第36話 サインの短期決戦! 速攻で終わらせるとは言ってない

 「お務めご苦労スパーイ。人間達の国で長らく過ごすのは大変だっただろう」


 「問題無い。俺がいたのは1年ちょっとだからな」


 魔王軍の魔族と親しそうに会話をするのは部活でアナ達の先輩、スバーイである。

 彼は1年前から王国へ忍び込み、人間として生活していた。

 今日、この日のために準備を整えていたのだ。


 「この国は今宵で終焉を告げる。未練などあるまいな?」


 「無いな」


 キッパリと言い終えると、スパーイ達は作戦開始と言わんばかりに動き出す。

 だが、次の瞬間スパーイは魔族から引き剥がされるように鞭で引っ張られた。

 ゴリラのような肉体を持っているスパーイは力が強く重い。


 だと言うのに軽々持ち上げられた状況に思考が止まる。

 魔族の6人も一瞬で警戒心を上げる。


 「嬉しいですね嬉しいですね。ゴミ共を一斉に狩れるこの好機。何故1箇所に集まっているか分かりませんが、結果は変わりません。何故ならアーク様が殲滅を求めたから!」


 嬉々として語りながら、コツコツと足音を立ててやって来た女。

 露出が多く戦うような格好では決してないが、油断ならない相手だと本能が警告する。


 認識阻害で赤く見える瞳がうっとりと歪む。

 その先に映るのは当然魔族。

 身もよだつその瞳に魔族達は一斉に襲いかかる。


 「我らは上流の中でも上位に位置する!」


 「たとえ猛者だろうと、この数には手も足も出まい!」


 「あはっ!」


 小さくて短い声。

 ヒールがコツンっと高い音を鳴らす。


 刹那、銀色の閃光が魔族6人の手足を切断した。

 一瞬、そして同時。

 理解が及ばない神速の刃が女がいつの間にか握っていた刀から放たれた。


 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」

 「お、俺の足があああ!」

 「なにが⋯⋯」


 阿鼻叫喚。

 魔族達はただ理解できない現実に翻弄され痛みに絶叫する事しか許されない。

 その悲鳴が、女を愉悦に浸らせる。


 「ああ良いですね。良いですね。拘束でじっくりといたぶるのも考えたのですが。やはり今回は短期決戦。素早く終わらせないといけません」


 残念そうに目を瞑る。

 女なら一撃で相手が死んだ事すら分からない状態で首を刎ねる事ができた。

 だが、それはしなかった。


 理由は単純。

 短期決戦だができる限りいたぶりたい。残虐性から来る理由だ。


 「お前達は怪人になる価値も無い。さぁ、十分楽しんだので終わらせましょう。苦痛に歪む姿を眺めるのは実に愉快ですが」


 名残惜しそうに見下げ、刀を振るい1人の魔族の首を刎ねる。

 全員一気にやらない。一人一人、丁寧に確実に刎ねる。


 (な、なんなんだコイツは!)


 いきなり現れたと思ったら、気づいたら全員が戦闘不能状態にされていた。

 女が現れてまだ1分も経過していない。


 (こ、こんな化け物。星魔でも中々いない。四天⋯⋯いや、側近クラスの強さがある!)


 スパーイは現状を把握して逃げ出した。


 ──今回の作戦は失敗。


 それだけ理解すると早々に身柄を隠し、再びスパイとして活動できる状態にする。


 (すまない。同胞達よ!)


 後ろ髪を引かれる想いだが、それでも魔王軍の未来のために逃げ出した。


 (あの強さ。そして露出癖のある格好⋯⋯情報とは違い刀を使っていたが、間違いない。アイツは⋯⋯)


 あの化け物は。


 「ヤベーゾの幹部怪人、サインだ」


 場面は戻りサインのところへ。

 逃げ出した2年生に興味など微塵も無く、ただ失うって行くおもちゃに思いを馳せていた。

 本当なら鞭で何回も打ち倒したい。力の差を分からせて絶望させたい。


 アークの命令を最優先に考えるので、遊ぶ時間は無い。

 惜しい。

 これ程までにおもちゃが近くに沸いてくれたのに、遊べないのだから。


 「ヤベーゾ⋯⋯サイン⋯⋯だったか?」


 あと2人まで減った魔族。死を覚悟し冷静になった1人が問いかける。

 仲間の逃げる時間稼ぎをするのだ。


 「ええそうです。それが何か?」


 「刀を使う⋯⋯なんて情報は無かったぞ」


 「ええ。今まで必要なかったので。まぁ、ヒールと言う戦いにくい靴の時点で本気では無い事はお分かりだと思いますが」


 「それで⋯⋯」


 質問していた魔族の首を刎ねる。

 質問されるのが億劫に感じた訳では無い。

 ただ、順番的に刎ねられるタイミングだっただけだ。


 「魔族は痛みに強いで、単純に四肢を斬っただけでは、すぐにつまらなくなりますね」


 「化け物め!」


 「怪人ですよ。化け物ではありません」


 「何が目的なんだ! お前達の目的はなんだ! この国を破壊したかと思えば助け! そしてその強さがありながら毎回魔法少女に負ける演技をする理由は!」


 サインはマスクで隠れた口元を大きく歪ませる。

 きっと表情全てが見えたら悪魔だと言われただろう。


 だが、目元だけでも十分に狂気的な笑みを浮かべていると分かる。


 「お前達みたいなゴミをこの世から消すため。それだけです」


 「⋯⋯ゴミ?」


 「私から家族を家を友人を⋯⋯全て、全てを奪ったお前達!」


 「復讐心⋯⋯か」


 「ええ。それが半分。もう半分は我が全てを主に捧げたので、主の望みを叶えるためです」


 最後の首を刎ねる。

 後は数だけを楽しむために沢山魔族がいる場所、それでいて魔法少女がいない場所に足を運ぼうとした。

 しかし、ここで予想外の邪魔者が入る。


 「逃げて来た先輩がいると思ったら⋯⋯ヤベーゾの露出魔か!」


 容姿の優れた男。ルーシャ流に言えば主人公みたいな奴!

 名をルベリオンと言う。


 騎士家の生まれで憧れは実の父。しかし、ヤベーゾと魔法少女のせいで酒に溺れた父。

 彼の愛国心は強く、そしてヤベーゾと魔法少女には強い敵対心を持っている。


 剣を抜き、サインに向ける。


 「剣の高みを目指すモノならこの勝負、逃げたりはせんな?」


 「剣の高み? くだらない。この世界はマナが頂点。そんなくだらない剣は捨ててしまいなさい」


 「なん、だと」


 サインは呆れながらルベリオンに振り返る。

 既に彼女の中では「露出魔」と言われて相当苛立っている。

 『人間』だからまだ五体満足でいられると理解していない。


 「剣を極めたところで何になる? 魔獣を斬れるか? 魔族を斬れるか? 答えはノーだ! マナが無くてはソイツらは斬れない!」


 「剣の道を行く先にマナの極地があるのだ」


 「迷信ね」


 先に鍛えるのはどっちが良いか。

 ルベリオンは剣、サインはマナ。


 「正しい方は勝者のみ。参る!」


 ルベリオンが地を蹴って加速する。

 サインは刀を地面に突き刺し、鞭を太もものベルトから取り出す。


 上手く操り、ルベリオンのボディに強い打撃を与えて吹き飛ばした。


 「がはっ!」


 「正しい方? 馬鹿馬鹿しい」


 サインが地面を踏みしめると、強い揺れが起こりクレーターが広がる。


 「正しいとか正しくないとか、関係ないでしょ。強さが全てなのよ!」


 「⋯⋯い、今の攻撃、は」


 「ええ。マナは使ってません。言ったでしょ。強さが全て」


 ルベリオンはその言葉を聞いても絶望せずに立ち上がる。

 何故なら、騎士だから。


 「違う。人の価値は強さじゃない。何かを護る、心だ!」

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