大きな銀杏の木の下で

古村あきら

第1話

 きみ、名前は何ていうの。

 ……え、本当かい?

 年齢は?

 そうか。これは魂消たまげたな……。

 きみ、将来は何になりたいの。

 ユーチューバー? 聞いたことがないな。

 え? 大人気の職業なのかい。そうか、今は色々な仕事があるんだね。どんな仕事でもお金を稼ぐという事は大切だ。貴賤きせんはないからね。

 貴賤って何かって? 高尚こうしょうだとかいやしいとか、まあ、そういう事だよ。お金をもらえるという事は、何かしら世の中の役に立っている訳だから、立派な仕事だとか、そうでない仕事だとか、決めつけるのは良くないよね。

 話がれた。ユーチューバーという仕事がどんなものか、私は知らないが、きみにはもっと向いている職業がある。向いている、というより、成るべきというか。

 きみは医者になりなさい。脳外科医……いや、脳の研究をする研究者になりなさい。それが世界を大きく変えることになる。


 その人は「これは誰にも言っちゃいけないよ」と言って、小さな声で話してくれた。彼が僕の年齢だったときに出会った、不思議な子供たちの事を。


                ※


 私はその時、十歳だった。小学校の五年生。身体は小さかったがヤンチャ坊主で、その日も一人で、果物の木を探しに町はずれにある山へと入っていた。私の家がある、山を切り開いて作ったニュータウンは、なかなかに近代的な住宅街だったんだけれど、少し外れるとまだ緑が大量に残っていたんだ。

 山は危険だから入っちゃいけないと言われていた。でも、そんなの誰も聞きゃあしない。大人が禁止すると余計にやりたくなるんだ。きみだってそうだろう。

 季節は、秋から冬に変わる頃だった。木の葉の色が少しずつ変わり始めて、歩くほどに世界が変化するように見えた。木の根元にはキノコが生えてたりしてね。

 ちなみにキノコは採っちゃ駄目なんだよ。中には触るだけで具合が悪くなる毒キノコもあるからね。

 気付くと、今まで来たことのない場所に居た。大きな銀杏いちょうの木があってね。子供が十人ぐらい手を繋いでやっと囲めるぐらいの太い木だった。光の加減だろうか、黄色い筈の葉が金色に見えてね。本当に輝くような金色で、落ち葉を手に取ってみても、それは変わらなかった。

 明日、学校で友達に見せて自慢しよう。そんな事を思っていた時、ふと声が聞こえた。子供の──男の子の声だった。

「やあ」

 銀杏の向こう側から、私と同じ年頃の男の子が現れた。その後ろから女の子も顔を出した。二人とも、変わった服を着ていた。動きやすそうではあるけれど、見た事のないアシンメトリーなデザインで。

 アシンメトリーというのは、左右非対称という事だよ。今でもあるだろう。左右で色が違う靴とか。彼らが着ていた服は、奇抜きばつな色と形をしていたが、とてもお洒落にも思えた。

「こんにちは」

 男の子が言った。

「きみは、この時代の子だね」

 何を言っているのだろう。私が首を傾げると、男の子は「ああ」と何かに気付いたように言った。

「知らないでここに来たんだね。困ったなあ。どうしよう」

 女の子の方を向いて、ちょっと考えるしぐさをする。

「仕方ないか。ちょっとぐらい構わないよな」

 また訳の分からないことを言って、男の子は私に向き直った。

「僕たち、未来から来たんだ」

 耳がいったん音を取り込んでから日本語に変換するまで、少し時間が掛かった。

「え、何?」

 訊ね返した私に、男の子は笑って見せた。

「正確に言うと、過去と未来の空間が混ざり合った時間に存在していることになるのかな」

 益々もって何を言っているのか分からなかった。

「タイムマシンで来たの?」

 持っていた精一杯の知識でそう返したが、男の子は微かに笑っただけだった。

「時空間が歪んで、一時的に未来と過去が繋がった。って言ったら分かる?」

 さっきより少しだけ言葉の意味が理解できた。これ以上分からないと言うのはプライドが許さなかったので、私は曖昧に頷いた。男の子はほっとしたように笑って、こちらに一歩踏み出した。その視線が何処か遠くを見ている様に思えて、私はその顔をまじまじと見詰めてしまった。男の子の笑顔が苦笑に変わる。

「ああ、そうだよね」

 そう言った後、少しだけ逡巡しゅんじゅん……考える様子をして、男の子は言葉を続けた。

「僕は、眼が見えないんだ」

 驚いた私は、また男の子の顔を、特にその眼をまじまじと見てしまった。

「あ、……ごめん」

 無意識に謝った後、ではなぜ私が見詰めた事が分かったんだろうと不思議に思った。

「見えないけど、見えてるんだ」

 男の子はそう言った。

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