』を握って、覚束ない足取りで大河の前へと躍り出る。


「五分だけってんなら、なんとか!」


「いやいやいや、そんな無理だって!」


「つべこべ言わずに行けやおっさん!」


 よれよれのTシャツを着た小太りの男が、若いホスト風の男二人に尻を蹴られながら大河の横を走る。


「君なら、なんとかできるのかね?」


「し、信じてもいいのか?」


「じゃあ他に誰かこのバケモンの殺し方知ってんの?」


「そ、そりゃあ分からんが」


 身なりの整ったスーツ姿の老人と、サラリーマン、そして気の強そうなショートヘアーの女性。

 次々に大河の周囲に集まってくる彼ら彼女らに、大河は大きく頷いた。


「お願いします!」


 大河はそう叫んで、集団となった人の群れから大きく後方に跳躍した。

 他の虫たちが居ない場所を即座に探し、円柱は背もたれにして右ポケットからスマホを取り出す。


(えっと。これが説明文で、これが装備効果……これがアビリティ……『鼓舞』ってのが、さっき俺がおかしくなった原因か? んじゃあ……)


 手早くスワイプし、必死に文章を精査していく。


(こ、これか? スキル……魔法? どうやって使う? 使い方って、どうやったら検索できるんだよこれ!)


【スキル

 ●アッパースラスト 《下から掬い上げる様に斬る斬撃スキル。オーラを纏い上昇する》

 ●手当トリート 《切り傷や打撲傷を癒す効果の初級魔法。効果を発揮するまでに10秒と長い時間を必要とする》

 ●火炎 《炎を5秒間放射する初級魔法。有効射程は巡礼者の周囲の環境により変化する》

 ●水流 《水流を5秒間放射する初級魔法。有効射程は巡礼者の周囲の環境により変化する》

 ●旋風 《規模の小さい竜巻状の風を対象にぶつける初級魔法。有効射程は巡礼者の周囲の環境により変化する》

 ●土砂 《5〜10個の硬い土と砂の塊を対象にぶつける初級魔法。ぶつける塊の数は巡礼者の周囲の環境により変化する》】


 大河が目に付けたのが、これらの情報であった。


(なんで手当トリートだけルビが振ってあるんだ? 他の魔法は日本語で普通に読んでいいのか? ああ、やっぱり使い方が書いてない!)


 苛立った大河は乱暴に画面を戻そうと試したり、下にスワイプし続けてスキルの使用方法を探してみたが、どうにも見つけきれない。


『ぐわあああああっ!』


『おっさん無事か⁉︎」


『な、なんとか!』


『ねぇマジでコイツどうやって倒すわけ⁉︎ イライラしてきたんだけど‼︎」


『知るかよ! アイツがにどうにかしてくれるって話なんだろ⁉︎ 黙って戦えって!』


『なによその言い方!』


『ああ!? 俺に八つ当たりすんなよ!』


 少し離れた場所で、蜘蛛の脚を避けるのではなく『剣』で受け止めるという方法で足止めをしている面々の声が響く。 


 効いたそぶりすら見せない蜘蛛に苛立っているのか、言葉尻が時間が経つにつれて剣呑となっていくのがわかる。


 常盤ときわ 大河たいがと言う男は、生来騒がしい場所・荒々しい出来事を嫌う性分だ。

 だから自分が待たせていることで彼らが苛立っているという事実に、更に心が乱される。


(くっそ、こうなりゃヤケだ!)


 スマホを右ポケットに戻し、剣を右手に持ち直して左手を前に構えた。


「えっと。す、『水流』!」


 一か八かで、魔法の名称を怒鳴る。


「……おぉ」


 大河の左手の先から、水がかなりの勢いで発射された。


 大体十メートルほど先まで届くその勢いは、攻撃と言うにはあまりにも頼りない威力だ。


「つ、使えた」


 水は大河の呟きに合わせてか、唐突に勢いを失い消える。


「……あ?」


 ぐらり、と。

 視界が揺れる。

 大河は頭を振って瞬きを繰り返し、目を擦る。


「こ、これがデメリットか?」


 体力が、『剣』を振った時の比ではなく減った。

 大河の記憶を参照すると、それは体育の授業で100メートル走を2セット行った時と同じくらい疲労している様に思えた。


 もはや体力の余裕は無い。

 他の魔法が今の『水流』と同程度に体力を消費するならば、もって五発が限度か──いや、もしかしたらもっと少ないのかも知れない。

 確実なのは、このまま蜘蛛との戦闘に参加したら、十分も経たない内に大河は動けなくなるだろう。


 その前に決着を付けるか、魔法の使用方法を皆に伝えなければ。


 女子トイレで一人震えて待つ悠理ゆうりの姿を想像し、大河はなんとか失った活力を奮い立たせる。


「──行こう」


 覚悟を決めた表情で、大河は脚に力を込めて走り出した。

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