第37話 正義の心と気合いで覚醒して勝てるのは主人公だけ

 騎士に憧れを持ったのは4歳の頃だったと思う。

 凱旋した騎士達が国民に羨望の眼差しと歓声に包まれた光景が今でも覚えている。


 騎士に憧れ、夢を見て、父に剣を教わった。

 騎士団の団長まで上り詰めた父の強さは誰よりも知っている自信があった。

 人を指揮する能力もマナを操る力や剣術。父はどれをとっても素晴らしかった。


 その家の跡取りとなるために努力は惜しまなかった。

 いち早く騎士になる事を目指していた。

 民を守り国を護る、夢の騎士に。


 だが、その歯車があの日から狂いだした。

 それは、突如として魔法少女が現れてからだ。

 同時期にヤベーゾと言う組織が暴れだした。


 国を護るのは国家騎士と栄誉ある者達の仕事だ。

 だが、それらを全て魔法少女が奪って行く。

 それによって守って来たはずの民達から「騎士は無能」だと言われるようになってしまった。


 犯罪の対処は国の防衛。騎士達は一生懸命に仕事を全うしているのに。

 いきなり現れた奴らに民から向けられた尊敬は全て奪われた。


 憧れだった父は民に失望され、現実から目を背けるように酒に溺れだした。

 俺の特訓にも付き合ってくれず、ただ家に引きこもり酒をあおる日々。

 日に日にやつれ、目からは光が失われて行く。


 それだけで、俺は魔法少女もヤベーゾも憎むには十分だ。

 あの日以来、特訓をより厳しいものにした。

 己を鍛えて、いつしか魔法少女を超えてみせる。

 民達の尊敬や感謝、騎士の誇りを取り戻す。


 「だから俺は」


 目の前のヤベーゾ幹部に負けていられないんだ!


 「はあああああ!」


 相手は敵だ。国家の敵だ。

 躊躇するな。躊躇わず⋯⋯斬る!


 命を断つ渾身の斬撃をひらりと躱し、カウンターの後ろ蹴りが腹に突き刺さる。

 内蔵が破裂したかのような感覚。

 マナで防御したにも関わらず、マナを使わない蹴りに大ダメージを受ける。


 「ゴホゴホ」


 立ち上がる事を体が嫌がる。

 しかし、そんな体に喝を入れ立ち上がる。


 「寝ていれば良いものを」


 呆れたような声がサインから投げ掛ける。


 「敵を前にして寝る事など⋯⋯俺にはできん!」


 「強情ですね。弱いくせに」


 「弱いさ。だから訓練した。寝る間も惜しんで剣を振り、己を鍛えた。一太刀、醜悪なマスクに隠されたお前の顔を晒してやる」


 顔さえ割れれば国が総力をあげて捜索ができる。

 俺の命は失っても構わない。

 だが、次に繋ぐ。


 「無駄死にはせん!」


 まだ正式に騎士になれた訳じゃないが、騎士としての心得は知っている。持っている。

 騎士の誇りは軟弱な俺でもあるんだ。


 「弱くたって構わない。だが、騎士として民や国を護る。今のままではダメなんだ。だから、俺がお前を斬るんだ!」


 「弱くても構わない⋯⋯ですか?」


 途端、周囲の気温が大きく下がって行く。

 まるで氷水に足を浸けたかのような感覚。

 骨の髄まで冷えて行く俺の動きは鈍くなる。


 「それはダメですよ」


 冷淡で無機質な声と共に加速した打撃が俺を襲う。

 意識がぐらりと揺らめく。


 何が起こったのか、理解する間も無く俺は地面に倒れていた。


 「弱いは罪。弱いは悪。弱ければ何も守れない。弱ければ全てが奪われる」


 「だから⋯⋯騎士がいるんだ!」


 立とうとする俺の頭にヒールの鋭い踵が強く押し当てられる。


 「その騎士が毎度良いようにやられている現状で良く言えましたね。守ってくれる騎士が弱くてはお話にならないんですよ。現実を見なさい」


 「騎士に必要なのは⋯⋯護る強い意志と決意、だ」


 「分かりませんか。そうですか」


 サインは俺の首を掴み、投げ飛ばした。

 マナでカードし身を守る。

 投げ飛ばされた場所には複数の魔族がおり、次の瞬間には全員の首がどこかへ消えた。


 「護る強い意志? 決意? ちゃんちゃらおかしいですね。違うでしょ。戦う騎士において必要なのは強さ一択! 騎士が圧倒的な強さがあれば犯罪も起きない、魔法少女も目立たなかった。今の現状を招いているのは他でもない、騎士の絶望的なまでの弱さだ!」


 「⋯⋯ち」


 「違くない! 騎士が弱いから舐められる。騎士が弱いからこんな事件が起こる! 簡単にスパイを招き入れ野放しにする。無能無能。国民の評価は何も間違っていない!」


 サインは俺の意識を奪うかのように腹を踏みしめる。


 「弱さは罪なんですよ。弱いと全てが奪われる。当然のように思っていた明日がやって来ない」


 確かに、サインの言っている事は正しいのだろう。

 強くなくては護れない。現に俺はボコボコにされている。


 まるで経験したかのように熱く語ったサインは深呼吸して落ち着きを取り戻す。


 「そろそろ寝なさい。加減ができなくなりそうです」


 加減してこの力の差。

 絶望的だ。戦った事すら賞賛されるレベルだ。


 ⋯⋯だけどな、俺は騎士なんだよ。


 「どんなに力の差があっても、無駄死にと蔑まれようとも、俺はここで、お前と戦わないといけないんだ」


 「はい?」


 「国民になんて言われようが関係ない。騎士は騎士としての誇りを旨に、敬遠されても護る。それが騎士道だ!」


 護る、護れない。弱い、強い。そうじゃない。


 「騎士として俺は、お前に立ち向かう。騎士は国を護るお仕事なんだ!」


 マナを剣に集め、全身全霊の一撃をサインにぶつける。

 俺の全てを持って、サインを叩き斬る。


 「終わりだああああ!」


 上流魔族ですら一撃で倒せる火力を自負できる。

 この一撃は父にすら勝る!


 「はああああああ!」


 「⋯⋯騎士馬鹿。その意志は賞賛に値しますよ」


 「なん⋯⋯だと」


 小指の爪。それだけで、俺の全身全霊の一撃を止められた⋯⋯のか。


 「この意志に敬意を示し、マナを使ってさしあげます」


 マナを込めた拳が俺の腹にめり込む。

 空気を揺らす一撃で俺は⋯⋯完全に意識を落とした。


 「無能な騎士に憧れを持つ、貴方の間違いはそれだけです。いずれ分かります。貴方が憧れるべき至高の存在が」


 それだけ言い残し、気絶した俺を放置して魔族狩りを再開するサインだった。

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