最初のクエスト②
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「──うおっ!!」
アラーム音は新宿駅地下広場にいる人の、およそ全てのスマホから一斉に発されいる。
音の種類は機種によって様々だが、最大ボリュームと最大振動で鳴り響くその音は脳髄まで刺激するとんでもないモノだ。
「なっ、なんだなんだ!?」
寝ぼけた頭が一瞬で覚醒し、飛び起きて右ポケットから自分のスマホを取り出してサイドボタンを押す。
【参加者の人数が確定しました。現時刻を持ちましてエントリーを終了いたします。
五分後にチュートリアルを開始いたしますので、プレイヤーの皆様は『ぼうけんのしょ』内のヘルプ機能をご参照のもと、ご準備をお願いいたします】
ロック画面にポップアップされている文章を読んで、混乱する。
文章の下に『アラームを消す』という見慣れたウインドウがあったので、毎朝の目覚まし機能を止める動きで反射的に押す。
途端に鳴り止むアラーム音。
周囲の人々も似た様な反応でアラームを止め、やがて少しづつ地下広場は元の騒がしさに戻っていった。
左隣を見ると、目を真っ赤に腫らした
「お、おはよう
膝を抱えて座る悠理は、スマホ画面から一度ゆっくり大河に向き直り、掠れた声で挨拶をした。
「お……はよう?」
自分が寝落ちしていた自覚の無い大河は、挨拶を疑問で返したのちに、ようやく結構な時間眠っていた事に気づく。
「悪い。俺、寝てた?」
「うん、二時間くらいだけど」
「そ、そっか」
口の端に水気を感じて、それが自分の涎だと気づいて手の甲で拭く。
ふと悠理を見ると、その右肩が濡れている。
瞬間固まり、それが自分の涎による染みだと察して大河は青ざめた。
「ご、ごめん! もしかして俺──」
慌てて自分のリュックの中からタオルを出し、悠理の右肩に当てる。
他人の肩を、枕がわりにする事ですら失礼なのに、そこに涎を零すなんてもっての
「いいよ気にしないで。私のせいで疲れてたの、知っているから」
悠理は笑みを浮かべて肩に当てられたタオルを受け取った。
「いやそれでもな。俺の着替えの服を渡すから、後で着替えてくれ」
リュックの中を漁って、比較的新しいシャツを探す。
黒系統の服しか持ってない上に、Tシャツはほとんどが大河好みのオーバーサイズ。
悠理が着用すると太ももまで丈が下りてブカブカになってしまう。
それでも涎で濡れているよりはマシだと、最近購入した黒に青のラインが入ったシャツを掴んで悠理に差し出す。
「気にしなくていいのに」
「俺が気にするから。本当にごめん」
「じゃあ、一応受け取っておくね?」
困った様に笑う悠理はシャツを受け取って、膝の上に置いた。
自分が寝る前の状態よりもどうやら落ち着いているようだと、その様子を見た大河な内心ほっと胸を撫で下ろす。
「これ、なんだろうね」
自分のスマホ画面を見つめて悠理がぽつりと零す。
大河も改めて手元のスマホの画面を見る。
「えっと、『ぼうけんのしょ』ってのは、このアプリの事だよな」
大河は指紋認証でロックを解いて、ホーム画面の中央に浮いているアプリをタップした。
二秒ほど画面が暗転し、続いて白い丸が広がるようにアプリが開く。
【
やたらと古めかしいフォントで記された一文には、ご丁寧にすべて読み仮名が振られている。
「咎人?」
大河がそう口にした後、文章が砂となって消えるアニメーションが入る。
そのまま画面が引いていくと、白い画面は古びた本の空白のページだった事が示された。
【巡礼の咎人。あなたの名前は『
「へ?」
画面に不意に表示され、そして女性の声で呼ばれた自分の名前に、大河は一瞬
顔を上げて悠理を見ると、同じ様に画面を見つめているので、おそらく彼女も『ぼうけんのしょ』を見ているのだろう。
悠理のスマホからも女性の声が聞こえてくる。
【この書ではあなたの巡礼に役立つ知識や、あなたの
大河の画面操作を待たず、アプリは勝手に画面を切り替える。
どうやら音声が文章を読み上げると、自動で画面が切り替わる仕様の様だ。
【手に入れたアイテムの効果や、装備品の詳細、地名などはあなたがその手で触れる事で画面に表示されるようになっています。気になった場所の標識、アイテムなどは積極的に触れこの書で確認するようにすれば、あなたの巡礼の旅の大いなる一助となりましょう】
画面上部に小さい画像が表示される。
それは気持ち悪い緑色のゲル状の固まりで、その下のウィンドウには『スライム原種』と表示されている。
また違う画像が開き、地名の表示された標識が現れた。『新宿区』と表記された標識の下にはまたウィンドウで『新宿区』と書かれていて、その隣に良く分からないマーク──大河の知識には無かったが、それは区章であった──が描かれている。
【『咎人の剣』の項目には今まであなたが成長させた剣の詳細情報や、その剣の持つスキル・呪文・アビリティなどが表示されます。また剣の成長する未来を少しだけ確認する事もでき、あなたがどの系統に剣を成長させるかを考える指針となります】
切り替わった画面には、ゲームなどでよく目にするいわゆる『普通の剣』が表示され、画像を重ねる様にその剣を簡略化したアイコンから二つの矢印が上に伸び、それぞれが『???』と記載された剣のシルエットを指している。
【アイテムバッグ内の目録や、所持しているジョブオーブの熟練度などの項目も閲覧できます。時間のある時に熟読し正しい知識を身につけていれば、きっとあなたの巡礼は良き旅となりましょう】
スマホからは優しそうな女性の声が、淡々と流れてくる。
「なんだ、これ」
大河が疑問を言葉にしてそう呟いた時だった。
「うおっ!」
「きゃあっ!?」
『またかよ!!』
『こんどはなんなの!?』
『うるせぇな!!』
大河と悠理を含めたほぼ全ての人のスマホがまたけたたましい音を鳴らし始めた。
先ほどとは違い、アラーム音では無く今度は荘厳な鐘の音。
イメージ的には日本の寺の鐘のような重く鈍い音では無く、西洋の城や教会の上部に設置されているような、いわゆる
何度も何度も、繰り返し響く鐘の音。
大河や周囲の人が何度スマホを操作しても、一向に止む気配が無い。
時間にして五分弱、その鐘は新宿駅地下広場に盛大に響き続け、やがてなんの脈略もなくピタリと止んだ。
【ただいまの時刻を持ちまして、チュートリアルの開始を宣言します。また同時に、このエリアにおける女神の加護が非常に弱まりました。限定箇所以外の加護による聖域が間も無く消滅し、フィールド及びダンジョンモンスターの活動が活発化します。この場にいるプレイヤーの位置情報から、聖域の消滅するエリアを検索します。検索が終了しました】
スマホのスピーカーから、そして新宿駅構内に設置されているスピーカーからの突然の声に、誰しもが驚き口を閉じた。
その声は『ぼうけんのしょ』の声とは違う女性の声で、より冷静に、冷淡なイメージを抱かせる。
【聖域の消滅する近隣のエリアは──新宿駅構内・新宿駅地下街及び地下通路・新宿駅上部の商業施設・新宿駅周辺の商業施設。以上のエリアは聖域の消滅により地形変化が始まり、エリア内部ではモンスターの出現・侵入が予想されます。プレイヤーの皆様は『ぼうけんのしょ』をご参照の上、最初のクエストクリアを目指してご健闘くださいませ。プレイヤーの皆様のご活躍とご生還を、心よりお祈り申し上げます】
そうしてスマホやスピーカーからの声は止み、数秒の静寂が訪れる。
『お、おい今の聞いたか?』
『モンスターって、外の化け物のことだよね? あ、あいつらがここに入ってくるの?』
大河と悠理の近くに立っていた、中学生くらいの男子二人がスマホを片手にお互いを見やってそう話す。
その言葉を皮切りにして、地下広場全体に困惑と恐怖が
『じょ、冗談じゃねぇぞ! ここは安全じゃなかったのかよ!』
『今の声なんなんだよ! スピーカーから聞こえてきたってことは、鉄道会社が仕組んでるのか!?』
『クエストってなに!? ねぇあんたゲーム詳しいんでしょ!? 私何をやらされるの!? 生還って言ってなかった!? 命に関わること!?』
『ぼ、ぼうけんのしょってなんですか!? 誰か教えてください!』
『スマホを見ろ! スマホに変なアプリ入ってるだろ!? はやく確認しろ!』
『こ、この子はまだスマホを持ってないの! 必要なの!? 誰か要らないスマホを譲ってくれませんか!?』
『うああああんっ! ママ僕怖いよぉお!!』
さきほどまで落ち着き始めていた空気が、一気に変わった。
狂乱する地下広場を、大河は唖然として見渡す。
「と、ときわくん」
不安を隠せず、シャツとスマホを胸に抱いて悠理は大河の左腕に手を添える。
その姿を見て我に帰った大河は、悠理の手に自分の右手を添えた。
「わ、わかんないけど。俺から離れるなよ」
「う、うん」
目尻に新しい涙が生まれ、小刻みに震え出す悠理。
この場にいる誰も彼もが、あの怪しいアナウンスの言葉を信じてしまったのは、先に外の大虐殺を目撃していたからだろう。
大河ですら、普通ならあのアナウンスをテレビや動画などの企画と笑い、信じなかった筈だ。
背中に走る
ゆっくりと立ち上がる大河に合わせて、悠理もその手を握ったまま弱々しく体を起こした。
その時、手に持つスマホがぶるりと震えた。
それは悠理も同じだったようで、二人してスマホ画面に視線を落とす。
【チュートリアルクエスト
〔フィールド・ダンジョンモンスターを10体討伐せよ〕 クエスト難易度 ☆
クエストNo.01
〔最初の三日間を生き残れ〕 クエスト難易度 ☆☆
を受注しました。
クエストリストをご確認ください。
※特別なクエストを除き、通常のクエストは各地に設置されている
画面に大きく表示される、その文章。
「なんだよこれ……まるでゲームじゃねぇか」
「ね、ねぇ。これどういう意味?」
眉間に皺を寄せる大河に縋り付くように、有利が不安感からか身を寄せる。
「意味ったって、書かれた通りだと思うんだけど」
「このクエストって、やらなきゃダメなやつなのかな? もし、この10体倒せってやつができなかったら、どうなるの?」
「わ、わかんねぇよそんなの」
大河に知る由もない疑問に、思わず不快感が表情となって現れる。
悠理はそんな大河の表情に、一瞬ビクッと身体を強張らせた。
「そ、そうだよね。ごめん」
悠理は慌てて謝罪した。
「あ、いや悪い」
ここに居る顔見知りは大河と悠理、お互いがお互いのみだ。
些細なことで不仲になれば、大河はともかく悠理にとっては頼れる人間を失うことに直結する。
大河にとっても、悠理がまた不安定になれば面倒なことになるととっくに理解している。
なのでお互いがぎこちなく謝罪し、そして微妙な空気が間に流れた──その時だった。
『うわああああああああああああっ!!! 化け物が入ってきてるぅううううううう!!』
束の間の休息が終わる事を告げる、絶望の声を耳にした。
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