第2話

 男の子の説明を要約すると、こんな内容だった。


 西暦二千五十年代に、ある脳科学者が画期的な発明をした。

 人間の脳は、通常その2パーセント程しか使われていないと言われている。それ以外の部分は眠っている状態なんだそうだ。彼はその使われていない部分を活性化することに成功した。

 認知症の治療法を探っていた時の副産物だったと、博士は後に語っている。偶然だったのだと。病気や外傷などによって機能しなくなった部分と隣接する脳の一部が、その機能を補うように活性化することがあることは知られていた。彼は、それを人為的に起こすことが出来ないかと考えた。。

 そして、彼は研究を重ね、ついにその方法を発見した。


「僕は目が見えないけど、別の方法でものを見ることが出来る。きみと全く同じものが見えているかどうかは分からないけど、物の形も色も分かる。感覚としては、蝙蝠こうもりの超音波だと思ってくれてもいい」

 男の子は「ちょっと違うけど」と言いながら頭を掻いた。そして、隣に居た女の子を示して、驚くべきことを言った。

「彼女は耳が聞こえない。でも、精神感応で話が出来る。……テレパシーって言うのかな」

「嘘だあ」

 思わずそう言った私の頭に、

──嘘じゃないよ。

 女の子の声が響いた。


 生まれつき、または後天的な障害が認められた場合に、公費、つまり税金によって速やかにその手術は行われる。失敗する確率は僅か0.1パーセント未満。副作用もない。視覚障害を持った人には高度な超音波により見えるのと同じ精度で認識する能力を、聴覚の障害がある場合は脳波を送受信することにより意思を伝え、または受け取る能力を、障害をカバーする目的で活性化させる。健常者に近付ける、もしくは健常者と同じにするのではなく、まったく違う方法で、不自由なく社会生活を送ることが出来るようにするんだ。

 精神感応については議論があったという。心を読むのはプライバシーの侵害ではないのか、と。

 だけど、それは杞憂きゆうだった。……杞憂っていうのは、取り越し苦労の事だよ。

 人が思考を言葉にするとき、言葉として組み立てられる前の思考と言葉になってからのものでは明確な違いがあるんだ。より強いイメージである言語というものを感知することでコミュニケーションをとるのであれば、知られたくない思考が知られてしまう事はない。……というより、当時の医学ではそれが限界だった。制限をつけるまでもなく、出来なかったのだから。


──それから五十年以上が過ぎて、今ではもっと出来ることが増えているけど、国の倫理基準があって、禁止されてるの。

 女の子が頭の中に話しかけて来た。この子たちは、いったい何年後の未来から来たのだろう。尋ねようとした時、

──西暦二千百十五年。

 と先に返事をされてしまった。思考を言葉に変換するのと音として発声するのにわずかなタイムラグがあるのだと、男の子が説明してくれた。

 男の子の名前は桜梅桃李おうばいとうりくん。そして女の子は迦陵頻伽かりょうびんがちゃんといった。

「びんがちゃん?」

 今度は口に出してから、苦笑交じりの声が頭に響いた。

──省略しないで。

「え?」

 てっきり迦陵かりょうが名字で頻伽びんがが名前だと思ったら、迦陵頻伽が名前だったらしい。当然、桜梅桃李くんもそうで、彼らの時代では四文字の名前が流行っているらしい。ちなみに迦陵頻伽ちゃんの名字は佐藤さんで、桜梅桃李くんの名字は田中くんだった。

「ねえ」

 と私は訊ねた。迦陵頻伽ちゃんは、私が声を出すまで待ってくれたけれど、笑うのをこらえている様子が見えた。

「じゃあ、車椅子の人は、空を飛んだりテレポーテーションが出来たりするの?」

 我慢しきれずという風に、迦陵頻伽ちゃんが笑い出した。綺麗な声だった。

「SFの読み過ぎ」

 桜梅桃李くんも、そう言って笑う。

 迦陵頻伽ちゃんは、声が出るんだ。ふと、そう思った。考えれば当たり前なんだが、言葉を話さないのは不思議に思えた。

──声帯で喋る練習もしてるんだけど、精神感応の方が楽だから。

 と迦陵頻伽ちゃんが、尋ねる前に説明してくれた。

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